2013年01月01日

目次 ひかげ荘にようこそ(ネギま×オリ主)

プロローグ
第一話 終わった、俺の人生
第二話 うん、イチャイチャしよ先生
第三話 そう、あれがひかげ荘
第四話 L・O・V・E、大好き先生
第五話 まあ、自分で選んだ事だからな
第六話 先生に一杯私を見て欲しい
第七話 絶対キモイって思われた
第八話 もっと甘くて、切なくて綺麗な
第九話 きっと向いてると思う
第十話 リア充って、実は凄くね?

第十一話 生徒が教師に迷惑掛けるなんて当たり前
第十二話 いいよ、先生。一杯泣いて
第十三話 姫って名がつくなら、目指せハッピーエンド
第十四話 全部なくなるまで、私にかけて
第十五話 俺も覚悟決めるから
第十六話 普段は良いけど、今はだめ
第十七話 絶対なんてこの世にはないけど、それでも絶対に
第十八話 世界一可愛いお嫁さんを忘れんな!
第十九話 別に。怖くねーシィ?
第二十話 頭が沸いてるとしか思えませんです!

第二十一話 下ネタとか超越してね?
第二十二話 独り占めしておけばよかった
第二十三話 私から離れて、柿崎を連れて行く
第二十四話 私達が先生を一杯気持ち良くしてあげる
第二十五話 だから、必死に我慢した
第二十六話 今は悪魔が微笑む時代なんだよ
第二十七話 僕はA組の担任の座を狙ってます
第二十八話 俺はもう、駄目かもしれない
第二十九話 セックスフレンド、そういうのもあるんだ
第三十話 セックスフレンドぐらいならいいよ

第三十一話 俺を嫌いなの、好きなのどっち?
第三十二話 のどかの前に出られない格好に!
第三十三話 爺さんの気持ちが今なら良く理解できる
第三十四話 実は先生意外とポイント高いんや
第三十五話 貴方の親友の瀬流彦です
第三十六話 これも一種の未知のファンタジーです
第三十七話 俺と二人きりになったら全力で逃げろ
第三十八話 先生の門戸が広がるのを待ってたネ
第三十九話 初恋は大抵叶わんもんさ
第四十話 まさか平日にチャンスチャンス?

第四十一話 一万やるからジュースとお菓子買ってこい
第四十二話 先生の性奴隷にだってなっちゃう
第四十三話 お前となら、どんな茨の道でも歩んでいける
第四十四話 私も先生の事は結構好きだから
第四十五話 ちょっと摘み食いぐらい
第四十六話 七月三十一日それが決戦の日です
第四十七話 お前の夢に嫉妬しちまった
第四十八話 ベッドの中で貴方と私、しっぽりがお好み?
第四十九話 一緒にアイツを殴りにいこう
第五十話 死んでしまえ、このくそ野郎

第五十一話 俺がどれだけお前を可愛いと思ってるか
第五十二話 まだ、私は処女なのです
第五十三話 俺のアタナシアを下世話な会話で汚すな
第五十四話 お嬢様や刹那のようなピチピチの女の子の方が
第五十五話 俺のアタナシアに触るんじゃねえ!
第五十六話 結婚してくれなきゃ、死ぬ。死んでやる!
第五十七話 間違えて宮崎の胸にパイタッチするかも
第五十八話 絶対に、そばを離れません
第五十九話 あの人、微妙に俺の事を怨んでないか
第六十話 それこそ世界だって親愛的にあげるネ

第六十一話 ただの女の子のお前が、お前が欲しい
第六十二話 お嫁さんになりにきました
第六十三話 言いたい事があるなら言った方が良いぞ?
第六十四話 楽しむ気満々じゃねえか
第六十五話 女の子は受け入れられるようにできてる
第六十六話 それ全然頼りになんない
第六十七話 無力だな、俺って
第六十八話 一晩中、忘れられない夜になるぐらい!
第六十九話 全部、全部いらないネ!
第七十話 私ももう少しだけ可愛がっていただけますか?

第七十一話 なんだかんだで、俺甘いよな
第七十二話 竹林の奥でこそっとしてくるッス
第七十三話 人生最強更新中!
第七十四話 俺の教職としても道はどっちだ
第七十五話 旅の恥は掻き捨て。知ってはりますやろ?
第七十六話 今夜はまだまだ続くぞ。覚悟は良いか?
第七十七話 もう、この関係も終わらせないとな
第七十八話 二人で話せませんか?
第七十九話 この旅で学んだ事を早速忘れんな
第八十話 私の方が先生を愛してる

第八十一話 正直、彼氏といるより楽しかったから
第八十二話 ここか、都会娘のおっぱいは!
第八十三話 ひかげ荘を俺にください
第八十四話 好きなだけ、私を犯せ
第八十五話 だってお前が可愛く笑うから!
第八十六話 あやかの女の子に先生の殿方を
第八十七話 髪留め、似合ってるぞ
第八十八話 先生の太くて硬い。こんなの初めてぇ
第八十九話 腰周りも随分と充実してるだろ?
第九十話 せっちゃんどんどん濡れてくるえ

第九十一話 あっ、流れ星
第九十二話 夜鳴きした体にオナニーはもう飽きちゃった
第九十三話 お前の手の方が気持ち良いよ
第九十四話 俺の物差しは何倍も大きいの
第九十五話 弟とも違うよぉ!
第九十六話 蝶よ花よと愛でられるだけの女性ではありませんわ
第九十七話 逃げられなかったお前の負けだ
第九十八話 やっとこの日が、もうお預けはなしヨ
第九十九話 行け、闇の忍び三人衆
第百話 全員まとめて掛かって来い!

第百一話 改めて、よろしくな!
第百二話 神楽坂がいたじゃん
第百三話 おっしゃあ、殴らず勝ったで千草姉ちゃん!
第百四話 もう一回、最後にもう一回だけ
第百五話 地雷女扱いしてへん?
第百六話 結婚してもこんな感じでゆったり過ごしたいな
第百七話 誰だ、私のむつきをこんなにしたのは!
第百八話 私は先生の血が欲しい
第百九話 ありがてえけど、すまん気持ちが半端ねえ
第百十話 アイツは中学生らしい初恋してるだろ

第百十一話 何時何分何秒!
第百十二話 私も乙姫先生に恋をしたみたいですわ
第百十三話 二番目なのに、好きになっちゃう
第百十四話 女の子にとっては恋愛のバイブルなんです!
第百十五話 本当は、お前にあの尼を犯させるまで待つつもりだったんだ
第百十六話 和美さんの巨乳で癒してあげる
第百十七話 嘘、です
第百十八話 私のプライドが許さない
第百十九話 そんな所の匂いを嗅いで、この変態!
第百二十話 どうやら私たちの負け、ですね

第百二十一話 私に、親愛的の跡継ぎを
第百二十二話 唾つけずに放っておいたらどうなるか
第百二十三話 柔らかい体が欲しいと思いました
第百二十四話 部活がないと時間が余ってしょうがないのよ
第百二十五話 感謝してるけど、殴って良い?
第百二十六話 夫婦喧嘩の後のセックスは燃えるらしいぞ?
第百二十七話 恋愛を楽しむ普通の女の子です
第百二十八話 次に起きたら、俺の秘密の場所だ
第百二十九話 皆の前で抱いてください!
第百三十話 小さいけど、その分弾力は負けてません

第百三十一話 私はなにをどう、変わっていけばいいのかな
第百三十二話 幸せにだけはしてやらないとな
第百三十三話 今日からライバルって事ね
第百三十四話 私もいつか、こんな風に誰かを想ってあたふたしたりするのかなあ?
第百三十五話 今日は帰りたくないんです
第百三十六話 嫌わないで、一人にしないで
第百三十七話 俺のところに来い
第百三十八話 頑張ってこの子を育てます
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第百三十八話 頑張ってこの子を育てます

「ごめん、ちづ姉……電話が遠くて良く聞こえなかったみたい。なんだって?」
 聞こえていて、あえて効き直してきている。
 携帯電話の向こう側から帰って来た村上の声色に、千鶴は背中に嫌な汗が噴き出るのを感じた。
 院長先生の前でむつきとイチャイチャし、孤児院を辞したのは既に三十分以上前のことだ。
 今、千鶴はとある場所から、心配かけた妹分へと電話を掛けている。
 無事を伝え一時は安堵した妹分の声が、話を続けるうちに次第に低く固いものになっていったのであった。
「だからね。今、乙姫先生の家にいるの」
「うん、ひかげ荘ってところだね。それで」
「夏美ちゃん、声が怖いわよ」
「それで?」
 下手に和ませようと甘えた声を出してみたが、見事に逆効果であった。
「えっと、帰るのが少し遅くなります。お夕飯前には帰るつもりだけれど」
「ちづ姉、私そろそろ怒って良い? 心配し過ぎてパニック起こした私に言う台詞がそれ?」
「心配かけたのは謝るわ。ごめんなさい、夏美ちゃん。でもやっと想いを遂げられて、このまま先生とお別れしたくないの。少しだけ、ほんの少しだけだから」
「昨日のピクニックから帰る途中なら、素直に応援したけど……ちづ姉、先生に変って。文句はそっちに言うから」
「せ、先生は今、別の電話中で出られないわ」
 言い訳がましく聞こえたのか、村上から沈黙が返りお願い信じてと千鶴は訴えた。
 本当にむつきは別の電話の対応中なのである。
 このままでは妹分からの信頼がガラガラと崩れてしまう。
 千鶴は祈る様な面持ちで携帯電話をむつきの方へと向けた。
「ええ、無事に保護しました。色々と実家と進路の兼ね合いで悩んでいたみたいで」
「那波君の実家……ああ、そうか。その様な素振りも見せず、ため込んでしまったのか」
「表面上は少し落ち着きましたが、もう少し僕の方でも話を聞いてみます」
「そうだな、こちらの事は任せておきたまえ。君はしっかりと那波君の話を聞いてあげなさい」
「はい、ありがとうございます。那波を寮に送り届けたら、また連絡します」
 上司とも言える新田にそう報告し、むつきは携帯電話を切った。
 今回の千鶴の失踪に当たり、むつきから報告を上げた相手が新田だったのである。
 無闇に情報を拡散して混乱を引き起こすわけにもいかず、かと言って全く報告しないわけにもいかない。
 新田から何処まで情報が上がったかはむつきは知らない。
 ただ孤児院にて千鶴が見つからなかったら、手すきの教師を全員かき集める予定ではあった。
 携帯電話を切ってから、むつきは学校の方角へと向いてぺこりと頭を下げた。
「あの先生、夏美ちゃんが」
「説得失敗か。貸してみろ。おーい、村上」
「聞こえてた。嘘つき……はあ、微妙な間で毒気もぬけちゃった」
 聞こえていたとは、むつきと新田とのやり取りの事であろう。
 色々と気が抜けたような疲れたような声が携帯電話の向こうから届いて来ていた。
「ちづ姉を見つけてくれたのは先生だし、私が慌てて孤児院の事を思い出せなかったし。ここは私が折れとくね。ちづ姉には学食で特製のパフェ奢ってくれることで手を打つって伝えておいて」
「お前、なんかこの数日でちょっと大人になったな」
「とってつけた様に、誰のせいだと思ってるの」
 盛大なため息の後にごゆっくりと呟いた村上が向こうから携帯電話を切った。
 ブチリとやや乱暴気味に切られたが、その気持ちは分からなくもない。
 寮の部屋にいるはずの那波が、帰ってみればもぬけの殻。
 半泣きでむつきに連絡を取り、無事見つかったのは良いがその千鶴は男の部屋になだれ込んでいた。
 しかも流れ的に二人が何の目的でかは、まだまだ乙女を失う予定のない村上にだってわかる。
 妙な事を考えていなければと思った相手が、全然別の意味で妙な事を考えていたともなれば怒りたくもなるだろう。
「千鶴、村上が学食のパフェで手を打つってさ」
「ああ、私の可愛い夏美ちゃんが汚れてしまったわ」
「まあ、汚したのは俺とお前だけどな」
「ですね」
 二人がいるのはひかげ荘の管理人室であった。
 ちゃぶ台の前でむつきが胡坐をかき、その斜め後ろで千鶴が女の子座りをしている。
 電話を終えた後の微妙な間の後で、さてと呟いたむつきがおもむろに両手を叩く。
 その音にビクリと千鶴が肩を震わせた。
「ん、悪い驚かせたか?」
 むつきの言葉に無言のまま首を激しく横に振ったのには理由がる。
 千鶴は視界の片隅に見えるとあるモノを意識してチラチラ見ていたからだ。
 それは管理人室の片隅にて畳み込まれていたお布団であった。
 三つに折り曲げられたその裾からは、皺になっているシーツがはみ出している。
 普段なら一晩で汚れるので取り換えるが、昨晩は夫婦の営みがなかったのでそのままなのだろう。
 頬を染め視線を彷徨わせる千鶴だが、隠したつもりの事実はあっさりとバレていた。
「慌てんなって。時間はまだたっぷりあるんだから」
「だから何も見てません。見てないんです」
 あまりにも千鶴が必死に否定するので、悪戯心がむくむくと大きくなった。
 視線を逸らしている千鶴を半眼で見つめながら、おもむろにむつきは呟いた。
「セッ」
「ンッ?!」
「なかが痒いな」
 むつきへと振り向き直した千鶴が、ぽりぽりと背中を掻く様を見て明らかにホッとした様子だった。
「あー、セック」
「ヒャゥッ」
「なワインが飲んでみたいな」
 とりあえず、セッから始まる単語を呟き、継続してみる。
 以前アタナシアがワインの口当たりについてうん蓄垂れていた時に、聞いた言葉だが意味は忘れた。
 今はただただ千鶴がセックスを意識して戸惑う可愛らしい姿が堪能できれば良いのだ。
 しかし流石に二回目ともなれば、からかっていたことがバレてしまった様だ。
 あたふたしていた千鶴がからかわれていた事に気づき、ニッコリと危険色の様な影を顔に浮かべた。
「先生、乙女の純情を弄んで楽しいですか?」
「正直に言って楽しい。男の子って歳でもないが、どういう生き物か良く知ってるだろ?」
「それは……その、はい。そんなに楽しいのなら。もう少し、もう少しだけなら、どうぞ」
「どうぞってお前、可愛い!」
 怒っている振りをしてそっぽを向きながらの一言に、むつきは我慢できなかった。
 畳の上で尻を回転させて千鶴の方へと向き直り、飛びつく様に抱きしめた。
 本当にこの子は外見に内面が追いついていない、可愛い女の子なのだと。
「きゃっ」
 突然むつきが振り向いた事に驚いた事と、その勢いに気圧されて千鶴が後ろに倒れ込んだ。
 もちろん、抱きしめたむつきの腕にガードされていて頭を打ったりすることもなかった。
 最後にそっと畳の上に寝かせられ、壁どんならぬ床どんの形でむつきに見おろされる。
「千鶴、からかうだけじゃ足りない。俺のモノにしたい」
「は、はひ」
 またしても大事なところで千鶴が噛んだが、むつきの方が勢いでそれを無視した。
「一杯エッチなことするぞ。これよりもっと恥ずかしいことをだ」
 こういうことだぞと言い聞かせるように、むつきは人差し指で千鶴の胸を突いた。
 秋も深まり制服のシャツの上からベストを着ても、着痩せのきの字もない胸をだ。
 今にもボタンがはち切れそうなのにむつきの指で調和を乱され、シャツの生地が悲鳴を上げる。
 ただ小さくも声をあげたのは生地のみではなかった。
「んぅ」
 真っ直ぐに見下ろしてくるむつきの視線から逃れる様に、少し視線を逸らした千鶴である。
 自身の艶っぽい声に自分で驚いたのか、唇を噛み締めるようにしていた。
 その目が少し動いてチラリとむつきを見て、再びサッとそらされる。
 むつきの熱い視線に熱せられたかの様に、千鶴の顔が少しずつ赤くなっていく。
 数十秒か、数分か。
 根気良く待つむつきの前で、何か言おうと開いた口はそのまま閉じられ一度だけ千鶴が頷いた。
「千鶴、キスするぞ」
 もはや声を発する余裕すらないらしく、千鶴は小さく頷くにとどめていた。
 緊張から体が強張ったのか、あるいは手を握りしめようとでもしたのか。
 千鶴がガリガリと畳の上に爪を立てる音が聞こえてきたが、むつきはその程度では止めるつもりもない。
「千鶴」
 その名を呼び、火照り薄ら汗さえ浮かべる千鶴の頬に手を触れ、退路を断つように唇を塞いだ。
 キスをしながら強く瞳を閉じている千鶴を見つめたむつきは、そのままそっと小さく距離を開けた。
(何時もなら、そのままディープにするんだけど……)
 今の千鶴にそこまですると、窒息するまで息を止めかねない。
 終わったとでも聞きたそうにチラリと片目を開けた千鶴に微笑みかけ、チュッと頬にキスをする。
 ファーストキスの後に、お休みのキスの様なものをされキョトンとしていた。
 もっと過激なキスになるとでも想像していたのか、肩の力が少し抜けたのをむつきは見逃さなかった。
「こっちのほっぺも、おでこも」
 頬から頬へ、前髪をあげさせおでこにも。
 耳たぶやうなじにまで、慣れさせるように優しいが微エロなキスを繰り返す。
「先生、待っ……きゃぅ、耳に音の残響が。顔中に先生の感触が」
「一杯エッチなことするって言ったろ。はい、駄目。捕まえた」
「んぅー」
 キスの嵐に耐え切れず千鶴が意味不明な訴えを起こしたが、もちろん聞く耳を持たない。
 先んじて暴れ出しそうだった両手を恋人繋ぎで封じ、万歳をさせるように畳の上に押さえつける。
 それから安心して、今一度千鶴の唇を奪い直し、キスを降らし始めた。
 頬やおでこはもちろん、首筋や耳元ですら序の口。
 まぶたの上や喉の上など、普段なかなかキスしない場所にさえ率先してキスを施していった。
 最初は抵抗するように暴れた千鶴であったがキスが十回を超えた辺りから大人しくなっていた。
「天井、染み数え」
「それも駄目」
「先生どいてください。天井が、見えひゃ」
「天井なんかより、俺を見てろ」
 誰が吹き込んだのか古臭い台詞を呟き天井を見上げた千鶴の視線を遮った。
 ついに本当に抵抗を諦めた様に力が抜けた千鶴の唇を何度目だろうか、塞いだ。
「ん、先生……ッ?!」
 改めて千鶴の唇を割って舌を彼女の中へと侵入させる。
 一瞬体が強張り直そうとしたが、散々抵抗の無意味さを教えたおかげか以外に大人しかった。
(しかし、なんだろ)
 千鶴の熟れた唇や、艶めかしい舌や唾液を味わいながらむつきは思った。
 お互いに納得済みでこうしているはずなのに、妙に無理やり手籠めにしている感じがある。
 行為の最中に上の空なのは失礼な話だが、奥に引っ込んだ千鶴の舌をからめとりながら気づいた。
 こうして押さえつける形でしている事よりも、千鶴が制服姿なせいだろう。
 むつきはあれだけ生徒を手籠めにしながら、意外と制服でプレイすることが少なかった。
 基本的には土日が多く、平日に学校でセックスに至る事は本当に稀なのだ。
(俺も変な所で慣れてたのか。千鶴と、生徒としてるって実感が凄いあるのかも)
 疑問が氷解したのでこれで思い残すことなく千鶴を味わえる。
 その唇を、口内、歯を舌や唾液と隅々にまでだ。
 むつきが満足して唇を話した時には、千鶴は脱力してくてりと横たわっている。
 そんな千鶴を改めてむつきは見下ろした。
「せ、先生……」
 千鶴は心が体の成長に追いつこうとしているように、男に媚びた声と瞳を向けて来ていた。
 静かにあれる呼吸はその大きな胸を重そうに上下させている。
 暴れた時についにボタンが耐え切れなかったのか一つ千切れ飛んで無くなっていた。
 その隙間から薄紅色に黒のレースがついたブラジャーが垣間見えている。
 またシャツの裾が一部飛び出しているスカートはめくれ、太ももがぎりぎりの部分まで露出していた。
(あかん、凄くエロい。明日、学校で会ったら思い出す。廊下ですれ違っただけでも、授業中でさえ)
 ここ最近、千鶴が年相応の恋愛下手な所ばかり見ていたから忘れていたが。
 この子は元々は、クラスでも随一の巨乳であり、年齢に見合わぬ色香を持つ子であった。
 むつきのせいで最近それが封印され、そして今またむつきのせいで開放されていた。
(落ち着け、俺が慌ててどうする。今まで一体何人の……いやいや、思い出すな。少なくとも今は)
 思わず千鶴を前にこれまでの女性遍歴を思い出しかけ、軽く被りを振った。
 そして深呼吸して自分を落ち着けさせ、ボタンが弾けとんだシャツの中に両手の指を滑り込ませた。
 一つ一つボタンを外す暇さえ惜しいと、軽く力を入れてブチブチと強引にボタンを外していく。
 現れたのは狭苦しいシャツから解放された千鶴の胸であった。
 薄紅色と黒というコントラストで可愛さとエロさを重ね合わせたブラジャーに保護されている。
 しかしむつきの目からは、二つの胸が苦しい助けてともがいているようにも見えた。
 解放せねば、そんな使命感に駆られて千鶴の体を少し持ち上げて背中に手を伸ばす。
「先生、もう少し」
「大丈夫分かってる。ほら、な?」
「はい」
 綺麗にブラジャーのホックを外して、手探りしていたむつきを案じた千鶴に笑いかけた。
 それで安心したというのも変だが、千鶴は全てをむつきに預ける事に決めたようだ。
 ホックを外され緩んだブラジャーに手を掛けても、羞恥に頬を染めても強張る様な事はなかった。
 そんな千鶴を前にしてむつきはブラジャーを上にずらしていく。
 すると僅かな引っ掛かりを感じて、その手が止まる。
「ぁっ……」
 千鶴のぷっくりと膨れた乳首が、最後の抵抗とでも言う様にブラジャーの生地に引っかかっていた。
 気付いた千鶴は恥ずかしいどころではない。
 覚悟を何度決めても体が抵抗したか、はたまた単純に自分の性的興奮を見せつけられたような。
「本当、お前は可愛いな」
「やっ、だめ」
 愛い奴めと、勃起した乳首を指先で撫でる様に弄ぶ。
「先生に、触ら……ち、乳く、クリクリしないでください」
「しょうがないな」
 触れられるだけでも恥ずかしいのにと言いたげな弱々しい千鶴の言葉を受け入れる。
 ただし素直に受け入れるかどうかは別だ。
 そんなに脱がせられたくないのならと、ブラジャーの上から構わず自己主張する乳首に吸い付いた。
 乳首に吸い付くだけのつもりが、そのまま勢い余って千鶴の胸の中に突っ伏してしまった。
 あまりの巨乳に距離感を誤ったか、千鶴の柔らかさと体臭に包み込まれる。
 別に良いかと、そのままミルクを吸う様にはむはむと甘噛みを続けた。
「痛っ、くは……ぁっ、吸われて。お乳、先生に吸われて」
「普通は大きくする為に揉むんだけど、少し萎むぐらいまで俺がミルク飲んでやるからな」
「出ません。お乳張ってますけど、まだ出ないんです」
「心配するな。直ぐにでるようにしてやるからな」
 嫌々と被りを振る千鶴に、暗に妊娠をほのめかす。
 もちろん、むつきとて今直ぐにというわけではなく数年先のことだが、効果はてきめんだった。
「先生、どうぞ」
 乳首に引っかかっていたブラジャーの布地を指先で引っ張り、勃起した乳首までさらす。
 改めてむつきの目の前に現れたのは、自重で楕円に潰れた白い二つの乳房。
 薄紅色に色濃く染まった丸い乳輪とその中央にて自己主張する湿り気を帯びた乳首。
 千鶴の浅く速い呼吸に合せるように、ふるふると震えていた。
 千鶴の顔見知りや、すれ違い様にその巨乳を見た何人の男たちがこれをみたいと思ったことか。
 むつきだけに見る事はおろか触れる事さえ許された慈母の象徴である。
「いただきます」
「め、召し上んっ」
 意外な台詞は単純に切羽詰って口走ってしまっただけだろう。
 乳首を口に含まれキュッと吸い付かれて、中途半端に言葉が途切れてしまっていた。
 しかし聞いた、ちゃんと聞いたからとむつきは遠慮なく千鶴の今はまだ出ないお乳を吸った。
 甘噛みや舌で転がしたりせず純粋に、赤子がお乳を飲む様に一心不乱にだ。
「先生……」
 そこに不純さを感じず、いつの間にか自由になっていた両腕を千鶴がむつきの後頭部に回した。
 短く刈られた頭髪をくすぐったいと感じながら頭を撫でる。
「美味しいですか?」
「ん」
「左だけじゃなくて、右のお乳もありますよ」
「ん」
 促されるようにむつきは左の乳房を名残惜し気に口から離し、右の乳房へと口先を向けた。
 まだ濡れていない乳首を舌先で蒸らす様に舐め、硬くしこったそれを唇で挟み込んだ。
 お乳お乳と赤子が強請る様にである。
「ごめんなさい、まだ出ないんです。出る様になるまで、出る様に……」
 むつきと同じぐらい夢中になって呟いた自分の言葉で千鶴はほんの少しだけ我に返った。
 今まさにそうなる為の行為をしているはずだが、さらにその先の実感とでもいうのか。
 妊娠という事実が目の前に現れ、そして自分でしても良いかもと思ってしまったのだ。
 いずれ生まれてくる子供の為ではなく、それが出る様になったらこうしてむつきに飲んでもらいたいと。
(私、なんていやらしい。赤ちゃんの為じゃなく、先生の為に妊娠したいって、お乳が出る様になりたいって。いやらしい、いやらしい、いやらしい!)
 以前は、周囲から性的な視線にさらされ、むしろそういった考えは嫌っていたはずだ。
 何もかも愛という崇高な前提があり、快楽を前提とした営みなんてもってのほかと。
(でも、今は……)
 好きな人に体を差し出すことで、如何に自分が浅はかだったのか、子供だったのか思い知らされた気分だった。
 今のむつきは千鶴だけに心が向いている。
 友人や親友に手を出した世間的にはろくでなしの部類に入る人なのに、夢中になってくれるのが嬉しい。
 もっと自分へと振り向いて欲しい、男から見ていやらしい体に生まれた事を今は感謝できるぐらいに。
「先生、もっと。好きにしてください、何をされても。先生になら」
「良いのか、本当に凄いことするぞ。後で俺の顔をみれなくなっても知らないぞ」
「構いません。に、にん……」
 言え、言ってしまえと千鶴はそれを踏み越えた。
「妊娠しても構いません。先生、お乳が出る様にしてください。出るようになったら、赤ちゃんより先に味見してください。私のお乳を、飲んでください」
 女の子にそこまで言われて耐えきれる男などいない。
 ただでさえ千鶴の歳不相応な色香にまいりかけていたむつきの事である。
 初めてだからなどという遠慮が薄れていく。
 手始めに半端に脱がされていた制服のベストとシャツを引きちぎる様にボタンを外した。
 そのうちの一個がまた千切れ飛んだが、それぐらいに興奮していたとも言える。
「千鶴、優しくするつもりだったけど」
「良いんです。先生がそうしたいのなら、多少乱暴でも……」
「そんな簡単に言うなよ。男は狼なんだぞ」
「狼さん、私は好きです。乙姫むつきという名前の狼さんだけですけれど」
 本当にその言葉を期にむつきも振り切れた。
「千鶴ぅ!」
「きゃっ、ぁぅ!」
 咄嗟に彼女を抱き上げ、部屋の隅にて畳まれていた布団にまで連れて行く。
 広げる事はせずその場に座らせ、背中を布団に預けさせたのが最後の優しさだった。
 千鶴の胸の谷間に顔を埋めて自ら窒息死しそうになりながら、谷底にキスマークをつける。
 痛みを訴える様に千鶴の体が震えたが、もう止れないぐらいに興奮してしまっていた。
「先生、大丈夫ですから」
 さらに千鶴から抱え込む様に抱きしめられ、免罪符まで与えられてしまう始末である。
 ブレーキは元から踏む気がなく、例え踏んでも千鶴がブレーキオイルを抜いた二段構えだ。
「千鶴」
「先生」
 千鶴の谷間から顔を引っこ抜き、畳まれた布団に押し倒す様に伸し掛かる。
 そして隈なく千鶴を味わおうと唇を塞ぎ、左手で胸を揉み、空いた右手がその体を滑り落ちていく。
 乳房から唾液に塗れた乳首へ、お山を下りては肉付きの良いくびれを渡ってスカートへ辿り着く。
 互いに舌を絡ませ舐り合いながら視線が通い合った。
 瞳で合図を送られ、むつきはむっちりとした太ももを撫でながらスカートの奥へと手を伸ばした。
「んっ」
 手探りする指先で千鶴の肌とはまた別種の滑らかさを持つパンツの布地に行き当たる。
 指の動きが布越しに分かるのだろう、千鶴の瞳が涙を浮かべる様に潤んで揺れていた。
 肌と一体化したような滑らかさに交じる雑音の様なそれは、陰毛だろう。
 指の腹を往復させ、その存在を確かめ、また確かめていることを千鶴に知らせる。
「先生、もっと奥です」
「知ってる」
「いじわる」
 じょりじょりと陰毛同士を絡ませるように指で味わっていると、恥ずかし過ぎたのだろう。
 千鶴がむつきの手を取り、ここですと自ら案内した。
 先程まで陰毛の感触を味わっていた指先に伝わった感触は二つ。
 滑らかな肌と布地の間に突如として現れた谷間と周囲に広がる湿り気である。
「何も、何も言わないでください」
 むつきの腕を案内して直ぐに、千鶴はその両手で顔を覆ってしまった。
 千鶴がそう願うのならば、むつきは何も言うつもりはない。
 無粋に言葉を重ねて言う必要すらなかった。
 パンツの上に湿り気を広げる様に谷間に沿って二、三度指を這わせてから指を鍵爪状にする。
 肌にぴったりと寄り添うその生地との間に滑り込ませ、ブラジャーをたくし上げた時の様に寄せた。
「ぁっ、ぁぁっ……ふぁっ」
 スカートの奥で外気に晒された谷間の中に、むつきの指先が埋もれていく。
 指ぐらいならば余裕で飲みこまれるぐらいには濡れていたのだ。
 唇の様に分厚い大陰唇が舐る様に、その奥の膣口がさらに奥へとむつきの指を誘おうとする。
 しかしむつきは膣口には第一関節分だけ含ませ、馴染ませるように挿入を繰り返した。
 未通の千鶴の穴をほぐす意味もあったが、主目的はまた別にあった。
 千鶴のお願い通りにむつきが口を閉ざし、静まり返った管理人室内にその音が響き渡る。
 にちゃにちゃ、粘り気のある水音が千鶴の下半身、スカートの奥から絶えず鳴っていた。
「音を、先生……音を、ぁっ。そんな知らない、こんなの」
「知らないって、オナニーで指ぐらい」
「したことないんです。いやらし事を避けてたから、したことないんです!」
「えっ、あっ」
「ひゃぅっ!」
 千鶴の告白にまさかと驚き、思わず第二関節までずっぷりいってしまった。
「ぁっ……ぁぅ、いっ」
 だがそれだけで千鶴は軽く果ててしまったらしい。
 言葉にならないうわ言を洩らし、恐らくは初めての快感に頬を染めて酔い痴れている。
 元々潤っていた膣の奥からも新たな愛液がとろりと染みだし、むつきの手までもを濡らしてきていた。
「先生ぇ……」
「千鶴」
 愛液塗れではない左手で半ば放心中の千鶴を撫で、右手でスーツのズボンのベルトを外し始める。
 パンツごとズボンを降ろし、力が殆ど入っていない彼女の両足を抱え込んだ。
 背中は布団に抱き留められ、お尻も浮いているので畳で擦れたりはしないだろう。
 早くしろと急かす一物の先で寄れたパンツをずらし直し、割れ目にそっと添えた。
「入れるぞ」
「はい」
 流石に怖かったのか、千鶴がむつきの腕を掴んで来ていた。
 背中まで腕を伸ばす余裕がなかったのだろうが、むつきはそのまま全体重を掛ける様に伸し掛かった。
 布団に包まれ伸し掛かられた千鶴の中に、むつきの一物が強引にかき分けるように入り込んだ。
 ブチリと引きちぎれる感触のあとも乙女の割にはスムーズであった。
 それだけ千鶴の体は十分に孕める程に成長していたのだろう。
 どうぞどうぞと向こうから歓迎するように、むつきの一物を奥まで飲みこみ切ってしまう。
「い、痛い」
「大丈夫か?」
「少し、ほんの少し痛かっただけですから。でも、もう少しだけこのままで」
 二人の視界では確認する事もままならないが、破瓜の証が布団に落ちているのだろう。
 彼女が感じる痛みが、体の震えを通してむつきにも十分に伝わって来ていた。
 それが少しでも和らぐように、千鶴が痛みに瞳を閉じたり震える度にキスで慰める。
 さながらその様子は傷を舐めて治す動物のごとくだ。
 やっていることは原始からの行いである交尾なのだから、間違ってはいないのだが。
「んっ、先生……もう、動かれても大丈夫です。慣れてきました」
「そうか? もう少し、大丈夫だぞ。まだ俺を追い出そうって締め付けてる」
「先生こそ。私の中で凄くビクビクして……ふふ、体の繋がりで心が繋がる事もあるんですね」
「好きな人となら、いやらしいことも悪くないだろ?」
「好きな人とだから、癖になってしまいそうで。責任、とってくださいね」
 もちろんと呟き、千鶴の膣の圧力に押されるようにむつきはゆっくりと腰を引いた。
 痛みと快感の二重の刺激にうねる膣の動きを味わい、一物のカリ首で引っかきながら。
「だめ、抜かないで」
「違うよ、こうする。ため」
「あん」
 むつきが腰を引くたびに押し寄せる喪失感に千鶴が泣きそうな声で訴えたが、否定すると同時に突いた。
 少しだけ深く膣を抉り、肌と肌がぶつかり愛液が飛散する。
 先程は破瓜の痛みで味わい切れなかった挿入による快楽が襲い掛かった。
 オナニーすら未経験の千鶴にとっては太過ぎる挿入物だ。
 内臓全てが押し上げられるような苦しさと言葉では言い表せ切れぬ甘美な快感に艶っぽく歌ってしまう。
「続けるぞ」
「は、はい」
 大丈夫かと顔を覗き込まれ、頷きながらも千鶴はしっかりとむつきに抱き付く。
 腕だけでは離れてしまいそうで背中にまで手を伸ばし爪を立て、足はむつきの腰に回されていた。
 二度と離れたくないという意思表示の様に、限りなく密着しながら突かれ艶声をあげる。
「ぁっ、んぅ……先生、気持ち。良いです。ひゃぅ、おちんちん。こんないやらしい使い方をするモノがあの子たちにもついてるなんて」
「こうら、千鶴は俺のおちんちんの事だけ考えてれば良いんだ。強制的にそうしてやろうか? ほら、今千鶴がいやらしく咥え込んでるのは誰のおちんちんだ」
「やぅ、激しっ。ごめんなさい、先生だけ。先生のおちんちんだけです。千鶴はいやらしい下のお口で先生のおちんちんを咥え込んで。あぅ、ああッ!」
 流石に嫉妬した振りで、千鶴を攻め立てる為の口実に過ぎない。
 しかし初心な千鶴にそれがわかるわけもなく、おちんちんと繰り返し叫ぶのがより劣情を誘う。
「はぁッ、大きく。まだ大きくなるんですか?!」
「なるにはなるが、出そうなんだ。射精するぞ、千鶴の一番奥に。赤ちゃんの部屋に」
「はい、出してください。ふぁっ、好きなだけ。お乳が出る様に、妊娠させてください」
「出すぞ、妊娠させるぞ。千鶴を立派な人妻に、俺の妻に!」
「出して、先生のお嫁さんに!」
「千鶴ゥ!」
 お互いこれ以上ないぐらいに抱きしめあい、腰を密着させ合う。
 膣の一番深い場所にまで挿入されたむつきの一物が、子宮の入り口からありったけを吐き出した。
 濃厚な雄汁を塊ごとにドクンドクンと体を震わせながら流し込む。
 流し込まれる側の千鶴も呼吸を合わせる様に子宮の中でそれを受け止めたっぷりと蓄える。
 雄に支配される本能的な幸福感に満たされながら、次世代を孕む為にしっかりとむつきを掴み咥え込んで放さない。
「分かるか、千鶴」
「はい、私の中に先生の……精、子だ……えっと」
「呼び方は何でも良い。これでもう直ぐ千鶴もお母さんだ」
「私と先生の、んぅ」
 最後の一絞りまで吐き出され、二人の体の震えは一度はおさまった。
 行為の後の気だるさと互いの精臭に包まれ、キスや頬ずりで原始に返る。
「んっ、先生、私……頑張ってこの子を育てます。学業との両立は大変ですけれど。この子に胸を張れるように、頑張って」
「ちょ、ちょと待て。ん?」
 まだむつきが入り込んでいるお腹を撫でながらの千鶴の台詞にむつきの目が点となった。
「いやいや、俺の子供を産んで欲しいのは本心だけど。最低でも高校を卒業してからだぞ?」
「え、でも妊娠しろって言いましたよね?」
「千鶴、冷静になれ。流石に今直ぐは駄目だろ。俺が国家権力に正しく捕まっちまう。せめて堂々と出来るまでは我慢してくれ。絶対に責任はとるから!」
「あれ、え……」
 当たり前の事を当たり前に説明しているつもりが、何やら千鶴の様子がおかしい。
 妊娠しろって言ったじゃないかとヒステリックにならない辺り、まだ冷静ではあるのだろうが。
 お腹を軽く揺らしてたぽんと中に注がれたモノを感じて、さっと血の気を引かせる。
 思い切り中出しされている、むつきの精子、子種、男汁を。
 ギギギと油の切れたブリキ人形の様に首を動かし、半笑いで千鶴は告白した。
「あの、先生……私、超さんから頂いた避妊薬を飲んでないんですけど」
「え?」
「先生とはもう駄目になったと自暴自棄になっていたので」
 一瞬何を言われたのか理解しきれず、何故か意志に半身てまだ玉袋に残っていた搾りかすが注がれた。
「わー、ちょっと洒落にならん。てっきり飲んでるもんとばかり。抜く、今抜くから」
「抜かないで、まだ。もう少しだけ。どうせもう手遅れですし」
「そうだけど、その通りだけど。処置は早くしないと」
「いやです、先生との初めての。私の我がままを聞いてください」
「こら、しがみ付くんじゃありません。腰から足を外し、暴れるな中がうねって。うっ……毎日毎日どんだけ生成してんだ、俺の下半身は!」
 千鶴が暴れしがみ付き、うねうねとうねった膣に誘惑されまた出てしまった。
 頭で考えている事と下半身の行動がちぐはぐで、むつきは少し泣きたくなって来た。
 一先ずむつきは大声でいるであろう茶々丸の妹を呼びつけ、小鈴を呼んで貰う事にした。
 彼女が授業を抜け出し現れるまでに、何回搾り取られたかはむつきではなく千鶴の名誉の為に伏せておく。

第百三十七話 俺のところに来い

 次の日の月曜日、お昼休みも半分が過ぎた頃にようやくむつきは動き出した。
 那波は体調不良を理由に休んでいる。
 村上の方は登校しているのでまずは彼女からなのだが、会話すらできていない。
 最近は高畑が毎日来ているので、朝から二−Aに顔を出すことも減り、顔さえ見ていなかった。
 ようやく時間が出来たのが今。
 さよのお弁当を片手に、二−Aの教室の扉から覗き込む様にして村上に声を掛けた。
「村上、悪い。ちょっと聞きたい事があるから来てくれ!」
 村上の席は窓際の前から二番目、さよの後ろであった。
 既にお昼は食べ終わっているようで周囲から若干浮く形で、頬杖をついて外を眺めていた。
 位置的に遠く、またお昼休みの騒がしさに負けない様に声を張り上げる。
「…………はい」
 一瞬聞こえていなかったかと思うぐらいの間の後に、村上が返事をしながら立ち上がった。
 これ以上ないくらいに機嫌は悪いらしい。
 近くの席の鳴滝妹が驚いて前の席の長瀬の制服の裾を掴んでいるではないか。
 普通に考えて、今の今までむつきが顔すら見せにこなかったせいで間違いないだろう。
「そんなに時間はとらせない。そこの社会科資料室な」
 どうやら那波の事を聞く前に、村上のご機嫌を伺わなければならないようだ。
 とはいえ、お昼になるまでアクションを取れなかった理由位しか説明できないが。
 二−Aの教室を離れ、近くの社会科資料室の鍵を開けて村上を中にいれる。
 以前、少し掃除をしたので埃っぽさは鳴りを潜めているが、閉め切っているので少し暑い。
 ついでに空気の入れ替えと窓を開けてから、パイプ椅子を取り出し村上にも勧めた。
「悪い、朝から立て込んでて中々時間が取れなかった」
「それは、ちづ姉よりも大事なことなの?」
「難しい質問だな。ただの仕事なら多少は放り出したが……」
 村上の中学生らしい言葉に、腕を組んで考え込む様にしてむつきは答えた。
「土曜日の試合のおかげで、アキラと神楽坂をセットで取材したいって申し込みが殺到してたんだ。神楽坂の特待生の為にも、放っておけなかった」
「怒り辛い。明日菜とちづ姉どっちがってのも変だし。はあ、先生はやっぱり先生だね」
「何を当たり前のことを。それより、お前の方こそ日曜にあの話を聞かされて、こうして良く平気な顔で二人きりになれたな。多少、疑うとか。狙われてるとか思わないのか?」
 那波の事は気がかりだが、村上の肩をほぐす為に、もう少し会話を続ける。
 純粋にあまりにもすんなり二人きりになってくれた事に驚いたこともあるが。
「ちづ姉はずっと先生しか見てなかったけど、私は他にも見てたからかな。真剣に衣装について喋る長谷川さんとその衣裳部屋。柿崎も将来は美容関係に進みたいって聞いた。先生はいけないことをしたかもしれないけど、酷いことをしたわけじゃないって」
 昨日のひかげ荘の三階に足を踏み入れたことを思い出し、村上は自分で納得するように頷いた。
「私ね、正直に言うと以前は長谷川さんが苦手だった。私に構うなってオーラを四六時中出して、何考えてるのか分からないところがあって」
 千雨がそうしている理由を知ったのは、麻帆良祭前にクラスが分裂しかけた時だ。
 千雨と神楽坂の間接的ないがみ合いから、クラスの空気が負のスパイラルに陥った。
 そこであやかの提案で茶番を仕掛け、千雨の内心を暴露したあの時である。
「でも今は、長谷川さんともっと仲良くなりたいと思ってる。演劇と衣装造りで共通点もあるし、時々口は悪いけど面白い子だし。長谷川さんを変えたのは、先生なんでしょ?」
「うーん、どうだろ。千雨が変わろうと思ったのは千雨自身の考えだし、やり方はあやかとかが考えてたからな。どや顔で俺が変えたって言えるほど、うぬぼれてはない」
「でも切っ掛けぐらいにはなったんじゃないかな。柿崎が見つけたやりたい事も、あと……委員長のショタコンが治ったのも。保護欲と愛情をはき違えるなって言われた時は、思わず突っ込みそうになった」
 特にあやかの件は誰だってそうなる、むつきだってそうなる。
「柿崎たちに手を出した事はいけない事だとは分かってるけど。私が目で見たモノから言えば、皆が良い方向に変って笑ってる。ちづ姉を除いて……」
 まるで手放しでむつきを擁護しているかと思えば、最後にオチが待っていた。
 少なくとも、村上がむつきのただれた恋愛事情をどうこう言うつもりはないらしい。
 今は寮で心を静養しているであろう、那波に関して以外は。
 むしろ村上は、そこまで皆を幸せにできるなら、那波も幸せにしてと訴えているようにも見えた。
「那波の様子は、あれから?」
「昨日の夜は全く、私がトイレに行くのにも手を放してくれないぐらい。一緒に寝て、朝には少し落ち着いたみたいだけど。ベッドから起き上がる気力はないみたい」
 もう少し詳しく聞いてみたが、村上が用意した朝食を残したとはいえ半分は食べてくれたらしい。
 本当は看病という理由で村上も休むつもりだったが、那波から学校に行ってと言われたようだ。
 村上を送り出して、一人になりたいと思える程度には落ち着いたか。
 かと言ってそれは村上が相手であって、むつきやあやかと言った拒絶されたくない相手ではどうか。
「那波と会話したいが、そもそも会ってくれるのか」
「でも先生、ちづ姉と会って何を話すの? あんなちづ姉見てられないし、協力はしてあげるけど」
「会って、那波の意志を確認する。俺に出来るのはそこまでだ」
「ちづ姉の意志?」
 何故そこで微妙に受け身なのかと、本気で分からないという顔をしていた。
「俺の、俺たちの意志はずっと前から決まってるからだ」
「決まってるって、どういうこと?」
「お前たちが、ひかげ荘を知ったのはつい昨日の事だろ」
「うん、クラスの中では知ったのが遅いぐらいなんだよね」
「まだ知らない子は数人いるが。今年の四月からこれまで、俺たちは周りに隠して、二−Aの子に明かしてを繰り返して来たんだ。良くも悪くも慣れてるんだよ」
 那波については悪い方向に慣れが発生してしまったのでこの様だが。
 今までむつきがひかげ荘を知った子に求めて来た事は多くはない。
 まず第一に秘密の厳守、これについて今まで一番危うかったのが美砂ぐらいのものである。
 むつきに対する特別な行為がなければそれで終わり、しかしあるのならば。
「だから今まで通り、俺は那波に向かって両手を広げて来いって言うだけだ」
「なにそれ、そんなの来るわけ」
「美砂を筆頭に十何人も来たぞ。最近だと、のどかだな」
「皆、何考えてんだろ。どうしてそれで飛び込むの、さっぱりわかんない!」
 どちらかと言わずとも、村上の感性の方が普通である。
 俺も時々分からなくなると思ったむつきだが、黙っておいた。
「はあ……何回目のため息だろ。先生が今さら我が身を省みる事がないのは分かった。あとは、ちづ姉がどうしたいかだけってことだよね?」
「そうだな。那波がそれでも良いって言うのなら、俺は受け入れる気満々だ。美砂たちも。けど私だけをと言われたら、悪いが無理だ。俺はもう、誰か一人を選んじゃいけないところまで来ちまった」
「仮に一人を選んだら、先生が殺されちゃうんじゃないかな。くーちゃんに龍宮さん、刹那さんの武闘派三人にアタナシアさん、千草さんも。うん、殺されちゃうね」
「おい、楽しそうに言ってくれるな」
 何故か楽しそうに物騒な事を言われ、げんなりと肩を落とす。
 これでも苦労してるんだぞと思っていると、村上がパイプ椅子から勢いをつけて立ち上がった。
「私ちょっと午後は早退するね。上手く言っておいて」
「那波と話ができる様にしてくれるのか?」
「純粋にちづ姉が心配なのもあるけど、ちづ姉もまず決めないと。先生の腕の中に飛び込むのか、もう一度ほっぺたにキツイ一発を打つのか。乙女の初恋を砕いたんだもん。仕方ないよね」
「その程度なら甘んじて受けるよ。ただし、ひかげ荘の事は秘密にして欲しいが」
「ちづ姉が自棄になっても、それは流石に私が止めるよ。皆まで巻き込むのはちょっと違うし」
 認めたわけじゃないけどねと一言付け足し、村上は社会科資料室を後にした。
 バタバタと足音を立てて教室へと戻り、もう一度社会科資料室の前ですれ違う。
 鞄を手に走る姿はとても体調不良に見えないが、さてどういう形で報告するべきか。
 素直に那波が心配で何も手につかず、看病する為にという方が村上らしいだろう。
 小さくなる後ろ姿に頼んますとむつきは両手を合わせて祈っておいた。
 だから数十分後に泣きそうになった村上から電話が入るとは思ってもみなかった。
 寮の部屋に那波がいないと。









 夏場の熱気は何処へやら、十月半ばの涼し気な風が窓から吹き込みレースのカーテンを揺らしている。
 半そでの制服では肌寒いぐらいかもと思った那波だが、身じろぎ一つせず、テーブルの上の冷めた紅茶を見つめていた。
 その表情には覇気がなく、また紅茶の水面の揺れを見つめている事にも深い意味はない。
 何もする気が起きない、する気になれないのだ。
 ふと気づけばため息どころか、呼吸で胸が上下するのも気怠く感じてしまう程に。
(何もかも終わってしまった。終わらせてしまったわ)
 昨日まであれ程輝いて見えた世界。
 初恋の相手だったむつきの一挙一動に心が揺れ、自分がその隣に立てると信じて疑わなかった。
 しかし蓋を開けてみれば、自分は一体むつきの何を見て来たのだろうか。
 むつきの隣どころか、周囲には既にたくさんの女の子たちがいた。
 出遅れたどころの話ではない。
 自分がむつきを想って空回りをしている間に、二−Aのどれだけの子がむつきの胸に飛び込んだのか。
(雪広の娘である事を誇りに思っているあやかまで……)
 極普通の女の子であるのどかたちならまだ分かる。
 雪広という一財閥の娘という立場で、幾ら次女とは言え気軽に体を許して良いはずがない。
 一体どれほどの覚悟を持って、飛び込んでいったのか。
(私は出来なかったわ。いえ、飛び込むかどうか以前の話ね。先生と関係を結ぼうとした自分を棚に上げて、感情の赴くままに嫉妬の炎を燃やして、挙句……)
 昨晩の出来事が、那波の脳裏にフラッシュバックする。
 むつきに対し平手を振るい、止められぐうの音も出ない程に論破され、それでも止れず暴言を吐いた。
 息が詰まる、過呼吸でも起こしたかのようにふらつき那波はぐらりと体を傾けテーブルに手をつく。
 紅茶のティーカップが弾み、倒れそうなぐらいに傾き元の位置に戻ろうとカシャンと音を立てる。
(落ち、落ち着きなさい千鶴。ゆっくり……息を、ゆっくり)
 重くて邪魔な胸を押さえ、ゆっくりと息を吐いて吸おうと試みる。
(大丈夫。先生には呆れられ、嫌われたかもしれない。でも皆なら、あやかなら。夏美ちゃんだっている)
 初恋は予期せぬ形で失ってしまったが、一人では孤独ではないと言い聞かせる。
 中学生になってから一年と半年。
 あやかなどはもっと小さな頃から顔を合わせる中で、暴言一つで壊れる仲ではないはずだ。
 ちゃんと積み重ねて来たものがある、実家とは違うのだ。
「ふう……」
 呼吸の乱れを無理やり抑え込み、冷めた紅茶に口をつける。
「お待たせしてしまったかしら?」
「いえ」
「小さな子がなかなかお昼寝してくれなくてね。普段会えない平日に会えたものだから。お姉ちゃん、お姉ちゃんって」
 平常心に戻れたつもりでティーカップを置くと、部屋の奥から院長先生がやってきた。
 何時もと変わらない穏やかで物静かな眼差しでやれやれと笑っている。
 那波の姿は、足蹴く通っている孤児院にあった。
 特に意味があって、目的があって足を運んだわけではない。
「それにしても驚いたわ。千鶴さんが、こんな平日の昼間にふらふら歩いていたのだから」
「私も驚きました」
 実はお昼前にやはり学校へ行こうと起きて、制服に着替えたまでは良かったのだ。
 しかし寮を出て直ぐに足が駅に向かず、そのままふらふらと行く当てもなく歩きだした。
 このままじゃいけないと気力を振り絞ったは良いものの、長続きしなかったのだろう。
 今だって、院長先生を手伝い子供たちをあやしても良かったのに、お尻が椅子から浮かなかった。
 まるで夢遊病者の様にふらふらしているところを、院長先生に見つけられたのである。
「少し休ませて頂いたら、やはり学校に」
「良いのよ」
 行きますと言う前に、先んじて院長先生がそう呟いた。
 皺の奥にある優し気な瞳が、まるで小さな子をあやす様に繰り返す。
「気が向かない時に無理をすることはないわ。私も時々は、本当に時々よ。あの子たちの面倒をみる事に疲れてしまうことがあるわ。人間、好きな事でも、やらなくちゃいけない事でも嫌になる時ぐらいあるわよ」
「はい……」
 特別、なにか聞かれたわけではない。
 普通ならば、聞かれてもおかしくはないのにだ。
 院長先生は、子供たちのハイキングに託けてむつきと那波がデートをしていたことを知っている。
 実質、ハイキング中は那波がむつきの膝で眠りこけていただけだが。
 そんな那波が翌日にふらふらと学校へも行かずに、彷徨う様に歩いていたのだから。
「少し風が冷たいかしら、ちょっとごめんなさい。子供たちの部屋の窓を閉めてくるわ。何時までも夏のつもりじゃ駄目ね」
 そう言って今一度席を立った院長先生が、奥へと引っ込み、数分と経たずに戻って来る。
 本当に子供部屋の窓を閉めて来ただけなのだろう。
 椅子に座る前に台所からやかんを持ってきて、自分と那波の分の紅茶を入れ直してくれた。
「なにも、聞かないんですか?」
 湯気の立つ紅茶を差し出された時、ついに耐え切れなかったように那波が尋ねた。
「そう聞くのは、喋りたい事が何かあるのかしら?」
 質問に質問を重ねられ、ドキリと胸が跳ねる。
 喋られる、はずがない。
 むつきが自分の生徒達と、那波のクラスメイト達と付き合っていたなどと。
 しかもただ付き合うだけでなく、自宅に招いて淫らな行為を繰り返していた。
「いえ……」
 怒りも嫉妬も今はない、なのにどうしてだろう。
 秋の風よりも寂しく冷たい風が、胸にぽっかりと空いた穴を通り抜けていく。
「あら?」
 ぽとりと涙が一粒、零れ落ちた。
「やだ、止らない。すみません、なんでもないんです」
 慌てて目元を擦り上げるも、後から後から溢れ出して間に合わない。
 悲しさや寂しさなんて何も感じていないはずなのに。
 分からなくなった自分の感情が形になって目の前に現れた様にこぼれ続ける。
 一粒こぼれる度にそれを否定し続けていると、院長先生がいつの間にか隣にいた。
 肩に優しく手を置かれ、那波の泣き顔を覗き込む様にして微笑みかけてくる。
「人間はね、強すぎる感情を持つと自分でも理解しきれない時があるの。大きな絵を間近で見ると、何が描いてあるのか分からないみたいに。今の千鶴さんがそう」
「だって、もう大丈夫。平気なんです」
「じゃあ、どうして千鶴ちゃんは泣いているのかしら」
「わかんない。わかんない!」
 胸元で包み込む様にかき抱かれ、撫でられる。
 少し硬い手の平で撫でられながらちゃん付で呼ばれたからか、言葉遣いが幼くなった。
「泣きたい時は、泣いて良いのよ。無理に大人ぶって気持ちに整理をつける必要はないわ。大人になると、泣きたくても泣けないことが多いの。だから、今は一杯、一杯泣いて良いの」
「院長先生、私……私ね。やっぱり、乙姫先生のことが好きなの」
「ええ、知ってるわ。一緒にアップルパイも練習したわね。とても良い恋をしていると思っていたわ」
「でも、失敗しちゃった。一杯、一杯間違えちゃったの!」
 那波が一番悔やんでいるのは、自身の失敗である。
 突然のことで嫉妬が先行し、売り言葉に買い言葉でむつきを罵ってしまった。
 何一つむつきの事情を聞かないまま。
 むつきが本当に悪い大人で、自分の生徒を獣欲が赴くままに食い散らかす様な人であったのなら。
 那波に対しても、何度もチャンスはあったはずなのだ。
 なのに露骨なアピールも口説きもせず、那波の相談や我がままに嫌な顔せずいつも付き合ってくれていた。
 あれだけ自分の話を聞いてくれたむつきの話を、逆に那波は殆ど何も聞いていない。
 いや、聞こうともしなかったのだ。
「もっと私が、先生の話をちゃんと。だけどもう、嫌われちゃった。どうしよう、どうしたら良いの」
「あらあら、いつも大人ぶってる千鶴ちゃんらしくない。悪いことをしたと思ったら、どうしたら良いのかしら?」
「ごめんなさい、する」
「そうね、千鶴ちゃんも分かってるじゃない」
「でも、怖いの。許して貰えなかったら……」
 院長先生が優しく諭してくれても、結局のところ那波の感情はそこへ戻ってしまう。
 人一倍人に嫌われたり、疎ましく思われることが怖いが故に。
「その心配はきっと、いらないわ」
 老人特有の勘とでも言うのか、耳が遠いようで良いのだろう。
 よしよしと那波の頭を撫でながら院長先生が窓の外を見た。
 そこから見えるのは孤児院の塀に囲まれた庭先、視線はさらにその塀の外側に向いている。
 流石に塀の向こう側まで見通せているわけではないが、音で見えている様なものだ。
 遠くから段々と近づいて来るエンジン音、やや急ブレーキ気味にそれが塀の向こう側で止った。
 そこでようやく那波も、誰かが車を降りて慌てて走っていく音を耳で捕えられた。
「院長先生、那波が」
 門から飛び込み、窓からちらりと院長先生の姿を目に止めたのだろう。
 玄関に回ったり、挨拶する間も惜しんで声を掛けて来ていた。
 咄嗟に那波が院長先生の影に隠れようとしたが、もう遅い。
 窓にかじり付く様に身を乗り出したむつきの視線は、悪戯を見とがめられた子供の様な那波を見つけていた。
「良かった。やっぱりここか。心配したぞ、那波」
「心配?」
 へなへなと窓枠に上半身をへたり込ませたむつきの言葉に、那波がちらりと顔を覗かせた。
「心配、どうして……」
「どうしても、こうしてもあるか。那波、良いか。逃げるなよ、そこにいろよ。院長先生、ちゃんと捕まえておいてくださいね。本当に、お願いします!」
「ええ、もちろんです。玄関から、どうぞ」
「え、あっ……」
 抱きしめるでなく、キュッと捕獲された那波は逃げるタイミングを逸していた。
 いや、むつきの心配という言葉を聞いてそのつもりはなかったのだが。
 こう幼い子に向けて捕まえたとされるようにしては、逃げたくなるのが人間の性である。
「院長先生、あの……まだ、心の準備。私、目赤くなってませんか? 頬が腫れぼったいとか」
「今の千鶴ちゃんは、ウサギさんみたいなおめめよ」
「だめ、放してください。せめて、顔を洗わせてください」
「ふふ、暴れちゃだめよ千鶴ちゃん。お迎えが来たから、大人しくしてましょうね」
「あと、私もうそんな子供じゃありません!」
「あらあら、さっきまでわんわん泣いていた子が。大人ぶりたい年頃なのね」
 玄関から上がってからは、急ぎ足でやって来たむつきは呆気にとられた。
「なんだこれ」
 院長先生に子供の様に抱きしめられた那波が、放してくださいと抵抗していた。
 さながら祖母に歳不相応に可愛がられている孫のような光景である。
 とても情緒不安定になって寮を飛び出した様には、とても見えなかった。
「えっと、那波……迎えに来たんだが」
「先生、今の私。あの、ちょっと見せられない顔で。謝りたくても」
「なんでお前が謝るんだ? 謝るのはこっちだ。本当はもう少し落ち着いて話すつもりだったんだが」
 とは言え、院長先生がいるこの場でべらべらしゃべるわけにもいかず。
 かと言ってもうこれ以上は、話を拗らせたくもない。
 だから単刀直入に、むつきはとてもシンプルな行動に出ることにした。
 恐らくはこの程度ならと。
 ある程度、那波の気持ちを察しているであろう院長先生なら見逃してくれると思ったのだ。
「那波、千鶴……来い。この際、細かいことはさて置き。俺のところに来い」
「先生?」
 事前に村上に宣言した通り、むつきは両腕を広げた。
「顔をみられたくないなら、伏せたままでも良い。俺のところに来い」
「先生……」
「行きなさい、千鶴さん。貴方はもっと我がままになって良いの。言いたい事を、やりたい事をして良いの。自分の我がままを、気持ちを全力で受け止めてくれる人は貴重なのだから」
 昨日、村上にも同じような事を言われたはずだった。
 周りから年齢以上に大人に見られやすい那波は、自分からも大人の様な態度をとっていた。
 同じ年齢の妹分という村上がいたり、子供好きが高じて孤児院に入り浸っていることもある。
 周りの我がままや気持ちを受け入れる事はどんどん上手くなったが、逆に自分の気持ちを露わにすることが知らず苦手になっていたのだろう。
 そのつもりが本人になかったからこそ、余計に。
「先生!」
 だから一切の遠慮なく、那波は自分がしたい様にむつきの腕の中に飛び込んだ。
 抱きしめられるより先に自分からむつきの背に腕を回して抱きしめる。
「先生、好きです」
「おう、知ってる」
「それから、またアップルパイ作ったら食べてください」
「いくらでも、むしろ作ってくれ」
「もう少し強く抱きしめて、もう一度千鶴って名前で。そらから……」
「千鶴、これぐらいで良いか?」
「もう少し、もっと」
 本当は力が強くて苦しいぐらいだったが、我が侭が止まらなかった。
「それから、先生の事を教えてください。たくさん、たくさん知りたいです。逆に私の事も一杯知ってください。こんな我儘な私でも、受け入れて貰えますか?」
「こんな可愛い我がままなら、いくらでも聞いてやるよ」
「先生、そんなに何でも許されたら……本当に我がまま一杯言ってしまいます」
「それがお前の本心なら、受け止めるのが俺とあの場所の役目だ。そこのところも説明しないとな」
 あの場所と言われ、千鶴に思い当たる場所と言えば一つしかなかった。
 むつきの家、皆がたまり場として使っているひかげ荘である。
 何故自分の本心をさらけ出すことが、むつきのみならずその家にも関わって来るのか。
 皆が知っているのに、私が知らない事だと千鶴が頬を膨らませて拗ねる。
 むつきの肩口に顔を埋め、首筋にでも噛みつこうかと思ったところである事に気づいた。
「あの、院長先生……」
「あら、もう良いのかしら?」
 むつきの腕の中で必死に振り返ろうと首を曲げるも、その姿を見る事は叶わなかった。
 しかしからかいの成分のない純粋な問いかけに、まだ足りないとむつきを抱きしめ直すか迷う。
 最終的にむつきの腕の中におさまることを選んだ千鶴の代わりに、むつきが言葉にした。
「あー……院長先生、以前から察してはいたかもしれませんが」
「ええ、知っていましたとも。多少、たきつけた事もありますし」
「たきつけた?」
「いえいえ、なんでもありませんとも」
 むつきと千鶴を孤児院の倉庫に二人きりになる様に閉じ込めた事である。
 もちろん、それを知っているのは当人と千鶴の二人だけであった。
「俺と千鶴は教師と生徒ですが……できればこのことは見逃しては貰えないでしょうか? 千鶴、ほんの少しだけ待ってくれ」
 名残惜しげにする千鶴を宥め、一度抱き合うのを止めてむつきは院長先生へと頭を下げた。
 これには幸せ満開だった千鶴もハッと我に返る様に、むつきにならって頭を下げる。
 もちろん、勝算あってこそのお願いであったが、次の院長先生の言葉に血の気が引いた。
「さあ、どうしましょう」
 思わず下げた頭をあげて、そう楽し気に呟いた院長先生を凝視してしまった。
「そうね。では、こうしましょうか。千鶴さんも乙姫さんも、お互いに我がままを言い合って、受け入れ合って、幸せな恋人であり続けられるのなら見逃しましょう」
「それはもちろん、お約束します。千鶴の我がままをたくさん聞いて、俺も我がままをたくさん言います」
「院長先生、ありがとうございます」
「それでももし、なにか嫌になることがあればまたここに泣きにいらっしゃい。乙姫さんが迎えに来るまでは、匿ってあげるわ。どうにも乙姫さんはモテそうだから、時々はヤキモキさせてあげなさい」
 この人は千鶴のみならず、むつきの周囲にいる女の子たちの影でも見えているのか。
 千鶴は少し微笑んでからはいと答えたが、むつきは曖昧に笑うことしかできないでいた。
 それにしてもと、ふとむつきは思った。
 千鶴が孤児院に足蹴く通っていたのは、何も子供好きだったからだけではないのかもしれないと。
(案外、院長先生に理想の親の影を見てたのかもな)
 もちろん、あえて根掘り葉掘り聞くような事柄ではなかった。
 千鶴自身が無自覚かもしれないし、大事なのはそこではない。
 むつき以外にも我がままを言える相手、頼れる相手がいる事は悪いことではないのだから。

第百三十六話 嫌わないで、一人にしないで

 那波のカレーが、むつきの口に吸い込まれるように消えていく。
「ん、お代わり」
「あっ、はい」
 綺麗になってつきだされたお皿を前に、嬉しいより先に唖然としてしまう。
 自信作とは言ったもの特別なものなど、愛情以外はいたって普通のカレーである。
 失敗を繰り返したからこそ、普段通りに手慣れた手順と味で作り上げた。
 多少、玉ねぎを炒めた時の飴色への変わり具合など、普段よりは注意してみていたかもしれない。
 だがその程度で劇的に味が変わるはずがないだろう。
 なのにむつきはカレーがまるで飲み物であるかのように食べ、実はこれで二回目のお代わりであった。
「むつき、お前……そんなに食べて腹は大丈夫なのか?」
「平気、平気。那波、加減しなくて良いから。普通によそってくれ」
 エヴァが心配してしまう程の勢いであるが、まだ衰える様子はなさそうだ。
「夏美ちゃん、普通よね? 不味くて、逆に演技してるとかないわよね?」
「いつも通りのちづ姉のカレーだよ。美味しいから、自信持って」
「なら、良いんだけど……」
 むつきが余りにも勢いよく食べる為、返って不安にさせたらしい。
 那波がカレー皿にご飯をよそいながら、こっそり村上に確認していた。
 自分でも一皿平らげた後だというのに、余程自信を喪失していたようだ。
「五月、こっちもお代わりネ。うーん、エネルギーが枯渇した体に染み渡るヨ」
「研究に没頭していたせいで、昨日の夜から何も食べてませんでしたし。さよさん、私もお願いします」
「超さん、葉加瀬……怒りますよ?」
 同じくお代わりと空のお皿を差し出した小鈴と聡美は、五月の怒り顔にひゃっと体を縮こまらせた。
 二人は研究肌なので寝食を良く忘れるタイプだ。
 しかも地下室でひっそりと行うので、誰にも気づかれることがない。
 茶々丸か誰かに監視でもさせたいところだが、その生みの親なので平気で記録を改ざんされそうだ。
 困ったものだと一旦諦めてカレーをよそった五月だが、ピンとひらめくものがあった。
 特に聡美に対し、よそったカレーを渡す際に、お皿と一緒にある言葉を耳元に置いた。
「私も余り人の事は言えませんが。あまり不摂生が過ぎると、ガリガリでみすぼらしい体を先生にお見せする事になってしまいますよ」
「ぐぅ……可及的速やかに改善案を提出します」
「あっはっは、葉加瀬は研究に寄り過ヨ。その点、私は無駄のない完璧ボディネ」
「自分が良くても、周りに心配かけちゃ完璧にはほど遠いぞ。亀仙人も言ってたろ。良く動き、良く学び、良く遊び、良く食べて良く休む。お前らは普通なら皆がしたがる、良く休むが抜けてるんだよ」
 何気に名言だよなと呟きながら、むつきは三杯目のカレーにスプーンを突き刺した。
「先生は意外と漫画を引用されたりしますわね。その割に、お部屋に見当たりませんけれど」
「実家にはあるぞ。一人暮らししてた時に、部屋を圧迫するから買うの止めてそれっきりだ。最近のは、お前らが持ち込んだ遊戯室にあるもんぐらいしか読んでないし」
「そう言えば、私にも聖典を勧めてきたな」
「オタクでもないのに、漫画を聖典って言うなよ」
 あやかの指摘に、エヴァがやや懐かし気にヒカルの碁を貸されたことを思い出した。
 今やそれを聖典と呼んだことには、おいおいと千雨に突っ込まれたが。
「…………」
 そんな普段通りのむつきたちのやり取りを前に、那波は胸の前で手の平をギュッと握りしめていた。
 今自分が抱いている感情がなんなのか、正確なところは良く分からない。
 ただ良く見知ったクラスメイトのはずなのに、奇妙な疎外感を感じてしまう。
 その理由を知りたいと、今すぐ聞きたいと思うがグッと我慢する。
 まずは自分の我がままをやり遂げてから、村上に言われた通りにやりきることに決めていた。
「先生、美味しいですか?」
「凄く美味いぞ。流石に四杯目は無理だけどな。さあ、これで完食。ああ、食ったぁ!」
 三杯目、最後の一口を放り込み、やり遂げたとでも言う様にむつきが行儀悪く両手を上げた。
「今日は本当に良く食べられましたね。はい、お茶をどうぞ」
「サンキュー、さよ」
 熱いお茶で口の中に残ったカレーの残照を洗い流す様に飲み下す。
 喉元をお茶が流れていく熱さにまた唸り、ほっとむつきが息をはいた。
「うん、満足。何度も言うと嘘くさいらしいが、美味かった」
「お粗末様でした」
 むつきの言葉に初デートとして、少しは空回りし続けた努力が報われた想いである。
 いや、最終的には普段の行いである料理の腕が無駄な努力を上回ったとも言えるか。
 今のむつきの笑顔と言葉を噛みしめる様に、那波は深く頷いて返した。
 那波としても最終的には十分に満足できるデートと言えるようになった。
 我がままを貫き通して、それを真正面から受け止めて貰って。
 だが喉に引っかかった小骨の様な事実が、一つ残ってしまっていた。
「さてと……」
 息を吹きかけお茶を覚ましながら飲んでいたむつきが、ふいに区切りをつける様に呟いた。
 ことりと小さな音を立てて湯のみがテーブルに置かれると、皆の視線が自然とむつきに集まった。
「那波、今日のデートはやりきったか? 思い残しはないか?」
「はい、やりきりました。ずっと失敗続きでしたが、今では十二分に挽回した思いです。今日は本当に、重ね重ね我がままを言いました」
「女の我がままを許すのが男らしいからな。小太郎君、何処でそんなこと覚えて来たんだか」
「千草さんが見てるドラマなんだって」
 村上よりもたらされた情報に、含蓄ある様なそれが一気に薄っぺらく思えた。
「ま、まあ……それはさて置き、本題だ」
 テーブルを挟み、対面に座る那波へとむつきは視線を向ける。
 那波に加えて、村上も半ば巻き込まれる形ではあるが姿勢を正していた。
 特に先に三階の千雨の衣裳部屋を見た村上は、むつきの説明を先んじて予想できているのだろう。
 時折、大丈夫かなと心配げな視線を、緊張気味の那波へと向けていた。
「このひかげ荘は正真正銘、俺の家だ。最初に言ったが、夏の旅行の時に爺さんから正式に相続もした。代わりに他の遺産は全部放棄したが、それは余談だな。那波が一番聞きたいのはこいつらの事だろ?」
 右隣にいたエヴァではなく、むつきは左隣にいた美砂の頭に手を置いた。
 ぽんぽんと軽く叩いてから髪をくしゃりと乱暴気味に撫で、後に親しみを込めて髪を梳く。
 特に後半の髪を梳くやり方は、教師が生徒に対するそれではない。
 髪は女の命とは良く言ったもので、女の子は特に異性に気軽に触れて欲しくはないものだ。
 髪に触れられるどころか、手櫛を通され喜ぶなど特定の異性だけ。
 実際に美砂は嫌がるどころか、自慢の髪を誇る様に鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌だった。
「ここは単なるたまり場ってわけじゃない。俺は生徒である美砂たちと付き合ってる」
「たちって……」
 たちという複数形に村上が疑問符を浮かべ、軽く視線を巡らせてさらに目を丸くした。
「その他大勢にされたのは若干不満だがな」
「細かいこと言うなよ。一人一人名を上げてったら、ぽろっと誰か抜けかけねえだろ」
「恋人になっていない方を上げた方が、確実かもしれませんわね」
「委員長の言う通りネ。春先はまだしも、今や二−Aの八割がたが親愛的の恋人ヨ」

 エヴァが私が筆頭だとでもいう様に胸を張り、微笑ましくも呆れながら千雨がそう呟いた。
 あやかも誰か抜け掛けないという言葉は否定していなかった。
 小鈴までが照れる事も気後れする事もなく、胸を張った集団である。
 さよや五月、聡美の三人は気恥ずかしそうにしながら、控えめに手を上げて自己主張していた。
「一体……一体、何時から?」
 いつの間にか視線をむつきからテーブルの上に落していた那波が蚊の鳴くような声でそう尋ねて来た。
「私は今年の四月、一番最初」
「私も四月頃にはここにいたけど、厳密に恋人になったのっていつだっけか」
「麻帆良祭の後が夕映さんで、千雨さんや私は夏休み前後でしょうか?」
「私は夏休みに入ってからです」
 美砂に始まり、少々時期があやふやな千雨とあやか、それからさよと続く。
 さよは初対面でプロポーズを受け初体験を済ませているが、千雨やあやかはセックスフレンドの時期がある。
 恋人になった日と言われても、初体験なのか曖昧な意味でエッチをした日か。
 何時からと問われると、良く分かっていない子も多いのであった。
「そういえば、柿崎や長谷川さんって初体験済ませて」
「もちろん、先生」
「まあ、そういうこった」
「まさか、委員長たちも……」
 いくら何でもと特にあやかや小鈴を見て村上が呟き、満面の笑みで返された時である。
 心中で爆発した思いを露わにするように、那波が勢いよく立ち上がった。
 後ろに椅子を引く間もなく、勢いに負けたそれがガタンと後方に倒れた。
 むつきから見て立ち上がった那波を見上げる形となったが、その表情は伺い見る事ができない。
 伏せる様にうつむいた彼女の顔が長い髪に隠れる様になっていたからだ。
 しかし顔を見ずとも、その心中は立ち上がると同時に振り上げられていた手がはっきりと示していた。
 処理しきれなかった感情を暴発させるように、むつきへと目掛けてその手が振り下ろされる。
「ッ!」
 その程度ならと覚悟して、むつきは奥歯を噛みしめ避ける様子さえ見せない。
 だが結果から言うと、那波の手の平がむつきの頬を打つことはなかった。
「痛ッ、くっ……」
 むつきの頬が叩かれる寸前、那波の腕をアタナシアが掴み取っていたからだ。
「放して、ください」
「アタナシア……一体何処から、ていうか。放してやってくれ、痛がってるし。力込め過ぎ」
「ふん」
 むつきに言われ、本当に不承不承と言った感じでアタナシアが那波の手を放した。
 それでも気がおさまらない様子で、アタナシアと那波は互いに睨み、睨み返されている。
 しかし、本当に何時の間に、それも一体何処から現れたのか。
 那波がむつきに手をあげようとした衝撃が、若干ながら薄れてしまう程だ
 驚きと別の感情を浮かべているのは、やっちゃったと顔を手の平で押さえている小鈴。
 または呆れたような苦笑いを含んだ聡美と五月、さよである。
「びっくりした。おい、エヴァンジェリン。お前の姉ちゃんがご立腹……また、いねえし」
「エヴァなら、囲碁の対戦予定があると上にいった」
「この修羅場で本当にフリーダムね、エヴァちゃん」
 千雨が助けを求めてエヴァを探すも、アタナシアが言うには囲碁をしに行ってしまったらしい。
 気まぐれ子猫はむつきに貫通されても、性根が変わらないようだ。
「待て、急に出て来て。那波にも怒る権利ぐらい」
「ない」
 宥めるなら組みし易いアタナシアからとむつきも立ち上がったが、即答された。
「どうしてですか?」
「この場でむつきのただれた恋愛事情に文句をつけられるのは一人だけだからだ。村上夏美、貴様だ」
「わ、私ぃ!」
 アタナシアの名指しに、椅子から転げ落ちるように机の下に隠れていた村上が素っ頓狂な声を上げた。
 当人としては、一番無関係な、第三者のつもりである。
 もちろん、姉と慕う那波の恋愛事情なので全く無関係ではないが、なにかを言う立場にない。
 今の那波には声も掛けられないので、村上が助けを求めたのはむつきとクラスメイトだった。
 しかしその誰もが、何故村上がと小首をかしげているのだから助けにならないではないか。
 ここに来る前に寮に帰っておけばと後悔しても、色々と遅い。
「あのぉ……私は特に先生に恋愛感情もないし、一番そう言う立場から遠いと思うんですけど」
 逃げられないと観念したように、那波を伺いながら村上が小さく、本当に小さい声で意見を試みた。
「恋愛感情がないからこそだ。村上夏美、お前は法に守られるべき普通の子供なんだ。だが、那波千鶴。お前は違うな?」
「単純に、見た目といった話ではないですよね?」
「当たり前だ。貴様、今日のむつきとのデートした上に、事前に超鈴音からピルを貰ったな?」
「それは、長谷川さんや柿崎さんが……」
「二人は情報を、選択肢を与えただけだ。最終的に貰うと決断したのはお前だ。言い訳がましいことを言うな」
 那波の言葉を断ち切る様にピシャリと言ったアタナシアは続けた。
「デートが上手く行けば、あわよくば抱いて貰おうと思った。教師であるむつきに、生徒であるお前がだ。お前は自分から法を逸脱しようとした。例えそれが未遂でもだ。だからむつきを非難する立場にないんだ」
「だからと言って、教師が生徒に……あっ」
「法が正義なら、そうだな。教師は生徒に手を出すべきじゃない。ん? 矛盾しているな。どうしてお前だけが教師であるむつきに手を出されて問題ないんだ?」
 完全にぐうの音も出せず、那波は悔し気に唇を噛むだけで何も言えなかった。
 何もかも、アタナシアの言う通りだったからだ。
 むつきの事を生徒に手を出した犯罪者などと呼べやしない、自分が手を出して欲しかったから。
 そうなりたかった、教師と生徒という枠を超えた関係に。
(振り上げた私の手は、法や道徳を元にした義でもなんでもない。私自身の我がまま、どうして私じゃないのか。嫉妬、どうして私だけじゃないのかという。嫉妬を元にした癇癪)
 理詰めでここまで誘導され、理解できないと叫ぶほど支離滅裂ではないつもりだ。
 しかしおさまらない、理詰めではおさまらない感情がある。
「確かに私も褒められない事をしようとしました。けれどだからと言って、先生の行いが肯定されたわけではありません。先生は未成年である生徒に手を出した……」
 一度熱された感情は生半可な事では冷える事はない。
 アタナシアに押し詰められた理でさえ、感情という名の炎を猛らせる薪となる。
 彼女自身が言ったのだ、那波はまだ未遂だと。
 自分は未遂だが、むつきは違う。
 その先を考えるだけならまだしも、口にしてはどうなるのか。
 感情が先走り過ぎていて、考えを巡らせる余裕さえなかった。
「先生は許されないことをした犯罪者です!」
 そう叫んだ言葉の意味を自覚した瞬間、那波が腰から砕ける様に床の上へとへたり込んでしまった。
 色々と情報過多で感情が振り切れてしまったかと、むつきたちは慌てて机の下から覗き込んだ。
 女の子座りで呆然としていた那波の瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちていた。
 すすり泣くことも、喚き鳴くこともなく、ただ静かに滴が零れ落ちる。
「那波、大丈夫か?」
 駆け寄って良いものか、悩んだ挙句一先ずむつきが声を掛けると、那波がビクリと震えた。
 その視線がむつきに始まり、同じような格好で机の下を覗き込む美砂たちへと移り変わっていく。
 今の那波は机の影にいる事を踏まえても顔色が悪い、より一層悪くなっていく。
 弾劾の言葉を吐いた側とは思えない、逆に弾劾された側の様な。
 まるで暗闇に怯える子供の様でもと思った所で、むつきがある事柄に思い当たった。
「大丈夫」
 声色を変えて尋ねるのでなく、幼い子をあやし言い聞かせるように呟いた。
 四つん這いで机の下を潜り、そっと頭を撫でようとしたら那波が怯え頭を抱え込んだ。
「……なさい、ごめんなさい。嫌わないで、一人にしないで」
 どうやら本当に悪い方にむつきの予想は当たってしまったらしい。
 寂しがり屋で孤独を嫌う那波ならば、むつきの本当の姿を知っても周りに訴えない思っていた。
 仲良し二−Aのクラスメイトに拒絶されない為に。
 だが実際はむつきの想像以上に那波は孤独を嫌っていた。
 むつきを否定した結果、那波は皆に拒絶されることを酷く怖れている。
 感情に任せて頭で考えるより先に、むつきを拒絶するような言葉を放ってしまったから。
「わ、私は謝らないぞ」
 孤独を異常に怖がる那波を、むつき以外の面々は知らない。
 特に切っ掛けを与えてしまったアタナシアは、顔を引きつらせ視線を逸らしていた。
「誰も責めちゃいないよ。甘く見てたのは俺だ。村上」
「はい……ちづ姉、大丈夫だから」
「田中さんに寮まで送らせる。那波をなんとかしてやりたいが、宥めている時間がない」
 金曜か土曜なら泊まって行けと言えるが、生憎明日は月曜で寮に返さなければならない。
 その上、まだ門限こそ厳密にはないが、四月の美砂の行いで生徒の帰宅には気をつけているところがある。
 元々、今日は那波に明かす予定ではなく、むつきのミスが目立ったとも言えた。
「明日また折をみて話すから、少し落ち着いたら俺は全然気にしてないって伝えてくれるか?」
「うん、わかった。ちづ姉、立てる?」
 村上が那波を支えようとするが、体格的に一人では支えきれなかった。
 かと言って、むつきが手伝おうとしても、那波が怯える上に寮まで入れない。
 それを見かねて同室のあやかが他の皆より一歩早く、村上の逆側から支えようとする。
「千鶴さん」
「ッ!」
 だがあやかの声を聞いても那波は体を小さくさせてしまう。
「委員長、気にすることないヨ。茶々丸の妹たちに手伝わせるネ。葉加瀬」
「茶々丸、聞こえてたら妹を二人ぐらい連れて来て」
「どうやら私たち、全員駄目っぽいな。委員長、今日は私の部屋に泊まりに来いよ。お互い、気が休まらないだろ」
「そうさせていただきますわ。夏美さんには、押し付けるような形になってしまいますが」
「うん、私は大丈夫。何時もちづ姉にはお世話になってるから、これぐらい」
 最終的に那波は茶々丸の姉妹二人に支えられて立ち上がった。
 しかし顔は伏せたまま、村上の手を強く掴んで決して放さないようにしている。
 今の那波にとって村上が唯一のよりどころのようだ。
 村上自身、それを理解して痛いぐらいに強い力で握られていても、文句一つ言わない。
 むしろ今の那波の心中を労わる様に、手を重ねて包み込む様にしていた。
「心配だから、私もこのまま寮に帰るね」
「だな、こんなメンタルで衣装作りたくないし。今日来てなかった奴に説明もいるだろ」
「茶々丸の姉妹の事もあるし、一旦帰るネ」
「我々は研究の途中なのでまた戻ってきますが」
 美砂や千雨、委員長も同じ超包子の電車で帰るようだ。
 小鈴と聡美は何か寮をごまかす手段があるのか、元々寮側が把握できていないのか。
 那波はひかげ荘を出て超包子の電車に乗るまでの間、一度も顔をあげる事はなかった。
 周囲の特にむつきの関係者からの視線を避ける様に、怯え続ける様に。
 むつきが那波にまた明日なと一言付け加える事さえできない。
 せいぜいが、美砂たちに俺が話すから変に那波へアクションを起こすなと告げるぐらいだった。
「不味かったな。もう少し計画的に……」
 那波を乗せた超包子の電車を見送り、道の角を曲がって消えた頃にぽつりとむつきは呟いた。
 折角、挽回できたはずの那波のデートが最後の最後でまた壊れてしまった。
 ひかげ荘に戻ろうと、石段を登りながら今日一日を振り返る。
 元々は、今日に那波へと明かす心算はなかった。
 いや、全くなかったかと言われれば、なかったとも言えない。
「のどかへの説明が行き当たりばったりで、上手く行ったからな」
 同じように、いやさらにその前から。
 皆が皆、一様に受け入れ、それでもと言ってくれるものだと甘い考えが少なからずあった。
「全部、都合の良い様に考えてたんだ。那波だって、喜んで嫁になってくれるって」
 石段を登りきる頃には、全て自分の甘さが招いた結果だと結論付けられた。
 いや、甘いというのならあの状態の那波を返したのも甘い。
 あの状態の那波が警察や父兄に事を明かすとは思えないが、村上がどう動くかは分からなかった。
 アタナシアが言う様に、現時点で正面からむつきを弾劾できる資格を持っているのは村上である。
 監視・監督者という意味では釘宮もそうだが、彼女も黙認していた事実がある。
「まあ、なんにせよ」
 ひかげ荘の玄関を開けて、もう一人の怯える子犬を見つめる。
「むつき……」
「アタナシアのせいじゃないって言ったろ」
 悪い意味で那波をたきつけてしまったアタナシアが、ご主人様の帰りを待つ子犬の様におろおろしていた。
 むつきが帰って来た瞬間、ぱっと明るくなった表情がまた沈んでいく。
 怒られるかなとビクビクしている彼女の頭を撫で、ギュッと抱きしめてやる。
 耳元で今一度、アタナシアのせいじゃないと言い聞かせ、程なくしてアタナシアの緊張がほどけて行った。
「わ、私は……宮崎のどかの様に、反骨心で持って言い返して来るものだとばかり」
「そう言うのを俺が期待してなかったわけじゃない。よしよし、大丈夫。大丈夫」
「むつき、すまん」
「結果的にはああなったけど、本当なら俺が事前に察して止めるべきだったんだ。アタナシアはあれで良いんだ。後は俺が何とかするから」
 安心した反動か、ぐすぐすと鼻を鳴らし始めたアタナシアをさらに抱きしめる。
 しかし、姉がこんなにも心細くなっているのに、妹である気まぐれ子猫は何をしているのか。
 囲碁がそんなに大事かと、今度お尻ぺんぺんしてやると密かにむつきは心の閻魔帳につけておいた。
「今日はもう、お風呂に入って寝よう。一晩中、ギュってしててやるから」
「一緒に入ってくれるか?」
「流石に駄目。そんな気分じゃないし。仮に暴走してヤッちゃったら、凹むから」
「ケチ、でも好き。大好き」
「はいはい、意外とアタナシアもエヴァと同じぐらい甘えん坊だな」
 背を屈ませ、胸元に頬ずりしてくるアタナシアをエヴァにするようにあやす。
 しばらく彼女の好きにさせ、それから風呂に行かせる。
 今日は五月が帰ったので、さよ一人であの人数分の洗い物をさせるわけにはいかない。
 むつきも手伝ってからさよもお風呂に入れ、三人で抱き合いながら眠るのだ。
(エヴァは罰として、ハブだな。ハブ)
 全然、罰になっていないことを知らないむつきであった。

第百三十四話 私もいつか、こんな風に誰かを想ってあたふたしたりするのかなあ?

 二段ベッドの上段でタオルケットに包まれていた村上は、寝ぼけ眼でふと思った。
(おトイレ……)
 尿意に起こされ、軽く目元をこすり、おぼろげながらに思い出したのは昨晩の狂乱だ。
 水泳部の新人大会にてアキラが当然の様に優勝を決め、神楽坂も表彰台こそ逃したが入賞した。
 そのお祝いと称して、ジュースとお菓子でどんちゃん騒ぎ。
 就寝前にもトイレに行ったが、少しジュースを飲み過ぎたらしい。
 もそもそと寝ぼけ眼のまま寝床から起き上がる。
「あふぅ、暗いなぁ」
 妙な時間に起きてしまった物だと、おっかなびっくり梯子を下りていく。
 ルームメイトが寝ているので、大っぴらに灯りをつけることもままならない。
 無事、梯子を踏み外すことなく着地した時、視界の端に何かがよぎった気がした。
「ん? ほぁ?!」
「夏美ちゃん?」
 正直、眠気が吹き飛ぶほどに驚いた。
 こんな時間に赤玉の薄明かりの下でぼんやりと人影があったのだ。
 正確な時間帯は不明だが、カーテンの向こうは未明と言えるぐらいに暗い。
 口から心臓が飛び出すより先に、下半身が洪水になると内股になって手を挟む。
 普段、食事を囲むちゃぶ台テーブルの前にいたのは、淡いブルーのネグリジェ姿の那波だった。
「な、なにしてるの。ちづ姉、電気もつけずに」
「え、いえ……別に、その」
 暗がりで時計は見づらく正確な時間は不明だが、まだまだ夜明け前だ。
 問われた那波は軽く言葉を濁しながら、そそっと体を傾ける様な仕草を見せた。
 なんだろうと村上も体を傾けると、その視線を通せんぼされる。
「千鶴さん、隠そうとしても私の視界からは丸見えですわ」
「ひゃ、あやかまで。これは、違うのよ?」
 那波と村上、二人の二段ベッドとは別のベッドから、新たにあやかから声を掛けられる。
 ベッドの落下防止柵に乗り上げる様に体を預けるというはしたない恰好だが、その声色は少し優しかった。
「委員長? ちづ姉は何を隠してるの?」
「なにも隠してないのよ、夏美ちゃん。本当よ、信じて」
「昨晩のどんちゃん騒ぎ中に、こっそり超さんにお願いしたピルですわ」
「へぇ、ピルかぁ……あっ」
 あやかがこともなげに指摘した為、村上も釣られた様にその名をオウム返しに呟いた。
 だが数秒後に、自分が呟いたその名を理解して、何かを察すると同時に頬を赤らめる。
 純情無垢な女子中学生ならば、口にするのも躊躇われる言葉だ。
 しかも村上は、那波がそれを誰とする為に貰ったかも聞かされていた。
 細部は非常にあいまいだが、思わずむつきと那波が裸で抱き合う場面が頭によぎってしまった。
 ただどうやら那波も、似たような事が頭をよぎったらしい。
 ピルが入った小さな桐箱を隠す様に豊満な胸に抱き、蛍の様に顔を火照らせ俯いている。
「とても初々しいですわ」
 二人ともに羞恥で頭が一杯で、あやかのそんな言葉が耳に入ることもなかった。
 ただまだまだ空が白む前の事である。
 寝不足は美容の大敵と、あやかが気を利かせた。
「千鶴さん、期待に胸を膨らませるのも良いですが。このままでは、目元にくまを作った状態で先生にお会いすることになりますわよ。眠れなくても、ベッドに入って目を閉じる事をお勧めしますわ」
「そうね、あやかの言う通りね」
「そ、そうだよ。それに必要になるとまだ決まったわけでもないしね」
「え?」
 村上の言葉は、はやくこの会話を終わらせて寝る流れに持って行きたい一心である。
 しかし那波はそれにとても意表をつかれた思いであった。
(あら、そう言えば……絶対そうなると決まったわけではないわね。別に先生からピクニックの後はと言われたわけでも。あっ)
 村上の言葉を発端に、ある事に気づいて那波は顔を上げられない程に恥ずかしくなった。
 最初はただ、のどかが余りにも可愛くなったので、むつきと何かあったのではと焦っただけだ。
 それでちょっと勇み足で、そう言う関係になっても良いかもと思い避妊方法を求めた。
 そこまではまだ良かった。
 なのにいつの間にか、那波の中でむつきとセックスする事が確定事項であるかの様にすり替わっていた。
 良く良く考えたら、孤児院の子供たちを連れて、院長先生も一緒にピクニックに行くだけ。
 昼前に出発して、お昼を食べて子供たちを遊ばせて、帰って来るのは夕方頃になるだろう。
 普通ならそこで解散、そこからどうする。
(解散しても夏美ちゃんや小太郎君もいるのに、先生が私だけ誘うとかありえないわ)
 那波の中のむつきはとても誠実で、これから俺の家に来いよというタイプではない。
 じゃあ明日は遅刻するなよと解散するか、時間も遅いからと村上ともども寮に送られるだけだ。
 本当に体を許すならば、那波の方から何か間接的にでも合図を送らねば始まらないだろう。
 今日は帰りたくない、なんてテンプレート的な台詞でも言えと言うのか。
 ムードのある食事後等なら兎も角、子供たちとのほほんとピクニックに行った後に言えやしない。
 ピクニック中ずっと悶々と体を持て余していた淫らな女ですと、言うようなものだ。
「ちづ姉、突然つっぷしてどうしたの? 頭抱えてるから、寝ちゃってはないよね?」
「千鶴さん、おいたわしや」
 ピルを前に固まっていた時とは違い、別の意味で羞恥に悶え悩む那波である。
 二人から心配されても、羞恥は倍加し、悩みが解決するわけでもない。
 しばらくそっとしておくしかないと、あやかは話を完全に変える事にした。
「ところで、夏美さんはお手洗いはよろしいので?」
「あっ、そうだった。でも、ちづ姉が」
「私たちでは力不足ですし、今はそっとしておきましょう。私も少々お花を摘みたく」
「そ、そうだね。ごめん、直ぐに済ませてくる」
 少しだけ後ろ髪をひかれつつ、尿意を思い出した村上はぱたぱたとトイレへと駆け込んでいった。
 残されたのはまだまだ羞恥が引かない那波と、悶々とし始めたあやかである。
(ばか、ばかばか私のばか。これじゃあ。まるで。先生に抱いて欲しくて、淫らな事ばかり考えて期待しているみたいな。それで眠れなかったとか。ああ、もう。穴があったら入りたいわ!)
(千鶴さんはチャンスがあるだけ……うぅ、話の内容が内容なだけに体が妙に火照って。ああ、先生とおセックスがしたいですわ。おセックス、先生の殿方をあやかの女の子に!)
 普段、土日のどちらかはひかげ荘にいて、セックスか、しないにしてもスキンシップをしている。
 今日は水泳部の応援から祝賀会と足を運べず、明日は夕方までむつきはいない。
 夕方という言い方も曖昧で、ほぼできないと考えて良いだろう。
 あやかはひかげ荘でのセックスでストレス発散している面もあるので、完全に抜きは辛い。
(こうなったら、一旦オナニーで体を鎮めましょう。先日は亜子さん提案の先生が放課後の教室で我慢できなかった妄想、悪くなかったですわ。何度も謝りながら逆に激しく腰を突き上げる先生……んー、シチュエーションに迷いますわね)
 村上がトイレの個室で開放感に満たされる中、那波とあやかは全く違った意味で悶々とし続けていた。









 残暑という言葉は遠く、秋晴れの風が心地よいピクニック日和であった。
 ピクニックの行先は、麻帆良市内にある緑化公園である。
 花壇には秋桜を始めとした秋の花が咲き誇り、公園内のほぼ全てが芝で覆われていた。
 家族連れ、または学生の集団などが、ピクニックシートを広げたり、走り回っている。
 またハイキング用のコースも用意されているようで、老夫婦や恋人たちが散歩を楽しんでいた。
 その中に孤児院の子供たちを連れたむつきたちの姿はあった。
「田中さん、このシートの端を持って」
「OK, Boss」
 巨大なブルーシートを一人で敷くのは難しく、ターミネーターならぬ田中さんの手を借りる。
 折りたたまれた状態から丁寧にある程度まで開くと、呼吸を合わせて一斉に広げた。
 ばさりと軽く舞ったブルーシートは芝生の上に軟着陸し、茶々丸の妹たちが四隅に重石を乗せる。
「いっちばーん!」
「あっ、ずるーい!」
 途端に待ちきれない様子で孤児院の子たちが、背負っていたり肩掛けにしていた鞄を置いた。
 そのまま重みから解放された風船の様に、散らばっていく。
 超包子の電車の運転手をお願いした田中さんや、茶々丸の妹たちの手を引いて。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんこっち!」
「はい」
「おっさんも来いよ!」
「HAHAHAHA, Hold up boy」
 市内の公園とは言え、十人を超える子供を解き放てば絶対に目が届かなくなる。
 それを見越してむつきが小鈴から彼らを借りてきたのだ。
 茶々丸は子供の間では有名人らしく、その妹も即座に懐かれていた。
 また外見が厳つく当初は警戒されていた田中さんも、持ちネタを披露してからは早かった。
 そういえば原作の中でも、アンドロイドは最高の父親なんて台詞があった気がする。
 アンドロイドの田中さんと、ガイノイドの茶々丸の妹たちが子守なら任せろと子供たちに追随した。
「うわあ、元気元気」
「夏美姉ちゃん、なんか年寄りくさ」
「ちょ、小太郎君。女の子に……よーし、その挑戦買った。鬼ごっこする子はこの指止れ」
「あ、私やるぅ」
 小太郎の言葉に触発されたか、子供たちに合せるように言ったのか。
 村上が小太郎の腕を掴んで指をたたせ、鬼ごっこをする子を集め始めた。
 一度は散らばった子供たちが瞬く間に集まり出し、中心となった小太郎が埋もれる程だ。
「村上の台詞じゃないけど、子供は元気だな」
「ええ、本当に。今朝もお礼申し上げましたが、改めてありがとうございます。乙姫さん」
「主に働いてるのは、田中さんたちなので俺はなにも。秋空の下で美味いご飯が食べられればそれで」
 本音を言えばご飯ではなくビールだが、引率の身で流石にそこまでは高望みし過ぎか。
 広げられたブルーシートに靴を履いたまま腰を預けるのは、院長先生とむつき、そして那波だけ。
 子供たちは全員、良く見れば孤児院と関係ない子も交えて鬼ごっこ大会だ。
 そんな大はしゃぎの子供たちに目を細めながらお礼を言われたが、本当にむつきは何もしていない。
 言い出しっぺと企画、あとは小鈴から田中さんたちの手を借りたぐらいである。
 実際、子供たちはダシにしかすぎず、本当の目的は別にあるのだ。
 その言葉を謙遜と受けたか、チラリと那波に視線を向けた院長先生が立ち上がった。
「では、まだまだ若い私も子供たちに混ざってきますね」
 先程の小太郎の年寄りくさいという言葉を受けての様に聞こえる呟きであった。
 しかし、その言葉の裏にはむつきと那波へ後はお若い二人に任せてという意味が込められていた。
 院長先生はお年の割に健脚の様で、軽く手を上げて子供たちの中に本当に混ざっていった。
「新田先生並みに、あの人にも敵わんな」
 どうやらこのピクニックの裏にある那波とのデートは、見破られているらしい。
 それに対しどうこう言わず、むしろ歓迎しているように見えるのだが。
 肝心の那波が、むつきの隣に座るや否やうつらうつらとし始めていた。
 超包子の電車内では必死に我慢していた様子だが、秋晴れの空の下で腰を下ろし、気が抜けたようだ。
「那波、その……大丈夫か?」
「いえ、寝てませんよ?」
 聞かれた那波は、はっと我に返った様に振り返って来たが目元が半分閉じかけている。
 さらに自分から寝ていないと、ばらしてしまう有り様だ。
「なんだ、昨日の大河内と神楽坂のお祝いで夜更かしでもしてたのか?」
「いえ、皆楽しそうにはしゃいでいましたけれど……ぅ、常識的な時間に解散しました」
 台詞の途中で不自然に言葉が詰まり、那波がほんの少しだけ顔を強張らせた。
 当人は必死にあくびをかみ殺したつもりだろうが、泣きボクロのある目元に涙がにじんでいる。
 隠したがっていることを、ことさら暴く程にむつきは子供ではない。
 ないが、どう見ても睡眠不足の那波が楽しくお喋りに興じられるとは思えなかった。
 初デートで必死に眠いのを我慢し、我慢する結果となった事を悔やむのも可哀想だ。
 それに初デートが楽しみで眠れなかったというのも、年頃で可愛らしいではないか。
「そうだな。よし、那波」
「はい、なんでしょうか?」
 むつきは靴を脱いでより深くブルーシートに腰掛け、足を前に投げ出した格好となった。
 そして自分の太ももを強調するように、軽くぽんぽんと叩いてみせた。
「俺の膝でよければ膝枕してやるぞ」
 那波は最初、何を言われたのか分からずきょとんとしていた。
「いえ、膝枕でしたらぜひ私が先生を」
 ピクニックに来て男性が女性に膝枕をするなど聞いた事もない。
 那波としても申し出としては嬉しいが、してあげたい気持ちの方が強い。
 むしろその方が想定していたデートの形である。
 しかし体は正直なもので、働きが鈍く重い頭は芝生のベッドとむつきの膝枕を欲していた。
 切なそうに喉の奥で鳴きながら迷いに迷ったが、睡魔が引き起こす誘惑には勝てなかった。
「ではお言葉に甘えて、失礼します」
 自分も靴を脱ぎ、むつきの隣に歩み寄って腰を下ろして身を寄せる。
 距離が近づくにつれ鼓動が早まる心臓とは裏腹に、ゆっくりとギクシャクしながら体を横たえた。
「それじゃあ、首が疲れるだろ」
「あっ」
 それでも微妙な隙間を残して首の力で接触を避けていると、むつきから駄目押しがなされた。
 髪に触れる様に優しく頭を抑えられ、膝枕に埋没させられる。
 ジーンズの荒い生地越しに伝わるのは、好いた男の人肌の暖かさであった。
 逆に目がさえそうな程に顔が火照り、いっそこのまま眠りに落ちた方が楽だったかもしれない。
(ど、どうしましょう。色々と想定が……膝枕をする想定はあっても、されるなんて。そもそもまだ手も繋いだこともないのに。まさに長谷川さんの言っていた通りになってしまって)
 あの時、千雨はセックスの時の事を言ったが、その前のデートも同じだと那波は思い知らされた。
 当初の想定や事前知識など、なんの役にも立たない。
 シートに座ったら、お茶を差し出して和やかな談笑、その途中でふと手が触れ合って見つめ合う。
 程なくして那波の方からそっと寄り添う様に体を預け、肩に手を回されたりしたり。
 最後に秋の風に紛れるぐらいの小さな声で好きの二文字を想いと共に告げるような。
 全く持って一つとして、想定通りに動けていなかった。
「あの……」
「それにしても、デートが楽しみで眠れなかったとか。年頃の女の子らしくて、可愛いな」
「か、可愛いですか? 久しぶりに、言われた気がします」
 膝枕までして貰う醜態を前に何故にと、不思議そうに那波はむつきを見上げた。
 その表情にからかいの様なものはなく、純粋に言葉のままに呟いているようにしか見えなかった。
 むつきの大きくて硬い手の平が、那波の長い髪を梳く様に撫でつけてくる。
 多少、子ども扱いされていると思いはしたが、嫌かというとそうではない。
 女の子とは全く違う手の平に異性こそ感じるが、委ねたくなる不思議な魅力があった。
 当初から那波を悩ませていた眠気や緊張が、一撫でされる度に解けていくようだ。
「そうやって背伸びして、失敗してちょっと後悔してみたり。お前らの年頃の子は、恋愛に関しては特にそうだよ。皆、最初は失敗して覚えていくもんだ。絶対失敗したくないって思いながら」
 見た目相応の大人扱いされるより、なんだか心地よい。
 ただ単純に好意を持つ相手とのスキンシップだからかもしれないが。
 まるで早朝のまどろみの中にいる様な気分で、那波は普段なら気遣ってしない質問をぶつけた。
「先生も、失敗したんですか?」
「それを俺に聞くか。知ってるだろ、俺の初恋相手」
「むつみさん、ですよね?」
 特に事前に考えていたわけでもなく、自然と問いかけ、笑って返された。
 むつきの初恋の話は、二−Aの生徒ならば全員知っている。
 従姉のお姉さんがそうであり、悪い虫を追い払おうと空回りし続けたと。
「まともな恋愛も大学になってからだな。あっ、結局失敗したっけ」
「意外ですね」
「そうでもないさ。田舎から出て来たおのぼりさんで、凄く傷つけた人もいる」
 それこそ意外だと、那波はまさかとでも言いたげであった。
「ちょっと、色々あってな」
 流石にひかげ荘もそうだが、それにまつわるあの痛ましい事件は話題にするにはそぐわない。
 むつきはただそぐわないからと口を閉ざし、ちょっと昔を思い出しただけだ。
 遠い過去という程に前ではないが、もう昔の事である。
 しかし、那波はそうは受け取らなかったらしい。
 髪を撫で続けていたむつきの手を取り、頬ずりするかのように自分の頬に当てた。
「どうした?」
「私が知っている先生は、優しくて誠実で……大人らしい大人だと思います」
「はっは、まさか。生徒のお前に言うセリフじゃないけど、俺だってまだ大人になりきれない、なれてない部分がたくさんある。俺の当面の目標は、新田先生だし」
 ひかげ荘という裏を知らないにしても、過大評価過ぎるとむつきは笑い飛ばした。
「そうでしょうか?」
「大人は子供が思う程に、自分の事を大人だとは思ってないぞ。相対的には大人だと思ってはいても。俺は大人だと威張ってる人に限って子供だったりもするだろ?」
「そうかもしれませんけれど、難しいです」
 那波の言葉の最後の方は、消え入りそうな程に小さかった。
 先程からのやり取りも半ば眠っているのか、少し言葉が舌足らず気味である。
 その那波がもぞもぞと動き、寝返りをうとうとしていた。
 大きな胸を重そうによいしょと持ち上げ、顔がむつきのお腹へ向く様に。
 那波の格好は白いブラウスに、焦げ茶色のタイトなロングワンピースなので着崩れはない。
「おいおい、こっち向くんかい」
「んぅ……先生の匂いがします」
 より内側に近づかれ、那波の鼻先はむつきが着るシャツに触れそうな程だった。
 何時からかは不明だが、那波はほとんど意識がないのではないか。
 体も胎児の様に丸め始めており、子供がむずがるような声を上げていた。
「先生」
「ん?」
「せんせぇ」
 なにを求められているのか分からないので、取りあえず那波の肩をぽんぽんと叩いた。
 自分の心音と合わせる様にタイミングよく。
 それで満足したのか、那波はむずがるのを止めていた。
 完全に二人の会話は途絶していたが、それに対して何かを言ってくることもない。
 余程、眠たかったのだろう。
 今ならば、那波が寝入っていると断言できた。
「はは、これでまた後でなんで寝ちゃったとか悔やむんだろうな」
 肩を叩く合間に、うりうりと那波の柔らかな頬をつついてみる。
 それから冷えると行けないので、念の為に羽織っていた上着をそっとかけて置く。
 子守唄でも歌った方が良いかと何気なしに考えていると、声を潜めて名を呼ばれた。
「先生、ちづ姉は寝ちゃった?」
「村上か。ぐっすり、お休みだ」
 まだ小太郎を含む子供たちは、キャッキャと走り回っている。
 村上も那波が非常に眠そうにしているのに気づいていたので、心配になって見に来たのだろう。
 これを見ろとむつきが寝入る那波を指さし、村上もまたそっと上から覗き込んでから言った。
「あんまりちづ姉の寝顔は見ないであげてね」
「いや、無茶言うなよ。こんな貴重な光景を心に刻まないで、他にどう暇を潰せと?」
「初デートで居眠りもショックなのに、油断した顔を観察され続けたら二重にショックだと思うよ」
「仕方ないな。ハンカチ持ってるか? 眩しそうだったから掛けたって言えば良いだろ」
「おお、うん。それならちづ姉も少しは気が楽になるかな」
 スカートのポケットからハンカチを取り出し、靴を脱いでブルーシートに上がり込みながら軽くパンと叩く様に開く。
 むつきの目の前、那波の傍にしゃがみ込み、名目上は日よけの為にかけてあげた。
 肌触りがくすぐったかったのか、少し那波が身じろぎをしたが大丈夫そうである。
 ふうっと焦りから一息ついた村上が、おもむろにこう言った。
「ちづ姉だけどね。今日の事が楽し……いや、まあちょっと先走ったり、空回りもしたけど。ずっと楽しみだったみたい。それこそ、遠足前の子供みたいに」
 何故か途中で言葉を途切れさせ、乾いた笑いと冷や汗の様なものを浮かべていたが。
 むつきにというよりは、自分自身にでも尋ねる様に呟いた。
「私もいつか、こんな風に誰かを想ってあたふたしたりするのかなあ?」
 身近な人間の恋と、秋という切なくなりやすい季節柄か。
 その声にはほんの微かな憂いを帯びていた。
 思春期真っ只中の中学生らしい疑問だが、むつきにしてみれば答えは一つであった。
「するだろ、そりゃ。誰だって、何時か誰かに恋するもんだ」
「そうなんだろうけど。想像もつかないというか、私なんかに」
「女の子が私なんかになんて言うんじゃありません」
 言葉尻に一瞬垣間見えた村上の劣等感を前に、むつきは軽く叱るように言った。
「恋したことないから、想像つかないのは分かる。でもそれで、なんで私なんかにってなるんだ?」
「うちのクラスは可愛い子ぞろいで、スタイル良い子が多いし」
「そこは否定できんが、お前だって可愛いぞ? スタイルなんて、お前これから成長期だろ。というか、恋に可愛いもスタイルも関係ないぞ?」
「へ、なんで? だって」
「恋ってのは、一方通行だからだよ。誰かを好きになって、一目散になりふり構わず私を見てって」
 むつきの言葉を聞いて失礼ながら、村上はチラリと那波を見下ろしてしまった。
 那波は村上が先ほど言ったように可愛いというか綺麗だし、スタイルも凄く良い。
 しかし現状、その想いは限りなく一方通行である。
 こうしてむつきが受け止めてくれてはいるが、受け入れるとは一言も言ってはいない。
 けれど確かに那波はむつきに恋をして、振り向てい欲しいと足掻いていた。
「なんとなくわかったけど。それじゃあ、恋愛にならないよね?」
「相手の好みがあるからな。さっきお前が言ったみたいに顔立ちやスタイル、他に年上、年下の年齢。大人になって来ると相手の年収だったり、立場ってのもあるな。教師と生徒」
 何気なく始めた疑問であったが、村上は今や真剣に頷いていた。
「百点満点の相手と恋愛できるなんて稀。恋は盲目か、皆何処かで大なり、小なり妥協する」
「妥協って言葉はちょっと……」
「なら、現実を知るだ。お前、テレビで見たアイドルと付き合えると思うか?」
「そんなこと思ってる人、いないんじゃない?」
「世の中は広いんだぞ……本当に」
 主題から外れすぎるので、詳しくはむつきは口を閉ざした。
 話の内容次第では、少しホラーになってしまうので。
「明るくて、可愛くて、スタイルが良くて、実家が金持ちで、あとは何だ……経験ないけどエッチな事に興味深々で? そんな相手の条件すべてに合致しなくて良いんだよ。むしろ、嫌だろ。そうじゃなきゃ嫌だって、現実見えてない奴」
「嫌って言うか、怖いよそんな人」
「そんな奴いたら、俺だって怖いよ。だからさ、将来お前が誰かに恋したら、相手が何を望んでるのか良く見てみろ。外見の好みは難しいが、趣味に理解を求めてるとか。これ結構、男は求めてるぞ」
「ちなみに、先生の趣味は?」
 後で那波にでも教えるつもりか、村上が唐突に尋ねて来た。
 以前は風俗通いだったが、今はもう止めたし、言えるはずもない。
 ならば何かと考えてみたものの、何かあっただろうか。
 まかり間違っても、美砂たち生徒に手を出したのは趣味ではない。
「あれ? えっと、趣味じゃないけど偶には飲んで帰っても許してください。先に連絡入れるんで」
「別に飲みに行けば良いんじゃないの?」
「村上、俺と付き合うか?」
「んー、ちづ姉に悪いし止めとく。できれば同年代が良いかなあ」
 冗談とは言え、これが条件の不一致かと村上はふんふん頷いていた。
「そんなわけで、恋も恋愛も不安がることはない。さっき言ったみたいなコツは多少あるが」
「うん、でもその前に恋しないと。できれば素敵な人が見つかると良いけど」
「条件が曖昧だったり、なさすぎるのも良くないぞ。幾つか、これだけはってのは持っとけよ」
「夏美姉ちゃん、人を鬼ごっこに引っ張り込んどいてなにしとんねんな」
 恋に恋焦がれるどころか、恋する前から抱いていた不安は解消されたらしい。
 いつかそのうちと多少なりとも前向きになった村上を、迎えに来た小さな影があった。
 この関西地方の特徴的な口調の人間は、むつきや村上の周りではそう多くはない。
 特にそれが男の子と呼べるような少年であればなおさら。
「小太郎君、どうしたの?」
「どうしたも、こうしたもあるかい。むつき兄ちゃん、千鶴姉ちゃんに加えて夏美姉ちゃんまで独り占めするの止めてんか。チビ共にお姉ちゃんは、お姉ちゃんはって聞かれる身にもなってや」
 確かに子供たちに人気者の那波と村上の両方を手元に置いたのは失敗だったか。
「悪い、悪い。けど、那波は寝ちゃってるから、村上」
「はいはい、ちづ姉の幸せの為に頑張るよ。小太郎君、行こう」
「まあ、チビ共には夏美姉ちゃんで我慢してもらおか。あたっ」
 それはないだろうという台詞を小太郎が漏らし、思わずと言った風に村上が頭を叩いた。
 もちろん、軽くではあるのだが、全くと腰に手を当てながら村上は憤っている。
「もう、小太郎君。そんなんじゃ、女の子にモテないよ?」
 これがつい先ほどまで、恋できるかなと不安がっていた村上の言葉である。
「女は色々と気を使わなあかんから面倒やん。俺はモテたない」
「いや、ちょっと待って。私、小太郎君に気を使われたことあったっけ?」
「あるわけないやん。夏美姉ちゃんは気を使わんでもええから。俺も気が楽やわ」
「ちょっと、それどういうこと。私、女の子!」
 ムキーと村上が両手を上げると、すらこらさっさと小太郎が逃げ出した。
 つい先ほどまでの会話を、村上は覚えているのだろうか。
 何歳差だっけと指折り数えて、むつきは途中で放り出した。
 どちらからの一方通行か分からないが、来るかもしれないし、来ないかもしれない。
 相談されたら、またその時にでも受けれ上げれば良いのである。
「さて、暇になっちまったな」
 話し相手がいなくなり、那波はまだまだお眠り中で起きる気配は微塵もないのである。
 そのままむつきも秋の日差しの下で居眠りをしたりして時間を潰すほかない。
 結局、お昼を食べに皆が戻って来ても那波が起きる事はなかった。
 寝ぼけ眼で起き上がり、むつきの膝でと慌てるのは午後三時を過ぎた辺りである。
 改めて自分の迂闊さを呪い、デートの延長戦を申し込んでくるのは自明の理であった。