2012年01月01日

第四十二話 シグナムさんの為なら何時でも俺は戦うよ

 白いジュエルシードがカズキの左胸の中へと沈み込んでいった。
 二種類のジュエルシードのエネルギーが相殺しあい、一時カズキの体を光で包み込んだ。
 第三段階へと進んだヴィクターの時とは違い、そこに苦痛はない。
 赤銅色の肌は日本人の肌色へ、蛍火に光る髪も癖と艶やかさを持つ黒髪へ。
 それを確認してから、ブラボーがそっとシルバースキンの拘束を解いた。
 カズキの体からエネルギードレインが発せられる事もなくなった。
 超人パピヨンが誰よりも望んだ、人間・武藤カズキとなったのだ。
 それを確認すると直ぐに、カズキはサンライトハートのエネルギーの刃をパピヨンへと向けた。
 対するパピヨンも、黒死蝶を生み出し、体の前面に押し出すようにして身構える。
「行くぞ」
 皆が見守る前で、どちらともなく同じ言葉を吐く。
 不安定な環境下にて嵐の風に消え去りそうな呟きではあった。
 だがその言葉は確実に、互いの耳へと届いていた。
 カズキはサンライトハートが発するエネルギーを強め、パピヨンも黒死蝶へと込める魔力を強めていく。
 そして何を切欠にするわけでもなく、二人が共に笑みを浮かべながら動いた。
「Sonnenlicht Slasher」
 ただ真っ直ぐ、得意の突撃によってカズキが前へと踏み出した。
 同時にパピヨンの手の平からも、黒死蝶が羽ばたくように飛び出していく。
 一瞬の交差、武器と一体になって突撃するカズキと、飛び道具を使うパピヨンとの差が出た。
 正面からカズキは黒死蝶を貫き、着火する。
 瞬く間に爆炎となって燃え広がり、赤い火と黒い煙の中へとカズキの姿を隠してしまう。
 その爆煙の中から飛び出したのは、砕け散ったサンライトハートの刃であった。
 数箇所から悲鳴があがりそうなその時、遅れてカズキも爆煙の中から飛び出してきた。
 特大の黒死蝶を放ち、無手となったパピヨンの胸の前へと砕け半分に折れたサンライトハートの芯を突きつける。
 チェックメイト、カズキの勝ちに思えたが、パピヨンはまだ諦めてはいなかった。
 人を喰った笑みを浮かべた口の中、先程とは違い極小の黒死蝶が生成されていたのだ。
 コレでもかと口の中から伸ばされた舌の上から、その黒死蝶が羽ばたいた。
 あまりの小ささと素早さに迎撃は間に合わず、カズキが駄目押しの一手を喰らった。
 小規模ながら確かな爆発の熱により、体勢を崩して仰け反った形となる。
 悲鳴は爆炎に飲まれ消える中で、パピヨンは確かな勝機を見つけていた。
 最後の一手、最後はこの手でとパピヨンが手刀を作り出してカズキの胸目掛けて伸ばす。
 カズキのサンライトハートは砕け、残っているのは半分に折れた芯の部分のみ。
 くり出された手刀を受け止める事は叶わず、弾く事も恐らくは不可能。
 逆転の手はない、だがカズキの瞳もまた死んではいない。
 言葉にならない叫び声を上げたカズキが動かしたのは、左腕であった。
 砕けたサンライトハートの柄を握る右手ではなく、左腕を心臓の上に被せるようにした。
 そんな手の平一つで何が防げると、パピヨンに躊躇は見られない。
 だが次の瞬間、カズキの左胸から新たに一振りの刃が生み出されようとしていた。
 真っ白な刀身をも持つ一振りの西洋剣、それを握り締めカズキがはっきりとその名を叫んだ。
「レヴァンティン!」
「Jawohl」
 シグナムのデバイスと瓜二つのそれを生み出し、カズキはパピヨンの手刀に合わせた
 いかに強力な肉体を持つホムンクルスと言えど、魔力付加されたデバイスには敵わない。
 手刀は正面から真っ二つに引き裂かれ、その勢いを失った。
 繰り返されるチェックメイト、カズキがサンライトハートの芯をパピヨンの胸に突きつけた。
「はあ、はあ……」
 今度こそ反撃はなく、カズキは自分の息遣いがやけに大きく聞こえた気がした。
 勝負は決した、超人パピヨンに人間武藤カズキが打ち勝ったのだ。
 そうなった場合、パピヨンが何を望むかは分かっているつもりだった。
 だからこそ、戦闘以上の緊張感から、自分の息遣いが大きく聞こえたのだろう。
 出来れば聞きたくはないが、パピヨンもそう甘くは無かった。
「殺れ、今度はしくじるなよ」
 やはりそれを願うかと、カズキは一度乱れた息を整えるように瞳を閉じた。
 手を伸ばせば届く距離ではあるが、この期に及んでパピヨンが卑怯を行なうはずがない。
 ゆっくりと、自分の考えを纏めるように時間をかけてカズキは瞳を開いた。
 そのまま正面にて己の最後を待つパピヨンへと、視線を向ける。
「蝶野、お前まだ人を喰いたいとか。この世界を燃やし尽くそうとか思っているのか?」
 カズキの言葉は、最初に殺しあった時にも行った問いかけに似てはいた。
 だが似てはいるだけで、そこに込められた思いは段違い。
 当時のカズキは、パピヨンの事を殆ど知らなかった。
 殺したくない、人殺しをしたくないからこそ、縋るような思いで口にしたのだ。
 しかし今は、違う。
 カズキは少なからずパピヨンと行動を共にし、隣り合う事は無かったが共に戦ってきた。
 岡倉達とは別の意味で、良く見知った同年代の相手とも言える。
 だから今はパピヨンに生きて欲しいからこそ、そう尋ねたのだ。
 改めて自分の気持ちを確認し、そして突きつけていたサンライトハートの芯をパピヨンの左胸より引いた。
「蝶野、俺はお前を二度も殺したくない。これが俺が選ぶお前との、決着だ」
 それで良いと自分に言い聞かせ、再びカズキは口にした。
「決着だ。命のやり取りは、もうここまでに。命を蘇らせる魔法があればって思うけど、やっぱりそんなのないから。死んだ命をしっかり弔って、これで全部終わりにしよう」
「以前にも増して、大層な偽善者ぶりだな」
 カズキの決断により生きながらえても、パピヨンの口調は辛辣そのものであった。
「いいよ、それで。お前を殺すよりは、ずっといい」
 それでもカズキは笑みを持ってその言葉を受け入れられた。
 受け入れられる程度には強くなってきた。
「蝶野、お前の名前は俺がずっと覚えている。お前の正体もずっとずっと覚えている。だから、新しい名前と命で新しい世界を生きてくれ」
 カズキの決断に全く不満がないわけではない。
 だが負けた以上、勝者の言葉は絶対。
 ここに至り、ようやくパピヨンの蝶野攻爵に対する禊は終わりを告げた。
 パピヨンという新しい名は既に得ている。
 ならば新しい世界とは何処を指すのか、何処で生きるべきか。
 多少思案に暮れるパピヨンの体へと無謀にも飛び込んでくる小さな影があった。
「何をしている、そして何処にぶつかっている貴様」
 身長差から股間部分に突撃してきたアリシアを、パピヨンは見下ろした。
 普段ならば事実に気付いて飛びのきそうなアリシアも、身じろぎ一つしない。
 パピヨンを見上げたその顔は、涙で溢れ返っていたからだ。
「殺されちゃうかと思った……パピヨンのお兄ちゃんがそう望んでるかと思った。死んじゃうかと、もう合えないかと。うぐぅ……」
 対するパピヨンは酷くあっさりとしたものであった。
「偽善者である武藤カズキがそんな事をするか。それに、俺がいないと白いジュエルシードが精製できないだろ。ふむ、そうか」
 何かを思いついたように、パピヨンはこの場で一番権力がある照星を指差した。
「おい、そこのお前。交換条件だ」
「言葉使いは気になりますが、一応聞いておきましょうか」
 泣きじゃくるアリシアを鬱陶しそうにしながらも、パピヨンは照星へとある提案を行った。









 あの決着から一週間後、カズキは元の一高校生という日常に帰っていた。
 退屈極まりない授業を毎日受け、悪友とも呼べる岡倉達やまひろ達と遊ぶ日々。
 当然、シグナムとの関係は大きく前進こそしていないがマイペースで進んでいた。
 帰りのホームルームが終わり、チャイムが教室内に鳴り響く頃、一目散に教室を脱しようとしたのが良い証拠であった。
 今日はこれからシグナムとのデートなのである。
 自分は学生服、シグナムは私服とまかり間違えれば姉弟とみられなくもないがカズキは気にしない。
 周囲の視線には惑わされない程度には、お互いの気持ちは確認済みだからだ。
「おい、カズキそんなに急いで何処行くんだ?」
「ちょっと野暮用、また明日な!」
「だいたいは、想像つくけど……頑張ってね」
「ちくしょう、カズキ。爆発しろ!」
 六桝や大浜は快く送り出してくれたが、岡倉は意味不明な罵声を浴びせてきていた。
 少し小首を傾げたカズキだが、祝福の一種だろうと好都合に解釈して手を振った。
 正真正銘、その言葉の通り爆発しろと言われたとは思いもせずに。
 カズキが走りながら急ぎ向かったのは、通学路の途中にあるあの公園であった。
 二人が始めて会った雑木林前のベンチ。
 これまで数回待ち合わせを行なったが、何故かそこでというのが定番となっていた。
 一分一秒でも早く、そう思い急ぐカズキはベンチにて待つシグナムを見つけて手をあげる。
「おーい、シグナムさ……ん?」
「お兄ちゃん、お帰り!」
 次第に緩やかになるカズキへと、一目散にまひろが駆けて来た。
 ぽふりと何時ものように腕の中で受け止めたは良いが、カズキの脳裏は疑問符だらけである。
「すまん、まひろに捕まった」
 頬を掻きながら視線をそらすシグナムは、言葉程には困ってはいなかった。
 カズキの帰宅路であるならば、当然の事ながらまひろの帰宅路でもある。
 こういう可能性が決して零ではなかったのだ。
 なにせ今までにも度々こういう事があった。
 二人のデートになし崩し的にまひろが同行する事さえ。
 カズキもそれなら仕方がないと、まひろを抱え上げて抱きしめなおした。
「それじゃあ、まひろもいるし翠屋でお茶でもしようか?」
「そうだな、平日に遠出をする事もない」
 普段から特別なデートはまだなく、まひろの有無はあまり大きな意味はない。
 精々が二人きりかどうかの違いぐらいだ。
 多少カズキは思うところがないわけではないが、まひろも大事な家族である。
 以前は寂しい思いを沢山させただけに、邪険に扱うわけにもいかなかった。
 その代わりまひろを抱く手とは逆側をシグナムへと差し出した。
 こればっかりは、まだまだ慣れそうにもないとシグナムが手をとろうとしたその時、
「まひろちゃーん!」
 名前を呼ぶ聞きなれた声が幾つも、後方から投げかけれられた。
 カズキ自身は気にしないのだが、さすがにシグナムの方は繋ごうとした手を遠ざける。
 聞き覚えのある声は、なのは達であったからだ。
 お互いに気持ちを確認しあっても、流石に人前でいちゃつく事などできない。
「ふう、流石にきつい……まひろったら、ホームルームが終わり次第一目散に行っちゃうんだから。ほら、私の家で皆で遊ぶわよ」
「そうそう、まひろちゃん。カズキさんには家でも甘えられるでしょ。少しは気を使わないとね」
「まひろちゃん、一緒にアリサちゃんの家に遊びに行こう」
「え……あ、う〜」
 なのは達とカズキ達を交互に見て、まひろが混乱したように唸り声をあげた。
 どちらにも行きたいと困っているようだが、せっかくなのは達が気を利かせてくれたのだ。
 カズキは悩むまひろを一旦降ろし、その背中をなのは達へと押しだした。
「まひろ、帰ったら一杯遊んでやるからな。今はなのはちゃん達と遊んで来い」
「う、うん。お姉ちゃんも、後で家でね。御飯食べてっても良いから、遊びに来てね」
「はいはい、了解や。シグナムは今日の御飯はいらへんっと。別にお泊りでも構わへんで」
「ちょ、主!」
 フェイトに車を押してもらっていたはやてが遅れて参戦。
 強力な援護射撃を送ってくれていた。
 お泊り云々は、最近の小学生はませていると、カズキも返す言葉がなかった。
 最もそのお泊りの場合は、カズキではなくまひろがシグナムとベッドインするわけだが。
 結局カズキの後押しが効き、まひろはなのは達と共にアリサの家へと遊びに行く事になった。
 途中何度か振り返っていたが、カズキとシグナムに手を振られ、大きく手を振り返していた。
 そして改めてと、二人がデートに出かけようとしたがフェイトが一人その場に残っていた。
「どうしたの、フェイトちゃん?」
「うん、カズキにどうしても言っておきたい事があって」
 小首をかしげるカズキを前にして、フェイトが少しだけシグナムを見上げて呟いた。
「それと、先にシグナムに謝っておくね」
「先にといわれても、何がなんだか分からないが。どうした、テスタロッサ?」
 改めてカズキの正面に立ったフェイトは、悪戯っぽい笑みを浮かべ笑っている。
 そして自身を落ち着けるように、深くゆっくりと深呼吸を始めた。
 その表情は笑みを浮かべながら何処と無く火照った顔色をしている。
 ますます意味が分からないと仲良く小首をかしげるカズキとシグナム。
 その二人の前で、フェイトはずっと胸の内に溜め込んでいた気持ちを吐露した。
「私ね、ずっとカズキの事が好きだったんだよ」
 突然の告白に、当たり前だがカズキは一瞬目を丸くしている。
 そして戸惑う事なく笑みを浮かべて何かを言おうとした所で、手を握られた。
 おずおずとだが、行くなとでも言いたげに手を伸ばしたシグナムによって。
 カズキはシグナムの行動の意図が読めないように疑問符を浮かべている。
 相変わらずの鈍感と内心毒づきながら、フェイトはシグナムを安心させるように言った。
「でもカズキとシグナムが、笑い合ってるところも同じぐらい好きだよ。今さらだけど、おめでとう。やっと……言えた」
 十分に満足したように、真っ赤な顔で逃げるようにフェイトは去っていった。
 残されたのは、幼いフェイトに色々と気を使われた二人である。
 カズキは相変わらず要領を得ず、シグナムは真っ赤な顔で俯いていた。
 年下のフェイトに気を使われた事はもちろん、小さな子供のようにカズキを繋ぎ止めようとした事を恥じながら。








 結局、フェイトの衝撃の告白により、二人の行き先は翠屋になってしまった。
 カズキが何を言ってもシグナムは俯くばかりで、恥ずかしがって顔を上げようとしない。
 その手を引いて落ち着ける場所、つまりは翠屋へとカズキが連れて来たのだ。
 ただし、翠屋へ辿りつき、注文のケーキやジュースが目の前に置かれた頃には少なくともカズキは理解し始めていた。
 と言うよりも、心の整理というか似たような感情に心当たりがあったのだ。
 おかげで、しおらしいシグナムを見る事ができて良かったと思ったぐらいである。
 ただ余りにも余裕の表情を見せつけたせいか、最終的に少し期限を損ねてしまった。
 ジュースのストローに口をつけ、恨めしそうに見上げるように睨まれ言われた。
「随分と余裕だな、まさか知っていたのか?」
「全然、けどなんとなくフェイトちゃんの感情はまひろが持ってるのに近いのかなって。まひろからも良く好きって言われるし」
「兄と妹か、テスタロッサもまひろと同じ歳だしな。まあ、そういう事にしておいてやろう」
 カズキとしては、フェイトに対する感情やフェイトからの感情をそう受け取っていた。
 フェイトもあの歳で母を亡くしたりと色々あった。
 その時に周りで色々と世話を焼いたカズキに、心を動かされたとしても仕方がない。
 単純な憧れか、本当に恋だったのかはフェイト自身にも分からないことだろうが。
 カズキとしては、フェイトが全て納得してくれているのならそれで良い。
 一方のシグナムは、内心取られなくて良かったとか、色々と深いところまで悩んでいた。
 ただ年上の見栄などもあり、別に焦ってないと小声で取り繕っている。
 取られたくないと、カズキの手を握っておきながら今さらの事であるが。
 そこで珍しく、気を利かせるようにしてカズキが話題を変えようと鞄を探り出した。
「シグナムさん、これ見た?」
「これは、雑誌? クラナガン、ミッドチルダの首都の雑誌か」
 なんでそんな物をと、表紙を見たところでシグナムは飲んでいたジュースを噴き出しそうになった。
 無理やりジュースを飲み込んでむせかけたが、軽く数度の咳で落ち着ける。
 何しろ雑誌の表紙を、パピヨンがでかでかと占領していたのだ。
 題字には、管理局の新マスコット蝶人パピヨン君とある。
 そして隅っこには、丸く区切られたコマの中に関連キャラクターのデフォルメ絵が描かれていた。
 白衣姿の女の子、パピヨンレディこれは恐らくアリシアが元だ。
 そしてパピヨンの宿敵偽善君、これは明らかにカズキが元となったキャラクターだ。
「一体、あいつらは……というか、管理局は何を考えている」
「マスコットじゃないの、そう書いてあるし」
「あの変態がマスコットではイメージダウンはなはだしいだろう!」
 久々に受けたカズキのボケは威力が絶大で、ついうっかり大きな声を出してしまった。
 周囲の女学生やOLに視線を向けられ、シグナムはすごすごと座りなおした。
 特にOLからは、若い子を掴まえやがってと別種の視線もあったのだが。
 もちろん、他人の視線に疎いシグナムが憎しみさえこもったそれに気付く事はない。
「新しい世界で、蝶野も楽しんでるんじゃないかな。以前、本局を蝶の形に改造しようという案が出たとかで、クロノ君から連絡あった事もあったっけ」
「それは愚痴だろう、絶対。もしくは、パピヨンにいらない事を言ったお前への恨み言だ」
 そうなのかなと懐疑的な言葉に、大丈夫かと思わずにはいられない。
 あまりパピヨンが愉しみ過ぎると、その恨みが回りまわってカズキに向かいかねない。
 最もパピヨンとカズキの繋がりを知る者が、どれだけ管理局にいるかは分からないが。
「なんにせよ、愉しそうで何より」
 結局そんな一言でカズキは簡単に纏めてしまう。
「あれから一度も会ってないけど、ヴィクターはどうしてるか知ってる?」
「一先ず無人世界にて軟禁、白いジュエルシードの精製が終わり次第裁判だろう。ただし、奴も色々とあったから条件次第では保護観察処分だろう。元は被害者であるし、聖王教会も煩いだろう。私にも稀に勧誘が来るしな」
 思惑は別にして、表面上は新しい世代の騎士に純粋なベルカの騎士のあり方を教えて欲しいと。
 それら全てをシグナムや他の守護騎士達も断っていた。
 次元犯罪という新たな問題こそあれ、もう戦争の時代は終わったのだ。
 管理局という時限犯罪に対する対抗組織もしっかりとある。
 シグナムもできればこのまま、なんの変哲もない日常に埋もれてしまいたいと思っていた。
 平凡な毎日だが、カズキと共にあるのならば退屈は恐らく感じないはず。
 騎士として鍛練こそ欠かさないが、それで良いと思っている。
「シグナムさん?」
「ああ、なんでもない」
 思案顔を覗きこまれ、即座にシグナムはそう言った。
 だが今ははやてよりも心に近い場所にいるカズキには通用しなかったようだ。
「なんだかソワソワして落ち着かないみたいだけど」
「そう見えるか?」
 フェイトに気持ちに気付かなかった鈍感の癖に、変なところで鋭いと思う。
「私達は主はやてのおかげで戦いの日々から解放された。だが以前はそれでも日々気を張っていた事は否めない。管理局の事もあったしな」
 カズキと出会うまでは、平穏こそあれど何処かで気を張っていた部分があった。
 言葉にした通り、管理局との因縁もそうだ。
 戦わなくても良いと言われても、何時か戦う日がと心の何処かで考えていた。
「結局、戦いの日々は続き。またこうしてそれから解放された。未だに鍛練を欠かさないのは、再度の戦いを恐れているからだろな」
 管理局との因縁を解消する戦いが終わり、これで本当に戦う意味はなくなった。
 だが日常に埋没する事を望みながら、次の戦いへの備えを忘れられずにいる。
 矛盾した自分の態度に、整理を付けられずにいるのだ。
 自分が本当に望んでいるのは本当はどちらなのか。
 かつて鷲型のホムンクルスの鷲尾が言い放った言葉が、時折脳裏に蘇る事もある。
(戦う為に生まれた者が戦いを奪われ、本当にそれがお前達の望みか)
 厳密には戦う為ではないが、少なくともシグナム達は闇の書、夜天の書を守る為に作られた。
 戦闘を前提にした守りの為に生み出されながら、平穏に生きる事を周りから望まれる。
 この矛盾のおかげで、自身の存在が危うげに感じることさえあった。
 自分が本当に望んでいるのは、心の奥底はなかなか分からない。
 自問自答するように、何度もレヴァンティンを振るった手の平を見つめる。
「大丈夫、このまま平穏に過ごせても、戦いが訪れても。俺は一緒にいるよ」
 その手の平を包み込むように握り締め、カズキが言った。
「そうか、それは何よりも心強い言葉だ。その言葉がある限り、私に負けはない」
 そう言った自分の言葉を耳にして、ようやくシグナムは自分の本心を察した。
 以前の自分ならばきっと、一対一ならばベルカの騎士に負けはないと言った事だろう。
 だが今の呟きはベルカの騎士云々ではなく、カズキと共に戦った場合を想定した言葉だ。
 つまり自分は平穏も戦いも両方望んでいる。
 ただし、戦いにおいては戦いそのものではなく、カズキと並び立つ事をであった。
 自分が認めた最高の騎士に背中を任せ、共に戦う。
 女である前に一人の騎士として、それだけを願いまた並び立てるよう鍛練を続けている。
「伴侶と戦友を同時に得たか、なんとも贅沢な気分だ。その時はまた、頼むぞカズキ」
「うん、シグナムさんの為なら何時でも俺は戦うよ」
 より強く意志を込めてカズキがシグナムの手を握り締めた。
posted by えなりん at 00:00| Comment(0) | リリカル錬金

第四十一話 絶望が希望にかなうはずなどないのだ

 ヴィクターと管理局、そしてカズキが決戦を行った次元世界。
 元より無人の世界だが、現在はさらに環境が激変してさらに人が住める世界ではなくなった。
 アルカンシェルにより地上は深くえぐられ、地の果てまでクレーターが続いていた。
 熱い日差しは分厚い雲に遮られ、その下を嵐のような強い風が吹き続けている。
 さらにアルカンシェルに砕かれた大小様々な小石が嵐に混じり危険物となっていた。
 人がその場にいる為には、薄い魔法障壁を常に展開し続ける必要があるだろう。
 このような場所に石碑を建てても、墓標以外の何ものにも見えない。
 あげく、その石碑も数年と経たず無残な姿となる事は請け合いである。
 劣悪としか言いようのない環境となった次元世界には現在、十人近いの人の姿があった。
 クレーターの最深部であり、中心部でもある場所。
 巨大な魔方陣が描かれ、その方々には青い光を放つジュエルシードが安置されていた。
 その魔方陣の前に陣取るのは金髪の小さな少女アリシア、それを監視監督するパピヨン。
 作業を見守るのはフェイトやシグナムと言ったカズキに近しい者。
 これから行なう作業はヴィクターの復活をも意味する為、なのは達は地球で留守番である。
 特にまひろには、下手な希望を与えない為にもまだ秘密となっていた。
 他に管理局から照星やブラボーに火渡、リンディやクロノが立ち会っている。
 一部例外なのは中立のユーノに、別の意味で誰の味方でもないヴィクトリアであった。
「アリシア、本当にカズキは生きてるの?」
 漠然と抱いていた可能性を改めて確実だと言われ、逆に嫌な疑念がわいてしまう。
 僅かな希望は時としてより大きな絶望を人に与える。
 もしかしたら、目の前の小さな幸せを追うようになってから弱くなったのか。
 フェイトは信じたいけど、絶望は嫌だと複雑な胸の内をアリシアに尋ねた。
「絶対とは言わないけど、可能性は限りなく高い。シグナム達、闇の書の守護騎士が今も活動しているのがその証拠。闇の書が無事なら、それを保持しているヴィクターや近くにいるはずのカズキのお兄ちゃんもね」
「それは先日、我々も気付いた事だ。あのヴィクターが、闇の書を何処かに隠しておくはずがない。過去にヴィクトリアが大事にしていたロストロギア、きっと肌身離さずにもっているはずだ」
「パパならきっと、そうね。そうしてくれていたら、少し嬉しいわ」
 シグナムの言葉を遠まわしにヴィクトリアも肯定してくれていた。
 手元のモニターのコンソールを操りながら、振り返らずアリシアは頷く。
 先日、アリシアはその事実を管理局に伝え、呼び戻す意志があるとも告げた。
 だがそれは許可を求めてではなく、邪魔をするなという忠告を含んだものである。
 それに対する管理局の答えとしては、認めるという驚くべきものであった。
 ただし、幾つか条件を付けられたことは言うまでもない。
 場所はこの次元世界、管理局員の立会い、ヴィクター復活時は管理局に全て任せる事。
 特に最後の条件については、いささか不可解なものもある。
 決戦時のように船団を連れてきたわけでも、戦力を整えた様子も一切ない。
 管理局員は照星達五人のみ。
 以前の決戦では使えなかった切り札を、新しく用意したというところだろうか。
「それにしても、たった一ヶ月で良く意図的に虚数空間を開く魔方陣を用意できましたね。一応、こちらでも魔方陣を解析させましたが理論上は可能という結果がでました」
「元々はママが用意してた魔方陣なの。理由は分からないけど、何か虚数空間に関する研究をしていた形跡が時の庭園のコンピュータに残されていたから」
 照星の質問に正直に答えたアリシアは、少しだけコンソールの上の手を止めていた。
 今となっては本当に知る術のない事である。
 ただそのコンピュータにはプレシアの日記、または走り書きが残っていた。
 そこから推測するに、虚数空間を越えた先にプレシアは用があったらしい。
 ただし、確率やその他からジュエルシードそのものの研究に切り替えたようだが。
「でも本当に良いのか、照星さん。こんな無謀な手段を黙認して」
「おや、君にしては珍しい。勝つ自信がないと?」
「はっ、誰が。今度こそ消し炭にしてやるよ。それに第二段階のヴィクターが相手なら、防人のレアスキルで対処は可能、だろ?」
「第三段階では試すべくもなかったが、恐らくはな」
 やはり何か切り札はあるようだが、火渡の疑問も最もであった。
 パピヨンやアリシアのやろうとしている事は、不用意に藪を突く行為でしかない。
 最悪の場合は、ヴィクターのみがこちら側に復活する場合さえある。
 以前までの管理局であれば、力ずくでも止めに入った事だろう。
 だからこそ、アリシアはまず最初に管理局へ釘を刺しに行ったのだが。
「百五十年前から続く過ちの責任を、未だ管理局は何一つとして負っていない。被害者である騎士・カズキが全て纏めて引き受けて虚数空間へと消えただけだ」
「防人の言う通りです。管理局の始まり、それ以前から続く戦争の残り火。これの後始末なくして管理局は生まれ変わる事はできません。手段が目の前にある以上、これは成さねばならぬケジメなのです」
 もちろん、三大提督は了承済み。
 各次元世界やベルカ自治領等のトップには連絡済みであった。
 もし仮に、ヴィクターとの決戦再びとなれば管理局が全責任を負う事になっている。
 その責任には管理局の解体さえも視野に入っているのだから、思い切った決断だ。
 元々は次元世界間の戦争を切欠に設立されたのが管理局である。
 一時は治安等乱れるかもしれないが、百五十年前程に次元世界間は未熟ではない。
 重度の次元犯罪者やロストロギアも、直ぐに復活したヴィクターに殺されるか破壊される事だろう。
「さてあとは、起動の命令を送るだけ」
 再び動かし始めた手を、命令開始のボタンの上で止める。
 覚悟は良いかと、作業を始めてから初めてアリシアが振り返った。
 さっさとやれとばかりに、アリシアの頭の上に手を置き、パピヨンが先を促がす。
 シグナムは待機状態のレヴァンティンを握り締め、祈るようにしている。
 照星達はヴィクター復活の時に備え、それぞれのデバイスを握り締めレアスキルを展開。
 ややおもむきが異なるのは、虚数空間に挑む異形を前に頬を紅潮させているユーノか。
 カズキを案じていないわけではないだろうが、多少学者肌なだけだろう。
 そしてアリシアがわざわざ振り返った最大の理由。
 視線の先に佇むフェイトは、お願いとばかりにアリシアへと力強く頷いてくる。
 その瞳の力に背中を押されるのを感じ、アリシアは改めて心の中で呟いた。
(相手が居なくなって終わる、そんな悲しい初恋にだけはさせない)
 様々な理由でカズキを求める者、案ずる者。
 共に虚数空間へと落ちたヴィクターを懸念して備える者、求める者。
 皆が皆、虚数空間の向こうに意識が集中する中で、アリシアだけが違っていた。
 アリシアは常に、可愛い妹であるフェイトの事だけを考えている。
 カズキを取り戻すのも全てフェイトの為。
「さっさとしろ」
 待ちきれなかったパピヨンに、ごつんと頭をぶたれ思考が途切れかける。
 だが改めて自分の意志を確認したアリシアは、目の前のコンソールへと向かった。
 魔方陣の起動キー、それを躊躇なく押した。
 それと同時に青い輝きを発しながら、六つのジュエルシードに魔力が灯される。
 巨大な魔方陣を軸として、ジュエルシードを基点に六芒星が描かれた。
 人災とも呼べる砲撃により光を失った世界に、再び青い光が満たされていく。









 光はおろか空気も存在しない空間が流動するだけの虚数空間。
 普通の人間なら生存すら難しいその場所で、二人は一ヶ月もの間戦い続けていた。
 現世と隔絶した空間に流れ着いた以上、もはやその理由は残されてはいない。
 一度落ちれば、二度と戻る事ができないのが虚数空間だからだ。
 だが純粋な怒りによりもはや魔人と化したヴィクターには、理由はいらなかった。
 魔法は一切使えなくとも、その手には長年連れ添った大戦斧のアームドデバイスがある。
 それを普通の大戦斧として、カズキへと向けて振るっていた。
 ただし魔法は未使用。
 魔法が分解される事もあるが、命のない虚数空間ではエネルギードレインが使えない。
 無駄なエネルギーの浪費を避ける為にも、原始的な戦い方を強いられている。
 一方のカズキは押され気味ながら、ヴィクターの攻撃をなんとか防いでいた。
「何故そうまでして、私に抗う。勝っても負けても、もうお前は元の世界には戻れない」
 ヴィクターに言われずとも、分かっていた。
 以前に時の庭園が沈みかけた時に虚数空間の事はフェイトから聞いていたのだ。
 だからこそ、あの時咄嗟にヴィクターを道ずれにする事を思い立った。
 もう戻れない、かもしれない。
 ヴィクターの断言を耳にしながらも、カズキは歯を喰いしばっていた。
「その覚悟、一体どこから……」
「もちろん、ここから」
 この時、カズキがサンライトハートからわざわざ片手を外して示したのは左胸。
 そこに埋まる黒いジュエルシードではない。
「あの世界には守りたい人が大勢いる。一番、守りたい人がいる。その人が約束してくれた、待っていてくれるって」
 明らかな矛盾の言葉に、ヴィクターが始めて驚いたように眼を剥いた。
 カズキは二度と戻れない空間だと知っていたはずだ。
 だがこの瞬間も、元の世界に戻る事を考えている。
 一番守りたい人が何時までも待っていてくれていると、考えていた。
 一度は周囲から再殺を迫られ、共に虚数空間へと落ちてもその心は折れてはいない。
(あの日から……)
 くり出されたサンライトハートの切っ先にもブレは見受けられない。
 百五十年前の英傑であったヴィクターにとっても、油断なら無い一撃である。
(あの日から今日まで、色々とあったけど。今はもう楽しかった事しか思い出せないや)
 この状況であまつさえ、カズキは口元に笑みを浮かべようとさえしていた。
 言葉からも、その一撃からもカズキの心に絶望は見つからなかった。
 妻子や家族を失い、怒りに全てを委ねたヴィクターとは芯から異なっている。
 百五十年を経て、ヴィクターと全く同じ境遇と化したにも関わらず。
(この少年……)
 ほんの僅かにでも、ヴィクターの心が動いた瞬間、サンライトハートの切っ先がブレた。
 一瞬にでも思い出してしまったのだ。
 虚数空間へと消える瞬間、あの何処までも強いシグナムの瞳に何が浮かんでいたのか。
 シグナムが待っていると約束してくれた状況と、現状には大きな差が存在する。
 それでもきっと待っていてくれると信じてはいても、シグナムに与えた哀しみに少なからず後悔が浮かんだのだ。
 ヴィクターにはそこまで読み取れはしない。
 だがこの時初めてブレた切っ先を確実に見極め、その刃を手の平で払いのけた。
「しまっ!」
 己の失態をカズキが察するも、既に遅かった。
 サンライトハートの切っ先はそらされ、逆の手でフェイタルアトラクションが振り上げられている。
 それでもその大戦斧の軌道は明らかで、確実にカズキの首を撥ねられるはずだ。
 いかにヴィクター化した体といえど、首を撥ねられて生きていられる保証は無い。
 エネルギードレインが使えないこの虚数空間であるなら尚更。
 先程まで浮かべていた楽しかった思い出達が、カズキの脳内にて加速して流れ始める。
 走馬灯を体感するカズキは、歯を喰いしばる以外に何もできていない。
 そして正にカズキの首が撥ねられる瞬間、その刃の進みは首の皮一枚のところで止まっていた。
「はあ……はあ…………」
 何を思ってヴィクターがその刃を止めたかは、カズキには分からない。
 それでも、相手の気まぐれででも生き延びる事ができた事はわかった。
 この場に空気はないとは分かっていても、呼吸が荒くなり汗がどっと吹き出し始める。
 長く呼吸を整える事に終始していたカズキは気付くのが遅れた。
 首を撥ねる直前の大戦斧が、何時の間にかその首から外されている事に。
 ヴィクターの視線が自分を超えて、遥か後方へと伸びていた。
 一度は死んだ体と、ヴィクターを目の前にして一体何がとカズキも振り返った。
「この気配……」
 感じたのは、虚数空間の向こう側から流れ込んでくる空気の匂いであった。
 理由は不明ながら、次元世界側から虚数空間への道が開かれたのだ。
 ロストロギアによる次元震、事故の類か。
「くっ!」
 ヴィクターを解放するわけにはと、焦りを浮かべてカズキがサンライトハートを振り向き様に薙ぐ。
 しかし今度その刃を自ら止めたのは、カズキの方であった。
 多少身構えはしたものの、ヴィクターはその一撃を防ごうとはしなかったからだ。
 実際にカズキの刃を止めたのはその瞳。
 まだ全てではないが怒りに染まる瞳の色を薄れさせて、カズキを見つめていた。
「僅かに感じる魔力はジュエルシード、お前の仲間が無理やり虚数空間を開いたか」
 ヴィクターの呟きに、カズキが一番に思いついたのはパピヨンであった。
 こんな無茶をする能力となりふり構わなさは他に思いつかない。
 地球に帰りたい、望郷の念が一気にカズキの中で溢れ返っていく。
 楽しかった思い出だけしか思い出せなかったのは、心の奥底に押さえ込んだ後悔である。
 望んで虚数空間には落ちたが、他に方法はなかったのか。
 どれだけ力を手にしても、覚悟を手にしても元は普通の高校生に過ぎないのだ。
 ヴィクターの目の前からサンライトハートがゆっくりと下ろされていく。
 そんなカズキの背中を、ヴィクターがそっと押した。
「ヴィクター?」
「お前は地球へ帰れ」
 騎士としてではなく、一人の大人としての言葉であった。
「でも、どうやって」
「虚数空間を開くだけならまだしも、ここまで救助に落ちてくるのは自殺行為。こちらから穴へと向かわなければならないが、虚数空間は全ての魔法がキャンセルされる」
 飛行魔法はおろか、サンライトハートの突撃能力も使えない。
 二人は虚数空間へと落ちてからずっと、この空間ないを流れ続けていただけだ。
 意図して飛び回る事はできず、デバイス同士の衝突でも遠くまで吹き飛ぶ事すらなかった。
「そこでこれを使う」
 ヴィクターが手にしたのは、闇の書であった。
 本を開いてページの上に手をかざすと、三つのジュエルシードが現れた。
 黒でも白でもない、青色。
 恐らくは虚数空間への穴を開いたのと同じ、青いジュエルシードである。
「虚数空間と言えど、ジュエルシード程の大出力ならば幾ばくかの魔力は消失前に得られる。そして、俺のレアスキルである重力操作でお前を次元世界への穴まで吹き飛ばす」
「ヴィクター、お前なんで……」
 その言葉の中には、カズキしか含まれてはいなかった。
 カズキとしてはヴィクターを解放するわけにはいかないが、納得はできない。
 自分を除外してカズキだけを助けようとする今のヴィクターには。
「口を閉じろ、舌を噛むぞ」
 有無を言わさずといった感じで、ヴィクターがジュエルシードを発動させた。
 次元そのものを揺るがす程の魔力が生まれては即座に分解されていく。
 だがヴィクターの考え通り、余剰分の魔力は確実に得られていた。
 レアスキルである重力操作を操る程には。
 フェイタルアトラクションを起動させ、カズキの体を重力波で覆う。
 その言葉通り、カズキだけを。
「ヴィクター、これは!?」
 何故俺だけという意味を込めてカズキが叫ぶ。
「俺のレアスキルは、俺自身の体には直接作用しない。いや、それ以前に二人同時に打ち上げれば、軌道がどうズレ込むか予想もできない。行け。お前が守った者達が、お前を待っている」
 そう別れを告げたヴィクターが最後に、闇の書を差し出した。
「これは今代の主に返して欲しい。そして可能ならば、シグナム達を家族として迎えてくれるよう頼んでくれ。俺のもう一つの家族達だ」
 ヴィクターの言葉にカズキが闇の書へと手を伸ばした。
 だが次の瞬間、カズキの手が掴んだのはヴィクターの腕の方であった。
「はやてちゃんは最初からシグナムさん達を家族として迎え入れてた。それに、お前の家族はまだ残されている。一緒に来い、ヴィクター。ヴィクトリアが待ってる!」
 この時ヴィクターが思い出したのは、シグナムのあの言葉であった。
 まだ思い出せてはいないが、ヴィクトリアに会って来たと。
 当初は戯言と斬って捨てたが、この期に及んでカズキまで嘘を付くはずがない。
 ヴィクターの家族は守護騎士以外にも、まだ残されている。
「もう戦う意志がないならヴィクター、共に生きる道を新しく探そう!」
「どうなっても知らんぞ……」
 闇の書をカズキに渡し、ヴィクターもその腕を握り締めた。
 時は違えど、同じ境遇に晒されたというのに。
 どうして自分はこうまで絶望にしがみ付き、カズキは希望を手放さないのか。
 騎士の実力としては、自分がまだまだ上である事は明白だ。
 だが心の内、騎士としてのあり方に至っては比べるまでもなく負けたと思えた。
(当たり前か、絶望が希望にかなうはずなどないのだ)
 重力波を受けてカズキが弾き飛ばされ、ヴィクターが繋がれた腕に引かれ吹き飛ばされる。
 共に落ちてきた虚数空間内を、二人は上り始めた。








 虚数空間への穴を開いて数分後、展開した魔方陣は早くも悲鳴を上げ始めていた。
 六つものジュエルシードを用いた事で魔力負荷は計り知れない。
 管理局の創設以降、これ程までに大掛かりで危険な実験は行なわれた記録さえないのだ。
 魔方陣が敷かれた地面には余波から亀裂が走り、大地は再び砕かれようとしていた。
 もうあと五分も虚数空間への穴を維持できれば、上出来なぐらいか。
 限界を見誤れば、次元震まっしぐらである。
 五分も見すぎ、可能なら今すぐにでもとアリシアは一度フェイトへと振り返った。
 如何にフェイトの為とは言え、その大事な妹を危険にさらすわけにはいかない。
 自然と魔方陣の停止ボタンへと小さな手が伸びようとする。
 その手を遮るようにパピヨンが止めた。
「続けろ」
「でもこれ以上……」
 パピヨンの容赦ない言葉に、ホムンクルスとしての親からの強制力が働く。
 だがパピヨンとは別の意味で、精神的な部分でアリシアも不完全なホムンクルスである。
 その言葉を払い、魔方陣を停止させようとした瞬間、フェイトが何かに気付いた。
「あれ、もしかして……」
 高速戦闘を主にするだけあって、他の者よりも目が良いのだろう。
 誰の瞳にもまだ暗闇しか見えない穴の向こう側を指差し、何かが見えた事を伝えようとしている。
 誰もが瞳を凝らしても何も見えないまま十数秒が過ぎ去り、ようやく見えた。
「カズキ!」
「シグナムさん!」
 重力波に包まれ虚数空間を浮かび上がってくるカズキの姿であった。
 だが次の瞬間には皆が凍りつく事になる。
 カズキの姿は喜ぶべき事だが、その後ろに伸ばした手にはヴィクターが捕まっていた。
 と言うよりも、どう見てもカズキが望んでその手を引いているように見える。
 詳細は不明ながら、この時動き始めたのは立会人を望んだ管理局側であった。
「防人、貴方の出番です」
「分かっています、シルバースキン!」
 照星に命令され、ブラボーが纏っていたシルバースキンとは別にもう一着を精製する。
 恐らくはデバイスの二刀流によるものであろう。
 新たにバリアジャケットを一つ増やしてと、思うところだが皆の視線はカズキに集中していた。
 そしてヴィクターとカズキが虚数空間の穴を飛び出した瞬間、ブラボーがそれを放った。
「シルバースキン、リバース」
 身に纏っていたそれと、新たに生み出したシルバースキンが分解。
 六角形の金属板単位にまで分解されて射出された。
 二着のシルバースキンは表裏を変えて、カズキとヴィクターを包み込んだ。
 それこそが、管理局側が用意しておいた切り札であった。
 第三段階のヴィクターを抑える事は不可能だったが、第二段階ならまだできる。
 普段は使用者を守るバリアジャケットが裏返る事で拘束具と変わるのだ。
 当然、エネルギードレインも例外ではない。
「カズキ、大丈夫か?」
「なんとか……それと、ただいま。シグナムさん」
「思ったより、随分と早かったな」
「シグナムさんの為に、急いで来た」
 馬鹿者と照れ笑いをしながら、シグナムがへたり込んでいたカズキに手を差し出した。
 シルバースキンのおかげで直接ではないが、一ヶ月ぶりの事である。
 今はフェイトやリンディ達も、恋人同士の再会を邪魔するまいと遠巻きに見ているのみ。
 そして大人しくシルバースキンリバースを受け入れたヴィクターの前には、ヴィクトリアが立っていた。
 お互いに信じられないという顔をしながら、一歩ずつ歩み寄っていく。
「パパ……」
「ヴィクトリア、おいで」
 そのヴィクターの言葉を切欠に、ヴィクトリアが駆け寄るままにその腕の中に飛び込んだ。
 照星達に周囲を囲まれ警戒の中ではあったが百五十年ぶりの再会である。
「ママからの伝言、ママは何時までもパパの事を愛していたって」
「確かに受け取った。今まで一人にして、すまなかったな」
 皮肉屋の仮面を脱ぎ捨て、ヴィクトリアが幼子のように泣き始めた。
 まだこれからどうなるかは不明だが、ヴィクターは少なくとも我が子を離すつもりはなかった。
 幼少時からあまり甘やかせなかった分も含め、深く抱きしめる。
 カズキとヴィクター、同じ運命を背負った二人の男の再会が一折済み始めた。
 珍しくその場の空気を読んでいた一人の男が、耐え切れないとばかりに叫んだ。
 ただ感嘆に打ち震え、声を掛けるタイミングを逸していただけなのかもしれない。
「武藤ォ、カズキィー!」
 有り余った元気に任せて叫んだせいで、その口からは盛大に吐血が迸っている。
 感動の再会の空気を激しくぶち壊す行為だが、それでこそパピヨンであった。
 何時もの蝶お洒落なスーツの懐からとある物を取り出し、カズキへと投げつけた。
 カズキは一瞬、受け取ったそれが何かは分からなかった。
 だが一目見れば、とても信じられないが手の内にある物を信じるしかない。
 二度と作れないとアレキサンドリアが言った白いジュエルシードが、カズキの手の中にある。
「約束、覚えているだろうな」
「まさか、作ったのか。白いジュエルシードを……ヴィクター、これでお前も人間に戻れるぞ!」
「武藤、貴様!」
 途端にヴィクターへと振り返ったカズキを見て、当たり前だがパピヨンが憤慨する。
 カズキが約束を覚えていないわけがないとは思っているが、それとこれとは話は別。
 決着、その二文字の為だけにパピヨンはずっと動いてきたのだ。
 それは今、貴様が使えと言おうとした時、先にアリシアが動いた。
 カズキの手から一度白いジュエルシードを奪い意識をヴィクターから戻させる。
「カズキのお兄ちゃん、時の庭園の設備を使えば少し掛かるけど白いジュエルシードは精製可能だよ。だから、今はそれをカズキのお兄ちゃんが使って」
「まずは、お前が人間に戻れ……百五十年待ったのだ。俺は今しばらくなら、耐えられる」
 ヴィクターからも後押しされ、カズキは頷いた。
 白いジュエルシードを左胸に収めながら、サンライトハートを手に取った。
「蝶野、悪かったな。忘れるわけがない」
「決着をつけよう」
 言葉は飾らず、今この時、この場所でとパピヨンは言っていた。
「カズキ、もはや何も言うまい。ただ一言、勝て」
「うん、分かってる。それとこれ、ヴィクターが返してくれた。もう一つの家族へって」
「闇の書、ああ……確かに受け取った」
 カズキから闇の書を託され、シグナムは何よりも先にヴィクターへと頭を下げた。
 今はまだ記憶を取り戻せてはいないが、家族である事に違いは無い。
 既にヴィクトリアを家族として迎えた以上、ヴィクターもまた同様である。
 カズキをパピヨンの目の前に残し、シグナムを含め皆が距離を開けた。
 パピヨンが望んだ今、この場所で二人が心置きなく決着を付けられるように。
 そしてカズキがサンライトハートを、パピヨンが手の平の上に黒死蝶を生み出す。
 長かった二人の決着の時が、今訪れようとしていた。
posted by えなりん at 00:00| Comment(0) | リリカル錬金

第四十話 何故、私はここでこうして生きている?

 夕暮れにさしかかろうという時刻であるにも関わらず、日差しは未だ衰えない。
 夏真っ只中、時期は学生が夏休みに突入間近の頃であった。
 カズキが次元震による虚数空間へと消えて一ヶ月。
 八神家の庭先にて、道着姿でレヴァンティンを手にするシグナムの姿があった。
 顔の上を滴る汗に気を取られる事なく、一心不乱にレヴァンティンを素振りしている。
 大上段から一気に振り下ろす。
「ふッ!」
 しっかりと大地を踏みしめて空気を引き裂き、再び大上段へと構える。
 まったく同じ動作を繰り返す絡繰人形のように、何度も何度も繰り返していた。
 ただし一心不乱ながらも、その眼差しにはしっかりと理性の光があった。
 一ヶ月以上前から、ずっと繰り返し続けていた彼女の鍛練の時間である。
 カズキが生死不明となった今でも、それは変わる事はなかった。
「なあー、誰か私のアイス知らねえか?」
「ん?」
 リビングにて声を大きくして尋ねていたのは、冷凍庫を閉めたばかりのヴィータであった。
 その問いかけに振り向いたのは、シグナムの鍛練をずっと呆れた様子で眺めていたヴィクトリアである。
 あの後、共にやり直さないかとシグナムに誘われたのだ。
 当初はきっぱりと断ったものの、毎日やって来るシグナムに対し先日対に折れた。
 女所帯の家とはいえ、タンクトップにホットパンツとかなりラフな格好である。
 八神家にとけきったというよりは、図太い神経であった。
 そんな彼女の口に収まるのは、一本の棒付きアイスであった。
「って、ヴィクトリア。それ私のアイスじゃねえか。何、勝手に食ってんだよ!」
「そんなに大事なら名前でも書いておきなさい。それにアンタも昔、私のアイス勝手に食べたでしょ。そのお返し」
「何時の話を持ち出してんだよ……そりゃ、未だに思い出せねえのは悪いけどよ」
 罰が悪そうに顔をそらすヴィータに対し、溜息を一つつく。
「嘘よ、ほらまだ食べ始めだから返してあげる」
「もが、冷がッ!」
 このお人よしとで言いたげに、ヴィータの口深くに棒付きアイスをねじ込んだ。
 突然訪れたアイスの冷たさに頭をやられ、ヴィータが転がりまわる。
 その愉快な様子にヴィクトリアは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
 平和過ぎる、穏やかな生活に未だ鳴れず照れ隠しが含まれていたのは間違いない。
 全くの八つ当たりを受けたヴィータは悲惨だが、誰も助けに入る者はいなかった。
 リビングの隅で寝そべっていたザフィーラは、ただ静かに首を横にふるだけ。
 シャマルは日差しが少しでも収まったうちにと買い物に出かけている。
 そして、彼女達の今の主であるはやてはというと、
「シグナム、そろそろ終業式って奴が終わる頃なんじゃない?」
「ああ、すまないヴィクトリア。迎えをすっぽかすところだった」
 ヴィクトリアが忠告した通り、はやては二週間前から聖祥大付属小学校に通い始めていた。
 と言っても、未だ車椅子の生活は続き、完治も見えてはいない。
 それでも毎日楽しそうに学校に通っている。
 それこそ、夏休みなんて無くてもよいのにと、普通の小学生とは間逆の言葉を呟く程に。
 用意しておいたタオルを用いて汗を拭き、シグナムが着替えに自室へと向かっていった。
「あがががが……顎が、冷てぇ。おい、ヴィクトリア!」
「変わらないわね、シグナム」
 ようやく治まった痛みを訴えようと怒鳴ったヴィータの言葉を遮るように、ぽつりとヴィクトリアが呟いた。
「ん、ああ。シグナムを見てると、あの突撃馬鹿がいなくなったなんて未だに実感沸かねえよな。話を聞いた時は、もっと落ち込むかとも思ったけど」
「烈火の将と言えど、一人の女。抱え込んでいなければ良いが」
「パパが負けるわけよね」
 ヴィクトリアの呟きは、誰に聞こえる事も無く消えていった。
 シグナムは恐らく、信じているのだ。
 武藤カズキが生きていると言う事を、そして何時か必ず帰ってくると。
 相手が生死不明となってしまっているにも関わらず。
 だからこそ、今までの自分を帰る事なく、普段通りに過ごそうとしている。
 それは百五十年前に運命に翻弄され、父と娘で戦いあったヴィクトリア達にはなかったものだ。
 お互いほんの少し信じあえれば、敵対ではなく共闘という形もあったはず。
 今さら言っても詮無い事だが。
 同じようにヴィクターが虚数空間に消えても、ヴィクトリアが殆ど悲しみを見せなかったのが良い証拠であった。
 母に続き父も亡くしたが、純粋に悲しむには多くの事があり過ぎた事もある。
「あら、シグナム。これからお迎え?」
「ああ、主とまひろを迎えに言ってくる。アルフは……スーパーで会ったのか?」
 着替え終わったのか、二階から軽い足音で降りてきたシグナムが玄関に向かう。
 その一瞬前に玄関が開いた音と共に、二人分の足音が舞い込んでくる。
「お使いの途中でばったり、急ぎじゃないしちょっと涼んでこうかなってね」
「ヴィータちゃん、アイス買って来たわよ」
「シャマル、一本くれ!」
「駄目よ、あんたさっき食べたでしょ。シャマル、私まだ食べてない」
 我先にと玄関に向かうヴィータを押しのけ、ヴィクトリアが顔を出す。
 賑やかな事だと笑ったシグナムは、小さく行って来ますと言ってその場を後にした。









 八神家から見て聖祥大付属小学校は隣町に位置する。
 徒歩で向かうにはやや遠いが、決して歩いていけない距離ではなかった。
 それは大人がという注釈が付く為、車椅子のはやてはなおさらだ。
 だが基本的になのは達は登校こそバスだが、帰りに関しては徒歩の事が多い。
 朝は時間が少ない事もあり歩調を合わせにくいが、帰りの出発点は教室。
 最初から皆が揃っていれば、出来るだけ長く一緒にと思うのが普通である。
 それに合わせる様にはやても帰りだけは車椅子で頑張る為、必然的に迎えが必要となった。
「少し、急ぐか」
 素振りに没頭したせいか、普段より数分遅いと気付いたシグナムが歩みを速める。
 元より運動の直後とあって体は温まっており、苦になる事はない。
 だがその足はとある場所の前に差し掛かった時、止まってしまった。
 なのは達の通学路の途中にある公園、あの雑木林がある場所である。
 厳密には違うかもしれないが、シグナムとカズキが初めて出会った場所だ。
「カズキ……」
 主であるはやてや仲間であるヴィータ、他にまひろ達とも違う意味で愛しい想いを込めてその名を呟く。
 カズキが虚数空間に消えてから一ヶ月。
 無謀と分かっていても、追いかけたいと思った事がないかと言えば嘘になる。
 追いかけ探し出し、背中を任せるように共に戦いたい。
 だが地球には主であるはやてや、残されたまひろ。
 カズキが守りたいと叫んだ人々が大勢いる。
 騎士としてその者達をカズキに代わり、守っていかなければならない。
 それが今のシグナムがカズキにしてやれる唯一の事であった。
 飛び出していきそうな自分に言い聞かせるように心中で呟き、再び歩き始める。
 だがその歩みは、公園を出て直ぐの道路にて再び止まる事になった。
 一車線の大きくはない道路の向こう側、そこに丁度はやて達がやってきていたのだ。
「シグナム、ただいま。お迎え、ご苦労さんやね」
「お姉ちゃん!」
 最初に気づいたはやてが心配性だなと笑いながら手を挙げた。
 それに次ぎ、まひろが高い声をさらに高くしてシグナムを呼んだ。
 一ヶ月以前ならば、ここで誰もが冷やりとする思いをした事だろう。
 以前までのまひろならば、道路の左右を確認する事なく飛び出していた。
「まひろ!」
 咄嗟にアリサがその襟首に手を伸ばそうとしている事からも、日常茶飯事だった。
 だがまひろはちゃんと右と左、最後に右とお手本のように車の有無を確認する。
 それから嬉しそうに走り出して、シグナムの懐の中へと飛び込んだ。
「おっと」
 夕方に差し掛かっているとは言え、まだまだ炎天下。
 この子は暑いと思わないのだろうかと疑問に抱きながらシグナムも抱き上げる。
 正直、肌が密着した箇所は熱くて堪らないのだが、まひろにはそんな表情は見られない。
 しっかりとシグナムに抱きつき、時折鼻をすんすん鳴らして匂いを嗅いでいる。
 鍛練後、汗を拭いて着替えはしたもののシャワーを浴びていない手前、それだけは止めさせたが。
「おかえり、まひろ。主はやて」
「ただいま、シグナムさん」
「ただいま、シグナム」
 まひろをしっかりと抱えなおし、二人だけでなくなのはやフェイト達にも同じ言葉を送る。
 一人ずつただいまと笑顔で返す中で、一人だけ膨れている者がいた。
 シグナムに対する視線に剣呑なものが混じりそうになるのを必死に堪えている。
 本人も八つ当たり以外の何ものでもないと分かっているのだろう。
「アリサちゃん気持ちは分かるけど、そんな顔してちゃ駄目だよ」
「分かってるわよ」
 すずかに窘められ、アリサが笑顔になれない代わりにそっぽを向く。
 その理由は、まひろにあった。
 以前のまひろならば先程、左右を確認する事なく道路に飛び出した事だろう。
 それを止めるのはアリサ達の役目。
 他にも落ち着きや注意力のないまひろの面倒を見る事が生活の一部であった。
 だがカズキが行方不明となって直ぐ、まひろは少なからず自立を始めた。
 今はシグナムに甘えてはいるが、生活の細かい場所で頑張る事が増えているのだ。
 まひろの世話をしているように見えて、実はアリサ達の方が依存していた。
 心の苛立ちは、それを指摘しているようでさらに素直にはなれないでいる。
「しかし、さすがに抱きっぱなしは熱い。まひろ、自分で歩けるな?」
「うん、でも手繋いで。アリサちゃんも手繋ごう」
「手を繋ぐって低学年じゃあるまいし……し、仕方がないわね」
 まひろが差し出した手と呼びかけに対し、いかにもといった感じでアリサが握り返す。
 反対側はシグナムの手に繋がれているが、一先ずは満足したらしい。
 その様子になのは達は忍び笑いをするのも一苦労だ。
 今日一日、学校で何があったのかをまひろがシグナムに話し、皆もそれに加わる。
 体育の短距離走ですずかとフェイトがデットヒートを繰り広げ、一方なのはは後方で転んでいた。
 またアリサがテストで百点を取り、意外にも二番がまひろであったり。
 ここ最近、恒例と化した下校の風景である。
 そして公園を抜けて少し先にあるコンビ二でも、もはや当たり前となった光景があった。
 コンビ二の駐車場、車止めの石の上に座り買い食い中の岡倉達だ。
「英之!」
「おー、チビっ子どものお帰りだ。ちゃんと学校で遊んで来たか?」
「ふふ、岡倉さん。学校は勉強をしにいくところですよ」
「本当に?」
 至極全うな言葉をすずかが呟き、六桝に再度尋ねられるとまたしても微笑んでいた。
 そんなわけがないと、言葉にせず肯定するように。
 少なくともこれまで普通の生活ができなかったフェイトやはやてはそうだ。
 勉強をしにいくと言うよりも、友達をつくりにという理由の方が断然大きい。
 もちろん勉強もするが、フェイトが国語を苦手にしている事以外は皆成績優秀である。
「あんまり遊んでばかりだと、僕らみたいになるけどね。はい、なのはちゃん」
「ありがとう、大浜さん」
「私も、一つ貰いますね」
 一応形だけの注意を大浜が行い、いつもの様にスナック菓子の袋を差し出す。
 慣れたようになのはやはやてが、エネルギーのつき掛けたお腹に収める。
「主はやて、高町も。少しだけだぞ。お前達も、あまり悪影響ばかり与えるなよ」
「へーい」
 おざなりな返事が岡倉から返った。
 早速と、お子様達からお菓子を遠ざけると、子犬のような視線にさらされる。
 正しい事をしたはずなのにと、何処かより沸く罪悪感に降参。
 好きなだけ食えとばかりに、お菓子の袋ごと渡してしまう。
 おいっとシグナムが剣呑な瞳で睨むも、でしたら自分で注してくれと視線が返って来る。
「夕食に響かない程度にしておけよ」
「はーい」
 尻尾でもあれば振っていそうななのは達を前に、結局できたのは控えめな注意だけだ。
 元気な返事はそろって返って来たが、効果は限りなく薄い事だろう。
 既に悪影響は受けてしまった後なのか、シグナムの言葉が弱かったのか。
 ほれみろとばかりに向けられる岡倉達の視線から、後者の可能性が濃厚だ。
「お姉ちゃん、はいあげる。あーん、して」
「まひろ……」
 挙句、まひろの言葉に逆らえずその指先からお菓子を一つパクついてしまった。
 その瞬間、パシャリと聞こえたのは携帯のカメラの音だ。
「んぐっ、何……何を撮っている六桝!」
「そのまま送信っと」
「人の話を聞け、貴様!」
 馬の耳に念仏、シグナムの怒りをあっさりと受け流し何事かを呟く。
 即座に複数のメロディが同時に鳴り響き、あっと声を上げてこの場の全員が携帯を取り出した。
 着信はメール、送信者は六桝。
 添付されたファイルには、まひろからお菓子を貰うシグナムが綺麗に写しだされていた。
「最近、カメラマンも悪くないと思っている」
「わーい、六桝さん。ありがとう!」
「お前は一体、どういう方向に向かって走ってるんだ」
「六桝君だからね」
 岡倉や大浜の突っ込みはさておき。
「消せ、特に男連中!」
 喜ぶまひろは置いておいて、これだけはと岡倉達の携帯は一時没収。
 綺麗に写真を消してから投げつけるように返す。
 本当の姉妹みたいと写真を見ているなのは達には、広めないでくれとお願いするのが精一杯だ。
 なのは達だけなら賑やかで済むが、岡倉達がからむと途端に制御不能となる。
 これでカズキもいたらと思うと、正直なところ少し胃が痛くなるぐらいだ。
(カズキ、か……)
 魔法を知らない岡倉達に対して、カズキは遠い親戚の家に身を寄せた事になっていた。
 死亡に近い行方不明扱いだとは夢にも思わない事だろう。
 何時か帰ってくると思いながら、その時は悔しがれとばかりに楽しく毎日を過ごそうとしている。
 もちろん、寂しさを感じないわけではなく、連絡を取り合う頻度が互いに増えたのがその証拠だ。
 こうしてなのは達の下校をコンビ二前で岡倉達が毎日待つようになったのも。
「シグナム、カズキの事を考えてる?」
「テスタロッサ……ああ、少しな」
 僅かな間の考え事を見抜かれ、戸惑いながらも肯定の言葉を返す。
 魔法を知る一部とまひろは、カズキが帰って来ない事を知っている。
 知っているはずだが、こうして笑顔を絶やさない日々を過ごしていた。
 それは岡倉達と同じように、カズキが帰って来ると信じたいからか。
 いや、帰って来ると信じているのは同じだ。
 どんなに絶望的な状況であろうと、きっとカズキは帰ってくる。
 そう信じているからこそ、岡倉達と同じように笑顔で日々をすごす事ができた。
「私は約束したからな、待っていると」
「帰ってくるよ、きっと」
 どのようにかは分からないが、何故かそう信じて疑わない自分達がいた。
 本当に不思議と、疑う事がない。
 根拠があるわけでもないのにと思ったところで、ふとシグナムが疑問を呟いた。
「何故、私はここでこうして生きている?」
 その疑問こそが、恐らくは答え、信じるための根拠に他ならなかった。









 とある高次元空間にある時空管理局本局。
 岩石の柱を縦軸に一本、横軸に二本貫き合わせたような形をしている。
 時の庭園とは規模がまったく異なるが、これも一部過去の遺産であるロストロギアを使用した要塞でもある。
 その周囲には戦艦の誘導光が絶えず伸びて煌びやかなものであった。
 普段ならばアースラ級の戦艦の出入りも激しいのだが、時折発着陸するばかりで大人しいものである。
 警察組織を兼ねる管理局が活気を失うのは良い事なのか、悪い事なのか。
 それを判断すべく、話し合う六人が本局内のとある会議室にいた。
 会議机にて座り、お茶を飲んだりややのほほんと場違いな笑みを浮かべたりしている老人が三人。
 法務顧問相談役のレオーネ、武装隊栄誉元帥のラルゴ、本局統幕議長のミゼット。
 大層な名前の役職を与えられながら、実質的な権限を与えられていなかった三大提督である。
 だが今は先日の事件より、実質的に管理局の実権を握る三人でもあった。
 対面にて直立不動を保つのは、ようやく傷が完治し戦線復帰を果たしたばかりの三人。
 執務官長官代理他様々な役職を兼務する照星、元暗部の火渡、執務官のブラボー事防人。
「現場復帰おめでとうと言いたいところだけど、管理局を取り巻く現状は急速に変化を見せ始めているわ」
 三大提督の中での唯一の女性、ミゼットが笑みを絶やさずにまずそう口にした。
「現在、管理局の管理下にあった次元世界のうち、十パーセントに近い世界がその管理下から脱した。そうしたいという申請は、まだまだ増え続けている」
「局員からも辞職申請を出すものがちらほらいる。まあ、主に後方勤務が多いが。ヴィクター討伐の件に始まり、最高評議会の正体に至るまで。詳細な情報を公開した結果だな」
 レオーネ、ラルゴと言葉を続けた。
 だが三人が決めた不透明であった情報公開は、この程度で止めるつもりはないようだ。
 脱退する次元世界、辞職を望む局員はさらに増えていくと予想される。
 ただし後方勤務の局員に辞職者が多いのは、正義を夢見続けていた者が多いからだろう。
 少しでも現場に出ていれば、正義のみが管理局を動かしているわけではない事を知る事ができたはずだ。
「私達のやり方に異を唱える人も当然、多いわ。そこで照星君、君はどう思うかしら?」
 現場復帰したばかりの三人、特に照星を前にミゼットが興味深げにそう尋ねた。
「私は……一時的な管理局の衰退も、この際は必要だと考えます」
 多少思うところはあるがとメガネを押し上げつつの言葉に、三大提督がそろって笑みを浮かべている。
 そして視線で発言の許可は続いている事を察して照星は持論を続けた。
「百五十年前の創設期の件は一先ず抜きにしても、管理局は早急に肥大化し過ぎました。これはひとえに、ロストロギアの収集に拘る余り兎に角、管理下に置く次元世界を増やしすぎた事にあります」
 百五十年という歳月は一人の人としては寿命を優に超える。
 だが一つの組織として歳月を見直すと、決して長いと言える程ではない。
 その長いとはいえない歳月の中で、管理局は管理下におく次元世界を増やし続けた。
 当然の事ながら、管理局を支える局員の補充が全く追いついてはいなかった。
 ヴィクター討伐に参加できた者は百名半ば。
 厳選したとは言え、全ての局員から戦力をかき集め、十分な実力者はその程度だ。
 照星の選定の目が厳しかった事もあるが、質も量も足りていない。
「確かに管理局との繋がりを一切絶つ事は看過できませんが……自治能力確かな次元世界にまで我々が手を出す必要はないでしょう。その代わり、政局が不安定な戦時の世界に戦力を投入すべきです。そういった意味では、私も管理下を抜ける次元世界があってもかまわないと思います」
「はい結構、私達の意見も同様です。そこで君達三人には、我々の補佐として色々と働いて欲しいと思っています。照星君には本局統幕議長補佐」
「防人君には、法務顧問補佐。もちろん、閑職ではなくいずれ執務官長官のポストについてもらうよ」
「火渡は、最高評議会との後ろ暗いものがあるが……武装隊元帥の右腕としてその力を奮って欲しい」
 今後、管理局は最高評議会にとって代わり、三大提督がその権力を握っていくだろう。
 政治に寄った本局統幕、法律に寄った法務部、軍隊に寄った軍部。
 その三竦みにより、可能な限り公正な活動を目指した管理局である。
 今後、管理局の傘下を脱し、多様化する次元世界に管理局もまた対応しなければならない。
 これはまずその一歩でもある。
 建前上、これまでもそのように動いてはいたが、影には最高評議会があった。
 外からは分からないだろうが、管理局の内部は確実に変えていかねばならない。
「そこで三人に、担当して欲しい件が早速一つ。ベルカ自治領の聖王教会から、決戦のあった次元世界に石碑を建てたいとの申請があったわ」
「建前上は、ヴィクターの一件を忘れず、綺麗な言葉を並べ立てておったが……」
「本音はベルカの騎士が今の時代を作ったと、宣伝まがいの事だろう」
「最高評議会がヴィクターを裏切りの騎士と呼んでいた事もあって、断りきれませんでした。本人達は恐らく、そのような事は望んでいないでしょうが」
 珍しく局員としての制服を着ていたブラボーが、拳を握り締めていた。
 望まずカズキが英雄となってしまったのは、事実だ。
 黒いジュエルシードに体を犯されつつも諦めず、命を掛けてヴィクターを討った。
 だが本人が何よりも望んでいたのは、自分と周囲が幸せになる事。
 石碑を建てられて崇められ、利用される事では決してない。
 組織が故人を利用する話はそれこそそこら中に転がっているが、納得できるかはまた別だ。
「あの決戦で、引退を余儀なくされた優秀な局員も多いでのです。少々、やり辛いですがなんとかしましょう。防人、貴方ももう大人です」
「分かっています。命令には従います、照星さん」
「けっ、あんな無人世界に石碑を建ててもぶっ壊されるのが落ちだろ。警備に派遣される局員はご愁傷様だな」
 気に食わないのは火渡も同様らしいが、口調と態度が少々不味かった。
 曲がりなりにも、自分達の目の前にいるのは管理局のトップ。
 以後は直属の上司ともなる提督達である。
「火渡、ちょっとこっちへ」
 照星がその肩を力強く掴み、有無を言わさず会議室の外へと連れて行く。
「HAHAHAHAHAHA」
 会議室の扉が中と外を分けた直後、照星の高笑いと共に撲殺音が響き始めた。
 そして数分後、室内へと戻ってきたのは照星ただ一人出会った。
 この時、三竦みと三大提督達が少なからずひきつっていた。
 照星を三竦みの一角に投入したのは力関係からも間違いだったのではと。
「さて、用件は承りました。要請があり、管理局という組織が合意し命令が下ったのであれば忠実に任務として遂行します。聖王教会とは、誰と連絡をとればよろしいですか?」
「貴方も少々縁故があるグラシア家のお嬢さんよ。まだ幼い少女だけど、これを機に教会内でデビューという事になるのでしょう」
 さすがにそこまで権力が関わってくると、照星でも呆れた溜息の一つも出る。
「全て了解しました。防人、貴方も手伝ってください。無人世界に石碑となると、また色々と法務上の問題も浮き上がるでしょう。貴方の知識が必要です」
「警備には、火渡の権力に寄らない戦力が必要となります」
 三大提督を前に軽い打ち合わせを行っていると、会議室のドアがノックされた。
 火渡ならば、まずノックする前にドアを開ける。
 それでは一体誰がと、照星やブラボーのみならず三大提督もドアへ視線を向けた。
「失礼します」
 入ってきたのはリンディであった。
 だがその腕の中には小さな金髪の少女が、抱え上げられていた。
 照星やブラボーも少なからず言葉を交わした事があるアリシアである。
 彼女はヴィクターとの決戦後、パピヨンと共に姿を消したはず。
 それが一体、それも三大提督との会議中にと疑問が尽きない。
「重要な会議中に申し訳ありません。ただ、一つご報告したい件があります」
 局員としての顔を作ったリンディが、床に降ろしたアリシアの背をそっと押した。
 多少緊張しているのか、深呼吸するアリシアを見て特にミゼットが頬を緩ませる。
「初めまして、アリシア・テスタロッサです」
 ペコリと頭をさげたアリシアを前に、レオーネやラルゴが陥落した。
 必死に押し隠していたりはするが、ほころびそうになる顔を引きつらせ保っている。
 最高評議会が健在であれば、お飾りの地位で孫の成長だけを考えていたのだ。
 アリシアのような孫世代を前にすれば、それも仕方の無い事だろう。
「カズキのお兄ちゃんとヴィクターは、まだ生きています」
 ただし、アリシアが口にした言葉はそんな彼らの感情を粉みじんに吹き飛ばしていた。
posted by えなりん at 00:00| Comment(0) | リリカル錬金

第三十九話 本当に、ゴメン

 海鳴市の臨海公園、早朝にも関わらず防波堤の直ぐそばにカズキ達の姿があった。
 決戦に参加するシグナムとフェイト、見送りに来たのはまひろやなのはにアルフ、そして八神家の面々だ。
 じわじわと熱くなる日差しの下、特にカズキは緊張感を隠せずにいる。
 昨晩、ユーノから二つの情報を貰っていた。
 一つは白いジュエルシードがアレキサンドリアの手により完成した事。
 もう一つは、管理局とヴィクターの戦いが佳境に迫っている事。
 それはカズキの決断を行動に移す為の引き金にもなっていた。
「お兄ちゃん?」
 詳しい事を聞いておらず、また理解もしていないまひろが不安げに呟いた。
 そんなまひろを安心させるように、アルフが後ろから両肩に手を置いてはいるが効果は薄い。
「まひろ、お兄ちゃんはちょっと用事で出かけてくる。またアルフさんの言う事を良く聞いて待っていてくれ。父さんと母さんも、しばらくしたら帰ってくる」
「お父さんとお母さん帰ってくるの? じゃあ、まひろは良い子でいるね。お兄ちゃんも、皆で御飯食べたい」
「そうだな、良い子でいるんだぞ」
 カズキに撫でられ、満面の笑みで頷いたまひろ。
 その姿を見てカズキの決断を知る者は、瞳をそらしたくなるような光景である。
 恐らくはこれが兄妹にとって、最後の別れとなるかもしれない。
 各自、カズキの決断を聞いて散々悩み、時に考え直せとも言ったが変えられなかった。
 次元世界全てを見れば正しいのはカズキだと分かってはいるが、感情が納得できない。
「両親が帰ってくるまで、私がちゃんと面倒見てるから。フェイトも、気をつけて」
「うん、アルフ。まひろをお願い。はやて達も時々で良いから、まひろを見てあげてね」
「いっそ、家で預かってもええんやけど。シグナムは、カズキさんの事をしっかり守らなあかへんよ。言われんでも、分かってるやろうけど」
「はい、もちろんです。ヴィータ、お前達は私が居ない間に主の事を頼む。大丈夫だとは思うが、管理局の誰かが暴走しないとも限らない」
 アースラにも決戦の参加の要請が来てから、はやて達も一時家に帰されていた。
「まひろも含めて、全員まとめて面倒みておいてやるよ」
「気をつけて、もちろんカズキ君も」
「後悔なきように、戦って来い」
 名残惜しさを残さぬように、寧ろヴィータ達はカズキを後押ししていた。
 奮い立たせるようなそんな言葉に、カズキもしっかりと頷いて返す。
 口々に別れの言葉、特にカズキへは最後の言葉を交わしあう。
 残り短い時間を少しでも有効に使っている間に、お迎えはやってきた。
 カズキとシグナム、そしてフェイトの三人を包むように、足元に魔方陣が浮かびあがる。
 淡い緑色の魔力光を放つそれに包まれ、カズキ達の姿が転送されていく。
「じゃあ、行って来る」
 その言葉を最後にカズキの姿は消えていった。
 見送り側のなのは達の目の前に広がるのは、夏が待ち遠しそうに小波を繰り返す海。
 今生の別れを経験し誰も言葉を発せない中で、耐え切れないようにまひろが泣き始めた。
 たった一人、真実を知らないながらも感じ入る物があったのだろうか。
 泣きはらすままにその場に座り込み、膝の間に顔を埋めて震え始める。
「行っちゃった。お兄ちゃん、行っちゃった……」
「まひろちゃん」
 思わずと言った感じで名を呼んだなのはのみならず、皆も同じ事を感じていた。
 もしかすると、詳細は兎も角として何かしら知っていたのではないかと。
 その上でカズキを安心させる為に、何も知らない振りをしていたのか。
 本当のところはまひろの胸の内にだけであった。










 次元世界ニュートンアップル。
 そこにあるアレキサンドリアの研究所へと、五人は訪れていた。
 張本人であるカズキと、何時までも待つと決めたシグナム。
 決戦に参加する事はないと諭されながらも、最後まで見届ける事を決めたフェイト。
 決断を迫られたのは何もカズキだけではなかったという事だ。
 それから管理局代表として付き合いの浅くないクロノが、ユーノも同行していた。
 出迎えたのは脳髄のみの姿のアレキサンドリアと、何処か感情を押し隠したようなヴィクトリアであった。
「白いジュエルシード、完成よ」
 アレキサンドリアの脳髄が取り囲むあまり広くない一室。
 部屋の中央に地下から競りあがるようにして現れた台座にそれはあった。
 以前見た時よりも、純白の純度が昇華された様子を受ける白いジュエルシード。
「黒いジュエルシードに重なるように胸内に押し込んで。それで黒いジュエルシードの力は相殺されて、無力化する」
 アレキサンドリアはそこで一度言葉を区切らせた。
「誰に使うか。武藤君、決まった?」
 未だアレキサンドリアもヴィクトリアもそれは尋ねてはいない。
 彼女達は、ヴィクターを元の人間に戻す為にこの研究を続けてきたのだ。
 しかしカズキが地球にて黒いジュエルシードを胸に収めて、かつ発動してしまった。
 胸中ではヴィクターを一番に思っているだろう。
 だがカズキを自分達の研究の被害者と見るのならば、口を噤まずにはいられない。
 一体どの様な決断をと彼女達が全てを受け入れる覚悟の中で、カズキは一つ頷いただけであった。
「そう、では受け取って」
 カズキが今この場で白いジュエルシードを使っても、覚悟はできている。
 そんな気持ちを押し隠し、受け取ってくれとカズキを促がした。
 台座の白いジュエルシードを安置していた強化ガラスも外されていく。
 研究後、初めて外気にさらされる白いジュエルシード。
 それに手を伸ばし、カズキは間違っても落とさないようにしっかりと握り締めた。
「よし、これで準備は整った」
 この白いジュエルシードをどう使うか、カズキは決断してここへ来た。
「そう、それが君の……武藤君」
 白いジュエルシードを見つめたまま、胸に収める様子のないカズキを見てアレキサンドリアが呟いた。
「こんな大変な事に巻き込んでし……まっ……て。本、当に……ごめんな、さい」
 途切れ途切れの苦しそうな声の中、アレキサンドリアの脳髄が崩れ落ちていった。
 培養液か何かに満たされた水槽の中で塵と貸していく。
「アレキサンドリアさん!?」
「細胞の限界……研究の為とはいえ、脳髄を多くクローニングして尚且つ酷使した結果だと思う。彼女は多分、それを理解していたからカズキに……」
「アレクさ」
 意味がないとは分かりつつも、水槽に駆け寄ろうとしたカズキの前にヴィクトリアが立ちふさがる。
「用は済んだでしょ。さっさと出て行って」
 カズキ達に向けられたのは拒絶の言葉と視線。
 彼女だけは最初から、アレキサンドリアとは違い友好的ではなかったのだ。
 ただ最後が近いアレキサンドリアの意をくみ上げ、協力していたに過ぎない。
 元家族であったシグナムですら例外ではなく、彼女は出て行けと行っていた。
「行くぞ、カズキ。もう、そんなに時間は残されていない。照星さんを中心に組んだ討伐隊にも限界が近い。もう決戦場で残された局員の残りも少ない」
「ああ、分かった」
 今はまだ何も言ってあげられる言葉はないと、皆が外へと足を向ける。
 例外は一人、彼女の元家族であったシグナムであった。
 一人皆と逆行するように、拒絶を示したヴィクトリアの目の前に立つ。
「何よ」
「私は、何も覚えていない。それが改造を受けた結果なのかは分からない。だが後日、良ければ教えてくれ。私達がどう暮らしていたのか。どれだけお前達を大切にしていたのか」
「それを知ってどうするの? 一度壊れた物はもう戻らない。私の家族は、もう戻らないの。不愉快だから、出て行って。もう、二度とここには来ないで」
 向けられたのは換わらぬ拒絶、それでもとシグナムはこう口にした。
「また、来る」
 それからようやく背中を向けたシグナムへと向けられたのは、
「馬鹿……来るなって言ってるでしょ」
 シグナムに辛うじて届かない、小さな呟きであった。









 山にも匹敵する巨大な姿となったヴィクターに向けて、獣の咆哮が叩きつけられる。
 バスターバロンと同じく、第一種稀少個体。
 もはや虫という範疇ではおさまらず、竜と表現した方が良い召喚虫である。
 管理局でも有数の召喚士であるメガーヌの切り札、白天王であった。
 その名の通り、白い甲殻に覆われた体にて、三本の爪を持つ豪腕を奮って襲い掛かる。
 ヴィクターはその豪腕を真っ向から手の平で受け止め、地面を踏みしめ砕きながら耐え切った。
「化け物、か。照星さんのバスターバロンでも押し切れないはずよ」
「そろそろ白天王も活動限界でしょ、次の交代は……」
「もはや、その余力が管理局にはない」
 白天王の肩の上で、崩れ落ちそうなメガーヌをクイントが支える。
 こうして巨頭が拳を突き合わせル間も、エネルギードレインの影響下にあるのだ。
 どちらが支えられているのかも分からない状況で、交代要員を求めるのは仕方がない。
 だが返って来たのは、ずっと二人を護衛していたゼストの口惜しげな言葉だけであった。
 ヴィクターとの決戦が始まって、もはや一週間以上経っている。
 照星は十二時間戦い、後に六十時間程の休息をとっていた。
 もちろんその間は他の局員が埋め、ヴィクターは延々と戦い続けている。
 その繰り返しを幾度か経ているものの、相手に疲れとう文字はまだ一向に見えてはこない。
「まともに残っている戦力は、私達と照星さんの主戦力のみ。立て、メガーヌ。我々の役目は、少しでも多くヴィクターの余力を削る事」
「過去の負の遺産とはいえ、最高評議会もろくな事をしないわね。尻拭いをするこちらの気にもなって欲しいわ。もう、いないけどね」
「白天王、これが最後の一撃よ」
 未だ片腕をヴィクターに受け止められた状態で、白天王が逆の腕をくり出した。
 今再び、それも受け止められては大地を揺るがす。
 しかし、それこそがメガーヌの目論見通り。
 白天王は両腕を押さえつけられた状態だが、逆に見ればヴィクターもそれは同様。
 お互いに身動きが取れない近接状態、そこで白天王の切り札が切られた。
 弱点の一つでありながら甲殻に覆われてはいない腹部。
 そこの表皮が捲れるようにして、紫色の丸い水晶体が露となった。
 光が溢れる、紫色の魔力光が白天王を包み込み、腹部の水晶体の前へと集束していく。
 当然の事ながらヴィクターがその渾身の一撃に気付くも、両腕は依然として組まれたまま。
 白天王自身、逃がさないとばかりに逆に掴まえ大地を踏みしめて堪える。
「これが最後の一撃、喰らいなさい!」
 世界を埋め尽くす程の紫色の閃光が、腹部の水晶体を中心に広がり迸った。
 殲滅級の威力を誇る砲撃。
 人間では決して至る事のできない威力の砲撃が、ヴィクターを貫いた。
 その余波だけでも、元々あったクレーターを一段も二段も深く彫り上げていく。
 砲撃による激しい魔力光がおさまった次の瞬間、彼女達の前に現れたのは半身を失くしたヴィクターの姿であった。
 片腕から肩口より先、胸の半分に至るまで消滅させられた無残な姿。
「ついにやったか!」
 ようやく見えた決戦の終わりに、普段は二人を諌める立場のゼストが喜色の声を上げる。
「オオオオッ!」
 だが次の瞬間、耳をつんざくような声をヴィクターが上げた。
 瞬く間という表現はまたにこの事。
 吹き飛ばし消滅したはずのヴィクターの半身が、一瞬にして復元されていく。
「そんな……」
「メガーヌ!」
 まさかの光景に、疲労と緊張の糸が切れてメガーヌが倒れこむ。
 慌ててクイントが支えようとするが、そんな同様の暇もヴィクターは与えようとはしない。
 白天王を睨みつけ、開けられたヴィクターの大口の前に魔力が集束する。
 まるで先程の白天王の行為を真似るように。
 黒い色に染め上げられ集束した魔力の塊が、砲撃となって白天王に襲いかかった。
 黒い魔力の本流に明確に死を連想させられた彼女らの前に、それは現れる。
「バスターバロン、右腕兵装解放!」
 空より落ちるように飛来した、鋼鉄の巨人。
 その巨人の右手の平に穴が空き、六角形の円盤のような物が飛び散り白天王を取り囲む。
 一つ一メートル四方、その円盤が集まり壁となり絶望を込めた魔力が散らされる。
「照星さん!」
『ご苦労様です、貴方達は下がってこの戦いの行く末を見守ってください』
「あれって、キャプテン・ブラボーの……」
『驚く事ぁねェ。これがバスターバロンの特殊能力。左右の肩にあるコクピットに搭乗している魔導師の能力を形状から特質まで丸ごと全部増幅する』
 なんでも有りがここにもいたと、死から解放された安堵も加わりクイントが額を押さえる。
 やがてメガーヌの意識が途絶えた事で白天王も、送還されゼストに支えられて二人も退却していった。
 部下が安全に退却したのを確認して、ようやく照星も目の前のヴィクターに集中し始めた。
 連戦に継ぐ連戦で疲労してはいるが、それは本当の意味で絶えず戦ったヴィクターも同じはず。
 もはや合間を埋める事のできる局員が居ない以上、もう後がない。
『照星さん、ヴィクターの攻撃は全て俺が防ぐ』
『攻撃は俺に任せておけ。五千度の炎で奴を本当の意味で消し炭にしてやるぜ』
『頼みます、私はバスターバロンの動きにだけ全てを注ぎます』
 後がない以上は、相手の体力を削ろうという出し惜しみはもう一切なし。
 体力ではなく、命を散らす為に三人は全力を注ぐ事に決めた。
 ヴィクターが再度、集束させた砲撃をバスターバロンに向かって撃ち放った。
『シルバースキン!』
 バスターバロンの周囲を飛んでいた六角形の金属板が、一枚の布となってバスターバロンを覆う。
 衝撃も余波すらも全てシルバースキンが受け止め、バスターバロンが一歩を踏み出した。
 大地を砕きながら振り上げた鋼鉄の拳が、灼熱の炎を纏う。
『ブレイズオブグローリー!』
 先程の白天王の一撃のようにヴィクターが手の平で受け止めようとする。
 だが五千度の炎を纏った鋼鉄の腕は、止まらない。
 触れた先から溶かし、消し炭に変えていくようにヴィターの腕を破壊していく。
 さすがのヴィクターも、一時後退をしようとするがその暇は与えられなかった。
 ヴィクターが退けば、バスターバロンもそれだけ、それ以上に踏み込む。
 エネルギードレインを行なう暇さえ与えないように、炎と化した鋼鉄の拳のラッシュは続く。
 辛うじてヴィクターも反撃を行なうが、それらは全てシルバースキンに退けられる。
 一度は破っておきながら、長期戦を考えてデバイスを手にしなかった事が仇となっていた。
 これまでは白天王のように目の前の相手や周りの局員からエネルギードレインをすればよかった。
 だが目の前のバスターバロンは愚か、コクピット内の三者はシルバースキンに守られている。
 さらにこの次元世界は石ころばかりで有機生命体がいない。
 対象者がいなければ、エネルギードレインもさほど脅威とはならないのだ。
 ヴィクターが己の失策を悟る間にも、炎の拳は次々に着弾。
 片腕は今再び消し飛び塵に返り、巨躯のあらゆる箇所に傷跡が残り始める。
 エネルギードレインを防がれ、修復が全く追いついていないのだ。
 かつてない好機、そう判断した照星が最後の切り札を切った。
『ガンザックオープン!』
 背中を追おうマントがはためき、隠されていた噴射口が露となる。
『ナックルガードセット!』
 炎の拳、その甲にあったナックルガードが拳の前にその位置を変えた。
 両の拳を重ね合わせ、前に突き出す格好となる。
 次の瞬間、背中に現れた噴射口が火を噴き、バスターバロンが突撃し始めた。
 爆発に文字通り背中を押され、一つの弾丸となってヴィクターに襲いかかった。
 元から至近距離、とても回避が可能な間合いではない。
 最後の最後までとっておいた切り札による奇襲、ヴィクターはそれを真っ向から受けた。
『ロストロギアに翻弄された魔人よ、塵と帰れ!』
 照星のその言葉と共に、ヴィクターは体の中心よりひびをいれられ貫かれる。
 灼熱の炎も合わさり、細胞の一つとて残さぬぐらいに粉々に吹き飛ばされていった。
 一週間以上も戦い続けた果てにしてはあっけない程に。
『A−MEN』
 そして照星はヴィクターもまた被害者の一人として冥福を祈る言葉を残す。
「それは自分に対するお祈りか?」
 まさかの声は、バスターバロンの目と鼻の先からであった。
 使い終わりひびが見えるナックルガードの上、そこに立つのは塵と化したはずの魔人。
 ヴィクターが変わらぬ姿で、肩にアームドデバイスである大戦斧を肩に掲げていた。
『ヴィクター、第三段階の本体!? じゃあ、さっきまでの姿は……』
『幻影……いや違う、魔力を元にした擬態。長期戦を見越し、デバイスを手にしなかったのもそれだけは擬態で構築できなかったからか!』
 真実を知ったところで、とき既に遅し。
 ヴィクターは油断した照星達の目の前で、大戦斧を頭上に掲げていた。
『すみません、防人それに火渡。謝罪はあの世で。全艦、アルカンシェルを一斉照射!』
「フェイタル、アトラクション!」
 閃光が、次元世界を穿つ。









 後から合流したパピヨンとアリシアを新たに加え、カズキ達が決戦場にやって来た時は既に遅かった。
 元から石ころだらけであった次元世界が、すり鉢状に抉り取られていた。
 といっても、そのすり鉢状が地平線の彼方にまで続いている為、一目では状況が理解できない。
 アルカンシェルという兵器の説明をクロノから受け、推測交じりでの事であった。
 命の存在しない次元世界を選んだのは、何もエネルギードレイン対策だけではなかったようだ。
 照星だけでなく、恐らくはブラボーや火渡も承知の上での事なのだろう。
 まだ暴風が収まらない空から地上を眺め、カズキ達は言葉もなく見下ろすしかなかった。
「ブラボーのおじちゃん……あの炎の人も」
 時空歪曲による対消滅の戦艦砲撃。
 照星達の役目は、命を投げ出した上での足止めであったのだろうか。
 これでヴィクターも消滅していたのなら、カズキは自ら犠牲にならずとも済む。
 そんな考えが浮かびそうになるたびに、カズキは被りを振った。
 間違っても命を掛けた男達の戦場で、そんな自分本位な考えを浮かべたくなかったのだ。
 誰もがカズキと同じ事を考えそうになるなかで、すり鉢状の大地の中心点が揺れた。
 くり貫かれた大地の下から盛り上がり、何か巨大なものが出てこようとしている。
 次の瞬間、現れたのは背中を大きく抉られたバスターバロンの姿であった。
 半死半生、機械の体で何処までその言葉が通用するかは分からない。
 だがこれでブラボー達が生きている可能性がと思った所で、バスターバロンが放り投げられた。
 ぞんざいに荷物を放り投げるように、その巨体の下からある人物が現れる。
「はあ、はあ……辛うじて、生きながらえたか」
 肩で息をし、疲労と精神的苦痛から大量の汗をかくヴィクターであった。
「そんな馬鹿な……アルカンシェルは時空を歪曲させ全てを消し飛ばす。生き延びる事なんてできるはず」
「いや、そうとも限らない。確か奴の能力は重力」
「まさか、例えデバイスの補助があっても人間の脳に耐えられる計算量じゃ……でもそれなら、歪曲する時空に間逆の歪曲場をぶつけた!?」
 クロノの言葉をパピヨンが退け、ユーノがまさかと言葉を放つ。
 だがどんな理由があろうと、ヴィクターは生きていた。
「クロノ君、ユーノ君。二人は、ブラボー達を頼んだ」
 カズキの言葉に耳を疑い、クロノとユーノは今一度バスターバロンを見た。
 少しずつその姿が薄れ、送還されて消えていくバスターバロン。
 その姿が完全に消えた次の瞬間、三人の人間がコクピットよりはじき出されていた。
 照星、ブラボー、火渡、息があるかまでは不明だが五体満足な姿であった。
「わ、分かった。カズキ……すまない。ユーノ、彼らの退避を手伝ってくれ」
「うん、分かった。カズキ、気をつけて」
 もはや何を喜ぶべきか分からないといった表情で、二人は三人の元へと飛んだ。
 残ったのは、逃亡劇を二手に別れ行なった五人だけである。
 カズキとシグナム、パピヨンとアリシア、そしてフェイト。
「今一度、確認するぞ。武藤が、白いジュエルシードをヴィクターの胸に押入れ人間に戻す。その後で、武藤はこんな人のいない次元世界に軟禁」
「後は蝶野お前が……いや、俺も頭は良くないけど勉強し直す。それで何時か、必ず人間に戻る。その時まで」
「ああ、私は何時までもお前を待っている。まひろの事も、任せておけ」
 お互いに確認するように頷き合う。
 そしてカズキが白いジュエルシードを、サンライトハートの先端に咥えさせる。
「忘れるな、人間に戻れたら。その時こそ、決着をつける」
「忘れないように、早く研究しなおさないとな。何時も赤点、ギリギリだけど」
 少々の軽口をパピヨンとカズキが叩きあう。
 そんな二人、シグナムを含め約束を交し合う三人を見て、アリシアがフェイトを突いた。
 良いのかと、フェイトもまたカズキと何かを約束しなくてと。
 だがフェイトは大丈夫だとばかりに、見つめる事だけに徹していた。
 まひろの面倒を見る事は決めているし、改めてカズキに告げるまでもない。
 自分の気持ちを告げて、これ以上カズキの重しを増やすことはないとフェイトはだたバルディッシュを握るだけであった。
「再び、俺の前に立ちふさがるか。お前も俺と同じく、組織に最殺せよと追い回されたのではないのか?」
 カズキ達を見上げ空へと足を掛けながら、ヴィクターが問う。
「そう叫んで実行した人もいた。けれど、そういった人だけでもなかった。それに俺には守りたい人がいる。その為にならば、幾らでも戦える!」
「ならば、それもまた良かろう。俺はロストロギアの全てを葬り去る。それに関わろうとする全ての人間も」
「ヴィクター、私はお前を止めるぞ。カズキの為に、元家族であったお前の為にも。元主、ヴィクトリアもまたそう望んでいるはず!」
「記憶を取り戻したのか!?」
 この時、初めてヴィクターが動揺を見せた。
「黒死蝶!」
 その動揺に付け込み、目をくらませるようにパピヨンが黒死蝶を放った。
 まさかの隙を付かれ、まともに爆破を喰らいヴィクターが後退する。
 だが距離は開けさせないと、アリシアがその体に戒めの鎖を向けた。
「ストラグルバインド、フェイト!」
「この程度、邪魔だ!」
「バルディッシュ」
「Scythe Form. Blitz Action」
 アリシアの言葉を受けて、フェイトが加速する。
 振り上げられた大戦斧のアームドデバイスを握る腕を斬り飛ばす。
「私はまだ記憶を取り戻したわけではない。だが、取り戻してみせる。ヴィクトリアの為にも。私だけでなく、ヴィータ達とも。在りし日の思い出を」
「何処で調べたかは知らぬが、娘の名を軽々しく口にするな。私が化け物と化した後、あの子がどんな目にあったか。知りもしないで!」
「確かに知りはしない。だが会って、この目で見てきた!」
「会っただと、あの子に……戯言を!」
 片腕を失ったヴィクターへと斬りかかり、武器だけでなく言葉でも応酬する。
 動揺を見越しての言葉ではない。
 ヴィクトリアの為にも、ヴィクターの為にも両者の再会は必要なのだ。
 改造により忘れてしまった家族と言えど、その大切さは有り余る程に知っている。
 新たな家族を得た以上、その大切さは誰よりも知っていた。
「今だ、カズキ!」
 武器なし、片腕だけでシグナムを抑えるのはさすがのヴィクターも不可能であった。
 残りの腕にも傷を付けられ、胸を蹴られてやや仰向けになるように再び後退させられる。
「エネルギー全開!」
「Explosion」
「貫け、サンライトハート!」
「Sonnenlicht Slasher」
 皆が作ってくれた最大の好機を前に、カズキが突撃する。
 サンライトハートの先端には、白く輝くジュエルシード。
 一瞬で間を詰め、それをヴィクターの左胸の中へと突き入れた。
 黒いジュエルシードと白いジュエルシードが反発しあい、光を溢れさせる。
 マイナスとプラス、相反するエネルギーが相殺しあう。
 その余波で苦悶の表情でヴィクターが悲鳴を上げていた。
 黒かった肌が薄れ、蛍火の髪も発光を止め、元の人間に戻っていく。
 そのはずであった。
 だが反発による光が薄れても、ヴィクターの肌は赤銅色、蛍火の髪も健在である。
 その意志もまた健在、左胸に突き立てられたカズキのサンライトハートの切っ先を握り取られた。
「失敗!? けど白いジュエルシードは……」
「フーッ、フーッ。これがお前達の切り札か」
 白いジュエルシードは確かに効力を発揮していた。
「だが第三段階に進んだ俺の黒いジュエルシードを完全に相殺するには幾分出力不足だったようだな!」
 希望が後一歩、及ばずにいた。
 結局カズキがその身を犠牲にしても、ヴィクターを完全に人に戻す事ができなかった。
 死んでいったアレキサンドリアには、決して教える事のできない事実。
「カズキ、一時撤退だ。白いジュエルシードが効かなかった今」
「もう遅い、フェイタル!」
 シグナムが撤退を叫ぶも、ヴィクターに逃がすつもりは全くない。
 そしてそれはカズキも同様であった。
 振り上げられた大戦斧を前に、ほんの少しだけ視線をそらしてシグナムを見た。
「シグナムさん。本当に、ゴメン」
 その言葉の意味をシグナムが察するよりも早く、カズキは行動に移していた。
 もはや白いジュエルシードが意味をなさなくなった今、ヴィクターは誰にも止められない。
 同じヴィクターであるカズキを除いて。
「カズキ、何を!」
「カズキ!」
「カズキのお兄ちゃん!」
「武藤、カズキ!」
 仲間達の叫びは、寧ろカズキを後押ししていた。
「うおおおッ、エネルギー全開!」
 カズキの体が変わる、赤銅色の肌に、蛍火に光る髪へと。
 体に異変が始まってから、この時初めてカズキは自らヴィクター化を望んだ。
 左胸に埋まり、今はサンライトハートと化した黒いジュエルシードをかつてない程に活性化させる。
 アレキサンドリアと初めて会った時、こう説明された。
 黒いジュエルシードとカズキのジュエルシードが共鳴しあって封が解けたと。
 ならば黒いジュエルシード同士が共鳴しあえば、どうなるだろうか。
 元より通常のジュエルシードでさえ、次元震を引き起こす代物である。
 より強化された黒いジュエルシード同士ならば、もはや語るまでもない。
「まさか、貴様!」
 アルカンシェルにより事前に揺るがされた事もあり、世界が悲鳴を上げるように震えた。
 二人を中心に生み出された衝撃が、二人以外を遠くへと吹き飛ばす。
 共鳴を始めた黒いジュエルシードが次元震を引き起こし始めたのだ。
 その力に次元が耐え切れず、ひび割れ破壊され始めている。
 その内の一つ、一際大きなひび割れへとカズキはヴィクターの体を押し付けた。
 何もないはずの空の上で、ヴィクターが確かに壁のようなものに押し付けられる。
 それでも構わずカズキは更に出力を強め、ついに次元の壁を打ち破りヴィクターを押し込んだ。
 虚数空間、そう呼ばれる道の空間へと二人のヴィクターは共に落ちていった。
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第三十八話 俺が皆を守るから

 山脈と木々に囲まれた丘の上にあるログハウスの一軒家。
 時折山間から吹き降ろす風は春の日差しの中にも、冷たい息吹を含んでいる。
 それにも関わらず家の前には一人の女性と手を繋ぐ少女の姿があった。
 誰かを待ち望むように、草原の中で地面がむき出しとなった道の遥か先を眺めている。
 うきうき、またそわそわとして時折傍らの女性をクスリと笑わせていた。
 待ち人が恋しいのはお互い様だが、この落ち着きのなさが正直過ぎて微笑ましい。
「来た!」
 待ち人来るとばかりに、少女が彼方を指差して声を上げた。
 その姿はまだ丘の起伏の向こうに少し見え始めたばかりだが、見間違いではない。
 少女が我先にと駆け出していくのに会わせ、母親らしき女性もゆっくりとだが歩き出す。
 向かった先に見えた人影は、全部で五つ。
 中でも一際小さな人影が両手を広げて少女を迎え入れようとする。
「おー、ヴィクトリア」
「パパ!」
 二つのお下げをした少女、在りし日のヴィータの脇をヴィクトリアが通り過ぎる。
 飛びついた先は、彼女の言葉通り父親の方であった。
 僅かな荷物を布袋にまとめ幅のある肩に担ぎ、長い黒髪を風にそよがせながら両腕を広げた。
 ヴィクトリアの笑顔に負けないぐらいの表情だが、愛娘に会えた事だけが原因ではない。
 懐深くで飛び込んできたヴィクトリアを抱きしめ、顔が見られないうちに笑う。
 勝手に勘違いしたとは言え、肩透かしを食らった小さな騎士ヴィータを。
「わ、笑っちゃ駄目よ。でも可笑しい。無視された……抱きとめる気、満々だったのに」
「シャ、シャマル笑ってやるな。我らとてそうしたいのは山々ではあったが……くっ、息が続かん。治りきっていない傷に響く」
「…………ぷっ」
「笑うなら、いっそ笑え。主が出迎えてくれたんだ、ちょっと有頂天になっても仕方がねえだろ!」
 仲間達に次々と失笑をくらい、それならばいっそとヴィータが叫ぶ。
 その顔は羞恥心で一杯で、今にも噴火しそうな程に真っ赤であった。
「おか、お帰りなさい。あなた……」
「アレキサンドリアまで!?」
「安心しろ、俺も笑いを堪えるので精一杯だ。ただいま」
 ちくしょうと自棄になって両手を振り回すヴィータの頭に、ヴィクターが手を置いて宥める。
 こうして下らない事で笑いあえるのも、この小さな騎士のおかげでもあるのだ。
 抱きしめていたヴィクトリアを地面に立たせ、改めて彼女の騎士達に向かい合わせた。
「おかえり、ヴィータ。パパを守ってくれてありがとう」
「お、おう。ヴィクトリアが望んだ事だからな」
 満面の笑みでお礼を言われ、今度は別の意味でヴィータが赤くなる。
「皆も、ありがとう」
「礼を言われるまでの事はありません。主の命を受け、戦場へと赴き主の大切な人を守る。騎士として当然の行いをしたまでです」
「ヴィクトリアちゃんのその言葉で、今までの苦労が全て報われます」
「直接的でなくとも、間接的にでも主を守れたのならば本望です」
 シグナム達にかしずかれるも、当のヴィクトリアは少し不満そうであった。
 それに逸早く気付いたヴィータが、ヴィクトリアの頭を撫でて宥める。
「そういうの、こいつ嫌いだぞ。家族で、そう言ってくれる主がいても良いんじゃねえか?」
「そうだな、ただいまヴィクトリア」
 ヴィータに指摘され、改めて皆が気安い態度に変えてヴィクトリアを撫でていった。
 ヴィクトリアも家族に接するように、抱きついたり頬にキスしたりと笑顔が耐えない。
 一頻り再会を喜び合ったところで、最近は少々手狭となった我が家へと向かう。
 もちろん、手狭となったのはヴィクトリアが夜天の書の主となってからだが。
「それで休暇は何時まで?」
 ヴィクトリアを挟んで歩く中で、アレキサンドリアがヴィクター達に尋ねた。
「ここでゆっくりできるのも一週間だけだ」
「戦況、厳しいの?」
「五分五分、恐らく次が最大の激戦になると思う」
「そう」
 やはりという意味を込めて、アレキサンドリアがその笑顔を曇らせた。
 ヴィクターはベルカの騎士の中でもトップクラスの実力を持つ猛者である。
 そのヴィクターを囲むのは、四人の守護騎士であるシグナム達。
 組織の中でも随一のチームであるヴィクター達が纏めて休暇など普通は有り得ない。
 決戦を前に少なからず温情を含め、休暇という形を貰ったのだろう。
「この戦いに勝てば、次元世界の平定とまではいかずとも数年は大きな戦いは起きない。ヴィクトリアが夜天の主として戦場に立つ前に、大きな戦は全て終わらせる」
 守護騎士であるシグナム達が、主の命とは言えヴィクターと共に戦場に赴いたのにはそういう理由もあった。
 まだ二桁の歳にもならないヴィクトリアは、戦場に立てはしない。
 だがその身に宿る魔力の大きさは、他の追随を知らない程に大きなものだ。
 このまま戦争が続けば、いずれ彼女の意志に関わらず戦場へと赴かねばならないだろう。
 その為にも、少なくとも大戦と呼ばれるような戦を終わらせておこうとしていた。
「アレキサンドリア、安心しろ。ヴィクターは我らが守る。守護騎士の名に賭けて、主の命は絶対に遂行してみせる」
「ええ、もちろん。シグナム達を信じているわ」
「ま、私らのチームは最強だからな。アレキサンドリアの研究も、出る幕はなしだぜ」
「本当は、そうあるべきなのでしょうけど……」
 発端とまでは言えないが、ここまで戦争が拡大したのもロストロギアのせいであった。
 どの組織も目の色を変えて研究しては戦線に投入し。
 本来ならばそれを止めようとした自分達の組織も、同じように手を出してしまっている。
「研究も既に最終段階。成功すればジュエルシードの力を完全に制御できるわ。そうすれば、他のロストロギアなど問題にならない。少なくとも、戦線はこれ以上拡大しなくなる」
「それあと一週間で間に合わないか?」
「間に合っても、試行に一年は掛かるの」
 それでもヴィクトリアが大きくなるまでには、十分過ぎた。
「難しい話、ヴィクトリアには分かんない」
 だが当の本人は先の事よりも、今の方がよっぽど重要であったらしい。
 頭の上を難しい話が往来し、仲間外れにされたように感じて頬を膨らませている。
 不満を露に、言外に構ってと訴える愛娘を見て二人が笑う。
 シグナム達も小さな主の正直な姿を見て、微笑ましく笑っていた。
「難しい話じゃないよ。パパとママ、守護騎士達も。力一杯頑張って、ヴィクトリアを幸せにしようって話していたんだ」
「パパとママ、皆も?」
「もちろん、パパとママも。シグナム達もね」
 アレキサンドリアの言葉を聞いて、後ろに控えていたシグナム達にヴィクトリアが振り返る。
「任せておけって、次元世界一幸せにさせてやる」
「それだけではない、主は我々の幸福も御所望のようだ。これまでの主にない優しい厳しさだ」
「ヴィクターさんを絶対に守って、かつ私達も生き延びる、か」
「主の命令は絶対、ならば全力で生き延びるまでだ」
 守護騎士達からのお墨付きを貰い、満面の笑みでヴィクトリアが頷いた。
「俺達だけじゃない。もっと多く……恐怖と戦い、厄災をはね除け。より一人でも多くの人が幸せになれるよう。この力はその為にある」
 そうだろう、ヴィクトリア、アレキサンドリアとヴィクターの過去回帰が終わりに向かう。
 幸せだった過去の記憶から意識を今へと戻す。
 次に瞳を開いた時、ヴィクターの視線に飛び込んで来たのは自分を中心に展開する管理局員達であった。
 エネルギードレインの範囲を正確に計算した上での包囲陣形。
 決戦に選ばれた次元世界は、石ころだらけの無人どころか生命の一つもない無機世界。
 地平線の彼方まで、それこそ惑星の反対側に行っても岩肌しかない。
 ヴィクターを殺害する為だけに選ばれた死の世界である。
『FIRE!』
 誰かの念話が無差別に、それこそヴィクターにまで届く範囲で展開された。
 幾千の管理局員達がありったけの魔力球を精製。
 幾万に届く程のそれを一斉にヴィクターへと向けて放った。
 中心にいるヴィクターからすれば、色取り取りの花火が一斉に打ち上げられたよう。
 だがそんな生易しいものであるはずもなく、さらには殺傷設定。
 殺すためだけに、次元世界の平定の為に、それらは放たれた。
 身じろぎ一つしないヴィクターへと向けて、次々に着弾しては爆煙をあげていく。
 度重なる爆破に後続の魔力球は影響を受けて、目標を外れる事もある。
 外れたそれらは岩肌に着弾しては大地を抉り、方々に鋭利な破片を飛ばしていった。
 重度の次元犯罪者でもこれだけの歓迎を受ける事はまずない。
 もはや百五十年前の最後の戦争の再現、ヴィクター対人類が開始されたのだ。
『全弾命中、やったか!』
 まだ直接ヴィクターを知らない誰かの念話が響く。
 世界全土を焼き尽くすような爆炎を前に、そう思っても責められるものではない。
『気を緩めるな。相手は黒いジュエルシードのヴィクター。この程度で砕けはしない』
 冷や水を浴びせかけるような声は、ブラボーのものであった。
 その言葉の通り、薄れ出す爆炎の中に変わらぬ姿で経つヴィクターの影が見えた。
 微動だにした様子もなく、爆炎の中でも揺らいだのは蛍火に光る長い髪ぐらい。
 包囲陣形を組む局員達の間に戦慄が走る。
 今の攻撃は例え戦艦といえど、一時的には航行不能になる程の数の攻撃。
 そのヴィクターの姿が完全に視界に現れた時、別の意味で周囲に動揺が広がった。
『黒コゲってわけじゃねえな。あのガキが第一から第二段階に進行したように、奴も次に進行しやがった』
 次に聞こえたのは、ブラボーではなく火渡の呟きであった。
 砕けた大地の上で瓦礫に片足をかけながら、ヴィクターが周囲を見渡す。
「少し眠っている間に、随分と集まってきたな。まずは腹ごしらえといくか」
 念話とは違い、その小さな呟きは管理局員達には届かない。
 何かを喰らうようにヴィクターがその口を大きく開いた。
 エネルギードレインはヴィクターにとっての生態。
 己の意志で全ては操れないが空腹という原初の念が、その拡大を促がした。
 第二段階とは比べ物にならない程に早く、それも広くエネルギードレインが広がる。
 管理局員達が気付いた時には、もう襲い。
 光に誘われ火に焙られた羽虫の如く、ヴィクターを包囲していた局員達が墜ちていく。
 陣形などあってないが如く、ある意味で何もされないまま無力化されていった。
『これまでとレベルが違う。総員、出来るだけ奴と距離を取れ!』
『ちっ、だから雑魚を何人集めても。照星さん!』
 ブラボーが包囲陣形を穴が空く事を覚悟で、拡大させるよう連絡を取る。
 だがそれも到底間に合わず、墜ちたそばから宇宙域で待機している船団に回収されていく。
 結局、包囲陣形など餌を与えに来たようなものだと火渡が毒づくのも無理はない。
 そのヴィクターの頭上へと、火渡の要請に従い一つの人影が落ちた。
「待ちなさい。貴方の相手は、この私が務めます」
 ヴィクターが見上げた時、その人影は何処にも見えなかった。
 見えたのは機械の残骸のような何か固まり。
 何時の間にか周囲に展開されていたのは、銀色の魔力光を放つ方円状の魔方陣であった。
 その魔方陣から機械の塊が零れ落ちては、集合して一つの塊なる。
 次々に塊が集まっては形をとり、巨大な足となってヴィクターの頭上に落ちた。
 ヴィクターを押し潰し、岩肌の大地を抉る間も魔方陣からは次々に機械の塊が召喚される。
 最終的に全ての機械の塊が集まり、それは甲冑姿の巨大な騎士の姿となった。
 十字に溝のある兜の上に照星が降り立ち、押し潰したヴィクターを見下ろす。
「久しぶりですね、バスターバロン。貴方の力を借してください」
「…………」
 無言を貫く巨大な甲冑のバスターバロンは、ただ静かに頷いていた。
 そのバスターバロンの足元が競りあがり、バランスを崩す前に一歩退く。
 巨大さゆえにその一歩でも大地を揺るがしたが、現れたそれの衝撃はさらに大きい。
 第三段階へと移行したヴィクターが、バスターバロンと同じ大きさに巨大化したのだ。
『なんでも有りかよ……』
 迂闊にもタバコを取りこぼした火渡が、そう呟いてしまう程の衝撃。
(長い戦いになりそうですね)
 バスターバロンは照星の切り札とも言える、召喚騎士。
 これまでも全身召喚は数える程しかないが、それでも確実に勝てるとは口にできない。
 ただ勝敗はどうあれ、もはや戦う以外に道は残されてはいない事だけは確実であった。









 何日ぶりの事になるだろうか、カズキはバスのタラップを踏みしめて車内へと上がりこんだ。
 その腕の中に抱かれ、カズキに抱きついているまひろは身じろぎ一つしない。
 昨晩、久しぶりに兄妹水入らずで一緒に寝てからずっと、この調子である。
 それも仕方がないかもしれないが、苦笑しつつバスの中に視線をめぐらす。
 幾人か、名前は知らないが何時も同じ時間にバスを利用する人達が驚いたように見てきた。
 カズキもなんとなく黙礼を返し、バスの最後尾へと視線を向ける。
「本当に帰って来てたんだ」
「カズキさん、フェイトちゃんも、こっちです」
 手を振りながら声を掛けてきてくれたのは、アリサとすずかであった。
 珍しい事に家を早く出たカズキ達の方が、なのはよりも先に着いたようだ。
 一度まひろを抱き上げなおし、懐かしい日々を取り戻すように最後尾へと向かう。
「おはよう、アリサちゃん。すずかちゃんも」
「おはよう、アリサ。すずか」
 コアラの子供の様にカズキに抱かれているまひろは、もはやスルーである。
 あまりに見慣れた光景に突っ込まれる事もなく、毎朝の挨拶を交わす。
「あ、あれ? 私の方が……」
 そうしている間に、自分が後だという違和感を抱きながらなのはがやってきた。
 これまた挨拶を交わしていると、バスの運転手がクラクションを鳴らし始める。
 どうやら、岡倉達もようやくやってきたらしい。
 なのはに続いてバタバタと車内へと駆け込んできて、そこでカズキを見つけた。
 帰宅事態は昨晩に皆にメールを送ってはいたが、それはそれ、これはこれ。
「カズキ!」
 ゆっくりと走り出したバスの中を駆けるように、一番後ろの座席へと歩いてくる。
「ただいま、皆」
 まひろを抱いている為に余り身動きが取れず、なんとか左手だけでも開けて掲げる。
 岡倉、六桝、大浜と順にその手に手を合わせて音を鳴らせていく。
 アリサ達からは、なんとも男の子らしい再会の仕方だと少々笑われてしまったが。
 これでまひろを抱いていなければ、スクラムの一つでも組んでいたところだ。
 まだまだ大人しい再会の仕方だといったところである。
「で、どうだった? 二人の仲はちったあ進んだのか?」
「ハ? ナンノコトヤラ?」
「なんだ二人で婚前旅行にでも言ったと聞いたが。違うのか?」
「僕らより一足先に、大人になっちゃったんだねカズキ君」
 だが大人しいなら大人しいなりに、男としてあるべき方向へと話が流れていく。
 岡倉がカズキの肩に腕を回し声を潜め、六桝や大浜もそれに続いた。
 どうやらカズキの逃避行の理由は、そういう風に歪められて伝えられているらしい。
 恐らくというまでもなく、リンディの仕業である事だろう。
「違うって、ちょっと事情があってフェイトちゃんの実家に」
「大事な娘を預かっているんだ。親御さんに挨拶に行っていたと」
 慌てて事実を交えたそれっぽい釈明をするが、六桝が余計な一言を呟いた。
「フェ、フェイトあんた……シグナムさんからついに略奪!?」
「その場合、問題があるのはカズキさんのような」
「アリサちゃんもすずかちゃんも、そんな違うよ。えっと、ほら。聖祥大付属に通う事になった事とか色々、ね?」
「うん、母さんに色々と報告して来たんだ。それにカズキが好きなのは、シグナムだよね?」
 次に慌てて釈明したのは何故かなのはであり、フェイトは落ち着いていた。
 何かまた一つ心の整理をつけるように一度瞳を閉じて、笑顔でカズキに言った。
 今さらな感はあるが、さあ真実を吐けとばかりにカズキへと皆の視線が集まる。
 そんな中でカズキにずっと抱かれ、自らもしっかりと抱き付いていたまひろが見上げた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんと結婚してもまひろと一緒に居てくれる?」
 少し茶目っ気を出したフェイトの問いとは異なり、その問いは重い響きを残していた。
 ある日突然、何も告げずにカズキが居なくなったのだからそれもある意味で当然。
 まひろの想像と事実はかなり遠い場所にあるが、その胸に抱いた不安は間違いではない。
 本当の事情を知るフェイトやなのはも、カズキを見つめるだけで何一つ助言はできなかった。
「当たり前だろ、俺はずっとまひろのそばにいる。皆のそばに、いるよ」
 何一つ正直に話せる事もなく、カズキはそう言うので精一杯であった。
 答えに満足したのか、ようやくまひろが笑顔を見せた。
 ずっと掴んで放さなかったカズキの制服から手を放す。
 それでも抱っこから降りようとはしなかったが、少しは心が楽になったらしい。
 皆との会話の中にも加わり、先に下りるカズキ達と別れるまでお喋りに興じた。
 一足先にバスから降りたカズキは、なのは達にまひろを任せて高校へと向かった。
 改めて、シグナムとの進展具合等を問い詰められたりしながら登校する。
 バス停から校門、さらに教室へと至る直前に、カズキはトイレと言って岡倉達と別れた。
 皆の前では空元気も元気とばかり笑顔を見せていたが、その足取りは重い。
 肩を落として溜息をつきながら、トイレのドアの前で立ち止まる。
「まひろに嘘、ついちまった」
 カズキの決断はどうあれ、もうまひろのそばには居られない。
 あの甘えん坊がカズキがいないままで生活できるのか。
 父親と母親には既に連絡を入れて帰って来て欲しいと願ったが、それで解決とはいかない。
 甘えられる誰かが帰って来ても、そこにカズキはいないのだから。
「どうした、またあの時のように意気消沈しているぞ。らしくもない」
「蝶野!」
「やあ」
 らしくもないのはお互い様、慰めるようなパピヨンの声に驚きながら振り返る。
 トイレ前の廊下ではなく、窓を隔てた向こう側にパピヨンはいた。
 背中に魔力による黒い蝶の羽を羽ばたかせ、一目もはばからず自由に舞っている。
「お前、あれからずっと姿を見せないと思ったら。一体今まで何処で何を?」
「もちろん秘密の研究所で。と言っても辛うじて沈まなかった時の庭園だが……そこで、白いジュエルシードの研究」
 それは思いもよらない返答であった。
「お前……白いジュエルシードをもう一つ作るつもりか?」
 何しろ白いジュエルシードの元は、黒いジュエルシード。
 その精製方法は百五十年も前に失われたと、アレキサンドリアは言っていた。
 もう作れないのだ、自由が利く黒いジュエルシードは一つも残されていない。
 パピヨンがその事を知らないはずもなく、知った上で作ると言ったのだ。
「俺の目的は、人間・武藤カズキを蝶最高の俺が斃す。その為には白いジュエルシードは必要不可欠」
「でもアレクさんはもう作る事ができないって……」
「フン、俺は人間だった頃、会う医者全てに余命幾許と宣告されてきた。だが今ではこの通り、もうビンビン!」
 自らの下半身を指差し、元気が有り余っているとパピヨンは言う。
「選択肢なんてものは、他人に与えられるのではなく自ら作り出していくものだ。武藤、お前がどの様に決めようと、俺はお前との決着は諦めない!」
 パピヨンは諦めないと、頑なに信じ込むように道を模索している。
 同じ諦めないという言葉を胸に行動したカズキよりも、それは一歩抜きん出ていた。
 カズキはあくまで、納得の為に、そこで立ち止まり満足する為に諦めないと言った。
 それが今のカズキとパピヨンとの間にある明確な差。
 負けたとは決して口にできはしないが、現時点での差を明確に示されたようにカズキは唇を噛み締めていた。









 
 少し元気がないと岡倉達に心配されながら、カズキはその日の一日を過ごしてしまった。
 旅の疲れがとその場は誤魔化し、今日はゆっくりすると一人帰宅を急ぐように別れた。
 もちろん疲れがないわけではないが、岡倉達との交友を拒否する程でもない。
 やはりカズキが日常に戻りきれないのは、待ち受けている選択。
 そして今朝方に顔を見せたパピヨンが選んだ、不可能を可能にするという選択であった。
「決めなくちゃ、な……」
 帰宅路の途中にある公園に差し掛かった辺りで、誰に言うでもなく呟いた。
 たった一つしかない白いジュエルシード。
 黒いジュエルシードで体を変えられてしまった人間は、二人。
 一体どちらが使うべきなのか。
 その答えは、最善は既にカズキの頭の中でささやかれている。
 今この瞬間も、圧倒的な力でロストロギアに関わる全てを破壊しようとしているヴィクター。
 一方のカズキは、例えヴィクター化しようともそんなつもりは一切ない。
 ヴィクターに白いジュエルシードを与えて人間に戻せば、少なくとも戦闘は終わらせる事ができる。
 説得か、殺害かはまた別にして。
 カズキが白いジュエルシードを使っても、ヴィクターは止められない。
 より大勢の人を救う為には、答えなど最初から決まりきっている。
 その決断を思うと、足を止めて立ち止まらずには居られなかった。
(けど、そしたら俺は……)
 希望は少なからずある。
 パピヨンは決してカズキを人間に戻すまで諦めない。
 自分だって人間に戻れるまでは決して諦めない、だが少なからず諦めなければならないものもあった。
 甘えん坊が直らない妹との生活、大事な友人である岡倉達との生活。
 決して諦めないにしても、彼らが生きている間に間に合わないという可能性はある。
「俺が皆を守るから、誰か俺を……」
「大丈夫か、カズキ?」
 ふいに掛けられた言葉に顔を挙げ、直前まで抱いていた不安を胸の中に押し隠す。
 公園内を正面から歩いてきたのは、シグナムであった。
 旅の間に着ていた騎士甲冑であはなく、彼女の私服姿。
 初めて会った時と同じ、茶色のジャケットに白シャツ、下はジャケットと同色のタイトスカート。
「シグナムさん、どうしてここに?」
「お前の事だ、まだ一人で悩んでいるのではと思ってな。ずっとここで待っていた」
 そう呟いたシグナムは、無駄に言葉を続ける事なく近くのベンチを指差した。
 カズキがと惑えば、その手を取り強引にでも連れて行き座らせる。
 目の前は公園にしては鬱蒼とした森林があり、獣道に近い横道が続いていた。
 ここが何処か思い出し、ハッと気付く。
 そのカズキに視線を向けられ微笑んだシグナムは、一つ頷いて言った。
「そう言えば、まだ礼を言っていなかったな。あの時は強がって見せたが、少なからず危うかったのは本当だ。遅くなったが、ありがとう。助けてくれた事を感謝している」
「シグ」
 何かを言おうとしたカズキの唇に一指し指を当てて止め、私が先だとシグナムが続けた。
「私の答えを先に聞いてくれ。お前がどういう決断をするかは、ある程度想像ついている。だから私も選択した。私はお前を待つ事にした」
「俺を?」
「ああ、私は人ではなく闇の書の守護騎士。歳を経て老いる事もない。一時、その事で悩みもしたが今ではそれで良かったとも思う。何十年、それこそ何百年経とうと私はお前を待ち続ける、お前が人に戻れる日まで。それが私の選択だ」
 一息で、やや急ぐように答えを言い切ったシグナムは満足気に瞳を閉じた。
 そして隣に座るカズキの肩へと体を傾けて頭を預けるようにする。
 恋人同士のように、その身を預けるように寄せて後はお前の決断だと待つ。
 それに応えるように、カズキも恐る恐るだが手を伸ばして逆側のシグナムの肩を掴んだ。
 そのまま自分に抱き寄せるように、力を込める。
(大丈夫、シグナムさんは言った。待っていてくれるって)
 シグナムの存在を今までにない程に感じながら、驚く程に穏やかになった胸中で考える。
 あの日、カズキは特別な事は何一つ考えずにただ必死であった。
 シグナムがどんな人かも知らず、ただがむしゃらに守ろうと危険に飛び込んだ。
 その後に巻き込まれた、自ら飛び込んでいった戦いにも後悔はない。
 皆を守りたい、この手が届く限り守りたいその気持ちは全く変わってはいなかった。
 特にこの手の中にいる特別な人は、より一層守りたい気持ちが強くなっている。
 どうすれば良いかなど、最初から分かりきっていた。
 だがシグナムは背中を押してくれた、待っていてくれると。
「心残りがないわけじゃない。けれど、決めた」
 臆病風に吹かれ自分だけ人間に戻っても、ヴィクターとは戦わなければならない。
 その時シグナムはこんな穏やかな時間の中で自分の隣にはいないだろう。
 きっと戦場で何時命を散らすかも分からない状態だ。
 彼女が騎士である以上避けられない道ではあるが、できる事ならば避けたい。
「でも……まだ少し勇気が足りない」
「そうか、仕方のない奴だ。私がいくらでも、分けてやる。好きなだけ、持っていけ」
 預けていた頭を持ち上げ、瞳は閉じたままシグナムはやや上を見上げるようにした。
 そしてカズキがシグナムの両肩に手を置き、唇が重ね合わせられる。
 長く、それこそ日が暮れる程に長く二人は唇を重ね合わせ続けていた。
 そして、帰宅途中のまひろ達に見つかるのはまた別のお話。
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