第十三話 変われなかったロックオンの代わりに(後編)

 闇の書の事件集束から一ヶ月、アースラは地球に一番近い次元空間へとやってきていた。
 ブリッジの投影スクリーンには、宇宙空間に浮かぶ地球が映し出されている。
 大気の青と雲の白さに加え、純度の高いGN粒子の緑色に包まれた地球が。
 より正確に言うならば、GN粒子は地球へと向かう為の次元航路を埋め尽くしていた。
 あまりのGN粒子の濃さに計器に障害が現われ、映像は何度もちらつき砂嵐が現れる。
 イオリア・シュヘンベルグは、その宣言通りダブルオーライザーのトランザムバーストで地球へと繋がる航路の全てををGN粒子で包み込んだ。
 そうすると決めたのがイオリアならば、実行したのは刹那だが。
 おかげで、如何なる方法を用いようと次元世界、管理局は地球への干渉が出来なくなった。
 高濃度のGN粒子が転移の魔法を疎外し、通信をも遮断してしまっている。
 一度調査隊が強硬手段に出た時は、艦の航行機能をも制御不能にされそのまま遭難してしまったぐらいだ。
「プレシアの言った通り、生まれる時代と場所を間違えているわ、本当に。でも、納得したわ。三〇〇年後地球の人達が宇宙へと飛び立っても次元世界と接触がなかった事に」
 艦長席に座っていたリンディが物憂げな表情で呟いた。
 太陽炉、それも擬似リンカーコアと黙される技術。
 闇の書さえも打ち砕くそれを長らく隠匿したとされ、ただ今閑職の身である。
 GN粒子に覆われた次元航路が通行可能になるまで、監視しろとの命令だ。
 もちろんイオリアがそんな甘い処置をするはずもなく、生きている間にGN粒子が薄れる事はないだろう。
 しかし、後悔はない。
 何しろそれを報告した時の本局の対応は、異常だった。
 即座に地球を管理下へと収め、開発技術者と現物をどんな手を使ってでも徴収せよであったからだ。
 イオリアの予想通り、管理局は地球を、そこで生まれた技術を力でものにしようとした。
「後悔してますか? グラハムではなく、局を選んだ事を」
「グラハムという夫を得て、貴方を失ったんじゃ本末転倒。それにグラハム程の良い人は稀にしても……恋はまたすれば良いじゃない。貴方こそ、随分と即答だったじゃない」
「初恋だった事は認めます。けど、僕は執務官です。まだこの次元世界には、こんなはずじゃなかった日々を過ごす人が大勢いる。その人達を僕は変えたい……閑職の身でアレですが」
 武装隊員を含め、百名を超えるクルーを有したアースラも、今では十名を切っている。
 艦長であるリンディと執務官であるクロノ、その補佐であるエイミィ。
 オペレーター二名に、雑務他、通常の局員が五名。
 前述の三名以外は、一ヶ月間隔で交代する予定だが、リンディ達は例外を除いてでずっぱりだ。
 並みの精神であったならば、一ヶ月と絶たずにノイローゼにでもなっていたかもしれない。
「ハラオウン家の私達が閑職に回されて、でも不思議と平気なのよね。レティには、凄く心配かけてるみたいだけど」
「エイミィが言ってました。刹那のトランザムバーストの影響かもしれないと、この前に魔力を測定したら、何故かSランクになってました。なのに特別喜びもせず、すんなり受け入れられました」
「認識の拡大という奴かしら。そうそう、あの時結界を張ってた武装隊の人達も、軒並み魔力ランクが上昇したらしいわね。そう考えると、局が欲しがるわけだわ」
 だからこそ、管理局に太陽炉が渡せないとも言えた。
 魔力ランクの上昇は、ついでのようなものでしかない。
 認識の拡大に伴ない魔力ランクは上昇するが、それと同時に認識も拡大する。
 あらゆる物事を多角的に捉えられ、人と人とが分かりあいやすくなるのだ。
 それこそ、言葉すら不要になるぐらい。
 イオリアが設計し、本来ならば三〇〇年後に製作される太陽炉の意味はそこにある。
 管理局のように多くの世界の人を管理しようと思えば、それは最低限のラインであった。
 他の世界の人間を理解できないのに、管理などすべきではないはずだ。
 なのに管理局はその本質ではなく、ただ単に魔力ランクが増大するという点にしか着目していない。
 管理局という組織は、まだ人類には早すぎたのだろう。
 それはおそらく、三百年ほど。
「駄目ね、ちょっと後悔し始めてる。何処かに、グラハムみたいな良い男はいないものかしら。まだまだ若い子には負けないつもりなんだけど」
「若さ云々で母さんに勝てる人は希少ですよ。けれど、同意見です。なのはみたいに、可愛い子はいないものですかね」
「はーい、はいはーい。可愛い女の子、一丁お待ち!」
 突然開いたブリッジの扉、そこからアホ毛がチャームポイントなエイミィが元気良く現れた。
 あの時、宇宙空間で待機中のアースラにいてGN粒子を浴びていないはずなのに、この退屈な生活にまったく飽きた様子がない。
 これはこれで、才能という奴なのかもしれない。
 そんなエイミィへとリンディとクロノが振り返り見て、同時に溜息をついた。
「悪く、はないんだけどね。クロノのお嫁さん候補の……そうね、三十番ぐらいに入れておくわ」
「あ、母さん。四十番でお願いします。僕より背の高い年上はちょっと……」
「滅茶苦茶不評だよ。おかしいな、以前のリンディさんなら嬉々としてクロノ君をからかってくれたはずなのに。おのれGN粒子め!」
 めげずに拳を握り締めたエイミィは、特別暗くなる事もせずオペレーター席へとついた。
 基本、ブリッジには階級は拘らず二名のクルーが待機していれば良い。
 どちらがご飯にいきますかと視線で確認しあっていると、エイミィが振り返って言った。
「二人とも、ちゃんと仕事してくださいよ。通信メール着てますよ」
「あら、お喋りに興じ過ぎたかしら。何処から、また高官の嫌味かしら」
「母さん、先にご飯を食べに行ってもよいでしょうか?」
「ちょ、ちょっと待った。これ……地球です。差出人は、イオリア・シュヘンベルグ!」
 一瞬、どうやってと思ったが、方法よりもその内容に興味を引かれた。
 すぐさまリンディは、情報が漏れないようにブリッジを閉鎖。
 三人以外に人が入れないようにしてから、エイミィに通信メールを開かせる。
 するとブリッジの投影スクリーンに、差出人であるイオリアが現れ、その内容を口にした。









 七月、燦々と太陽が輝く暑い季節が海鳴市に訪れていた。
 その海鳴市に一風変わったマンションがあった。
 家族ぐるみのお付き合いを前提として、ようやく入居が許される高級マンションである。
 オーナー兼管理人の名前は、プレシア・テスタロッサ。
 以前、管理局が一軒丸ごと買い取ったマンションを、簡易手続きにてリンディから受け取ったものだ。
 イオリアの第九十七管理外世界の鎖国が急であった為、かなり強引な方法であったが。
 八神家も人数が増えすぎて家が狭かったので、渡りに船でもあった。
 元の家の所有権はそのままに、全員でマンションに引っ越してきて一ヶ月経つ。
 そのマンションにある一室の前で、なのははインターフォンを押していた。
「ユーノ君、もう皆集まって来てるよ。お迎えに来たよ。ユーノ君?」
「ごめん、今出るから」
 帰って来た返事は妙に慌しく、昨晩もまた夜遅くまで本を読んで勉強していたのか。
 何かを蹴飛ばしたり、転んだりとけたたましい音がインターフォンより聞こえてくる。
 ユーノらしい行動に苦笑したなのはは、夏の温い風に髪が揺れた事で手鏡を取り出した。
 手鏡を覗き込みながら、ちょいちょいと前髪を直し、ドアが開いた瞬間に急いで隠す。
「お待たせ、行こうか。なのは」
「うん」
 手を繋ぐわけでもなく、ただ並んでエレベーターに乗って最上階を目指す。
 ユーノは、イオリアの言葉に地球に残ると即答し、そのまま八神家の世話になっていた。
 先日、飛び級扱いで大検を取得し、この地球でも考古学を勉強する腹積もりらしい。
 そのユーノが、狭いエレベーター内で鼻歌を歌っているなのはを見て、複雑そうにしながら言った。
「なのは、楽しみにしてる?」
「それは、友達だもん」
 なのはの鼻歌が止まり、俯いてしまう。
 そんな顔をさせたいわけじゃないと、自分を殴りたくなったユーノはなのはの両手を握る。
 何度言っても慣れる事はないと、グラハムをある意味尊敬しながら言った。
「ごめん、変な事を聞いた。けど僕は、なのはの事が好きだから。格好悪いのは分かってるけど、嫉妬した。渡したくないから……」
「うん、私こそごめんね。ずっとはぐらかしてて。ユーノ君の事は、私も好きだよ。でも……気になるんだ。だから、今はこれが精一杯」
 握られていた手を放し、ユーノを抱きしめる。
 温かくて安心できて、なんだか嬉しくなるのをなのはは感じていた。
 だがそんな心の何処かで、小さなしこりがあった。
 だからそれ以上はユーノに近づけない、踏み込む事が出来ない。
 ユーノも一定の理解を示しながら、それでも何時かと願いながら抱きしめ返す。
 何も言わず抱きしめあう中で、エレベーターは二人を最上階まで連れて行く。
 そして到着のチンっという音が鳴り、扉が開いていった。
 まだ二人が抱き合ったままでいる中で。
「わっわ、私達買出しに行く途中で。なの……なのはちゃんとユーノ君が。お、お姉ちゃんに連絡しないと」
「て、ちょっとすずかユーノを殺す気? アンタらも、TPOってものを弁えなさいよ。エレベーターの中でって、何処のオフィスラブよ!」
「ち、違うの。これはちょっと、色々悩んだ挙句に盛り上がっちゃって」
「なのはも何を言ってるの。これは、違ッ……すずかさん忍さんに電話しないで。音速で恭也さんに伝わっちゃう。もうあんなのは嫌なんだーッ!」
 ユーノの脳裏に、なのはに告白した日の悪夢が過ぎる。
 黒装束の刃物をもった男に四六時中付けねらわれ、追い回されたあの日。
 返答がイエスでもノーでもなかったのに、あんまりだと。
 なのはがいる前では、故郷を捨てて地球に残った男気がある子だと褒めた癖に。
 誰かとは具体的に言わないが、好きな子のお兄さん的なアレである。
「来る、黒いのがなんか来る。そ、そうだ。イオリアさんに僕も改造してもらえば良いんだ。僕もガンダムになって、世界の歪みを正すんだ!」
「ユ、ユーノ君しっかりして。アレは刹那さんとグラハムさんにしか無理だから。生身のユーノ君を改造したら、ただの仮面ライダーだよ!」
「ちょっと、そんな仮面ライダーの為になんか、うちの資金は出せないわよ。こら、ユーノしっかりしなさい!」
「あ、お姉ちゃんなら喜んで資金だすかも」
 余計な事を言うなと、なのはとアリサにすずかが怒られる直前でユーノが動いた。
 錯乱したまますずかに迫るように、手を両手で包み込み是非と顔を近づける。
「すずか、お願いだから力を貸して!」
「ち、ちか。近い、ユーノ君……だ、だめ。それ以上は!」
 必死な分だけぐいぐいと、唇がくっ付きそうな程にまで近付く。
 男の子にあまり免疫のないすずかは顔を真っ赤に、抵抗の力も薄い。
 もうあと十数秒でも放っておけば、すずかのファーストキスは奪われていた事だろう。
「あー、これがハム菌の効果って奴かしら」
 そんなアリサの聞き捨てならない言葉を聞いて、誰かの何かがブチッと切れた。
 薄紅色の閃光が一人の男の子だけを吹き飛ばしたのは、言うまでもない。









 マンションの最上階、フロア一つ丸々が八神家のスペースであった。
 さすがにマンションの全室をバリアフリーには出来ず、そこだけ工事がされている。
 そのフロアにある一室、普段八神家のメンバーが食事を取る部屋にて、殆どの人間が集まっていた。
 今日のとあるパーティの為に、昼を過ぎて直ぐのこの時間から準備しているのだ。
 アルフやザフィーラは子犬モードで手伝う気は皆無だが、それでも人では多かった。
 その中でリインフォースは、グラハムに後ろから抱きしめられながら包丁を手にしていた。
「主グラハム、この格好はとても作業がしにくいのですが……」
「リインフォース、君の包丁捌きを私は見ていられない。さあ、私に全て委ねたまえ。君と私は二人で一つ。天国に辿りつける事を約束しよう」
「こう、ですか主。ん、何か堅くて熱いものがお尻に当たって」
「私に言わせるつもりか、リインフォース。当てているのだよ」
 一見、何処かの新婚さんのような風景である。
 そのまま台所でいけない所業に突入しそうな二人である。
 一年後ぐらいには、「ですぅ」口調のミニマムなサイズの可愛い女の子が生まれるぐらいに。
 そこで隣で包丁を握っていたシグナムが、首からネックレスとして提げていたレヴァンティンを起動させる。
 させてなるものかとばかりに。
「おっと、手が滑りました」
 言葉とは裏腹に、しっかりと柄を握りグラハムの足元に突き刺した。
「またかシグナム、気をつけたまえ。リインフォース、怪我はないか?」
「主のおかげで、毛ほどもありません」
 元々足をざっくり斬るつもりはなかったが、シグナムの目の前には不本意な結果だけが残った。
 リインフォースの腰に手を回し、ダンスでも踊るかのように密着していたのだ。
 素直に私もと言えず、もどかしい気持ちをレヴァンティンに込めて床をぐりぐりと削る。
 ちなみに、とあるパーティの準備を始めてから、これで三度目であった。
「シ、シグナム大丈夫? なんだか凄い思いつめた顔だけど」
「シャマル、私の……私が主と見初めたグラハム殿は何処へ行ってしまわれたのだ。あっちへふらふら、こっちへふらふら。嘆かわしい!」
「慣れなさい。それに、貴方がそうやって嫉妬するから、グラハムが調子に乗るのよ」
 オロオロとするシャマルに代わり、答えたのはプレシアであった。
 一ヶ月前まで戦いしか知らなかったシグナムとは、恋に対する年季が違う。
 グラハムに対すると言ってもよいかもしれないが。
 つい一ヶ月前なら電撃を落としていたであろう状況でも、もくもくと準備作業をしていた。
 一口サイズに切った鶏肉、片栗粉をまぶし、油に投入してカラッと上げる。
 そんな淡白な反応のプレシアの後ろに、先程までリインフォースを抱きしめていたグラハムが現れた。
「危ないから、後でねグラハム」
「これは手厳しい、まさか何もしない内に釘を刺されるとは……だが、あえて言わせてもらおう。抱きしめたいな、君を」
「だから後でね。たっぷりと後悔させてあげるわ、その言葉を」
 思ったように相手をしてもらえず、ややしゅんとした様子でグラハムが下がった。
 ちなみにその光景を見て、からかわれ率がシグナムに次いで高いシャマルがメモをしていた。
 メモをしても、グラハムの冗談に付き合える度胸が無ければ意味がないと思いつつ、言葉を付け足す。
「基本的に、寂しがりやなのよあの人は。だから人の気を引こうとして、馬鹿をしたりする。結構、子供っぽいでしょ。そこが、可愛くもあるんだけど」
「良く見てますね。シグナムも、プレシアのって聞いてない」
 プレシアにちょっと連れなくされただけで、グラハムは落ち込んだ様子であった。
 出来上がり次第、料理が載せられていくテーブルの椅子に座り、プレシアの様子を伺っている。
 確かに、構って欲しくて逆に叱られた子供のようだとシャマルは思った。
 ただ、リインフォースもシグナムも、今がチャンスかと自ら構おうとしてしまっている。
 プレシアが態々、気を引きたければ気のある振りをするなと教えてくれているのに。
 下馬評はやはり、プレシアの勝率が高いかと、なんちゃって傍観者のシャマルは再びメモをした。
「ハム兄、今度はなんの悪戯したん? あんまり、邪魔したらあかんよ。ほら、抱っこ」
 リインフォースとシグナムが手を出しあぐねている間に、はやてがやってきた。
 松葉杖をついて、ヒョコヒョコと歩きながら。
 リハビリにリハビリを重ね、ようやく車椅子から松葉杖である。
 また一ヶ月経てば松葉杖が取れ、さらに一ヶ月で走るまでに回復する予定であった。
 そのはやてを抱きかかえ、グラハムは膝の上に座らせた。
「はやて、私は常に品行方正な男だ。悪戯などしようはずもない。そうだろう、リインフォース?」
「わ、私は主になら悪戯をされッ!」
「主はやて、なんでもありません。聞かなかった事に……」
 悪戯の意味が絶対に違うと、シグナムがリインフォースの口を押さえていた。
「なんやよう分からんけど……ハム兄、ギュッとしてや。また私に構ってくれる時間が減りそうやし。妹も恋もちゃんと両立してや」
「私は両立しているつもりだが、はやてがそう言うのなら君の要望に応えてみせよう。抱擁だけで満足か? 望むなら頬ずりも、キスもしてみせるが?」
「ほんなら、ギュってしてからほっぺにチューや。その方が、反応的に面白そうやし」
 ニヤリとはやてが小生意気な笑みを見せた先は、もちろんリインフォースとシグナムであった。
 さすがにプレシアは子供の挑発には乗らず、黙々と調理し続けている。
 と、思ったがそうではなかった。
 はやてが頬にグラハムのキスを落とされる瞬間を、携帯電話のカメラで撮影していた。
 そこへ新たにアリシアもやってきて、グラハムにねだり始める。
「あ、はやていいな。グラハム、私もチュー。お返しにしてあげるから!」
「慌てる事はない、私は逃げも隠れもしない。さあ、何処からでも掛かってきたまえ」
「なら、アリシアちゃんはそっちから。ハム兄を美少女のキスでサンドイッチや」
「お母さん、撮って撮って!」
 言われるまでもなく、プレシアは携帯電話を持ちながらベストショットを取る為に移動している。
 ガスコンロの火を止めたシャマルは、改めてメモを広げて下馬評に項目を一つ足した。
 二重丸の一番人気として、子供達という項目を。









 パーティの準備にも加わらず、刹那は自室のベッドの上で仰向けに寝転がり、とある手紙を読んでいた。
 その手紙の差出人は、イオリア・シュヘンベルグであった。
 この手紙を君が読む頃にはと、出だしが綴られている通り、刹那は最近イオリアの姿をみていない。
 正確には、いくつかある地球への次元航路をGN粒子で覆いつくした翌日辺りからだ。
 一度目を通した手紙だが、刹那は改めてその手紙に目を通した。
(この手紙を君が読む頃には、私は既に姿を眩ました後の事だろう。単刀直入に告げる。ソレスタルビーイングとしての君の活動は、失敗した)
 二度目となる今回でも、その指摘を前に刹那は顔が歪むのが分かった。
 ロックオンと自分と言うマイスターを二人も失い、恐らくはソレスタルビーイングも壊滅状態。
 ほぼ失敗したと分かってはいても、改めてイオリアに指摘されると胸が痛む。
(だが悲観しないで欲しい。君は失敗したが、その活動は無駄ではなかった。特にこの時代に現れ、私と出会った事については。君が現れた事で私の夢想は形を得て、実現に向けて動き出した。君が見せてくれた、可能性を確かなものにする為に)
 エクシアの太陽炉と、刹那のリンカーコアを使用した太陽炉。
 その二つが同調する事で発動したツインドライヴシステム、その先のトランザムバースト。
 刹那自身、それの性能や効力を理解しつくしたわけではないが、はっきりと分かっている事がある。
 次元世界を統べる管理局と、彼らが第九十七管理外世界と呼ぶ地球との全面戦争が避けられた事だ。
 だが目先の紛争は回避されたが、GN粒子も永遠ではない。
 いずれ三〇〇年後、さらにその先では次第に薄れていくGN粒子により邂逅は避けられないだろう。
(もう一度言う、君は失敗した。後の事は、私と三〇〇年後に生まれ出でる君と、君の仲間に託したまえ。恐らくは、別の結果が待っている事だろう)
 本当にそうなのかは、刹那には分からない。
 もしかすると、刹那の前の刹那もこうしてここでこの手紙を読んでいた可能性さえあるのだ。
(刹那・F・セイエイ、このコードネームの由来は永遠よりも長い時間の中で切り取られた、一瞬よりも短い時間。それは歴史の中に埋もれる個人の人生そのもの。君は、君のその時間を自分の為に使うと良い。彼女達と共に変わる為に)
 刹那には変わらなければいけない義務がある。
 変われなかったロックオンの為にも。
 そう刹那が考える事も、イオリアは分かっていたのだろう。
 手紙の最後には、こう綴られていた。
(だがそれだけではない。変わった後にも君の生は続く。誰の為でもない君自身の為に、君自身の意志で生きたまえ。イオリア・シュヘンベルグより)
 短いながらも、親愛により忠告が多大に含まれた手紙を胸に抱く。
 イオリアは、刹那の前から姿を消した。
 パトロンとして協力を得たアリサの父や、すずかの姉ならば居場所を知っているかもしれない。
 だが、尋ねたとしても恐らくはしらを切られるか、拒否される事だろう。
 何よりも、イオリア自身の意志を彼らがくみとる事で。
「分かっている、イオリア・シュヘンベルグ。俺は、変わる。変われなかったロックオンの代わりに。俺自身の意思で」
 手紙に込められた親愛に応える為にも、刹那は自分の考えを口にした。
 強迫観念のようなものにかられ、戦い続けるとはもう言わない。
 仮に今目の前にある家族に危機が訪れたならば話は別だが、自ら進んで戦いに身を投じはしないだろう。
「刹那、入って良い? あ、ヴィータ駄目だよ」
「細かい事を気にすんなよ。おい、馬鹿野郎。何一人でサボってんだよ。お前もパーティの準備を……また、読んでたのかよ。イオリアの爺さんの手紙」
 返事を待たずに、扉を開けてヴィータと、遅れてフェイトが入ってきた。
 体を起こし、否定する意味もない為、ああっと短く応える。
 ベッドから立ち上がり、大事に折り畳んだ手紙を机の引き出しに仕舞い込んだ。
 恐らくは平穏な生活に疑問を抱くか、何処かと奥の紛争を前に飛び出しそうになる度に読む事になるのだろう。
「刹那、これからはずっと一緒だよね。何処にも行かないよね?」
「俺はここにいる。俺も、ヴィータ達と共に変わる。変わらなければならない」
「そうだな、私と一緒に変わるんだよな。私と一緒に」
 ふふんとヴィータが胸を張ると、フェイトがムッと頬を膨らませた。
「わ、私も一緒に変わるよ。もっと一杯変わって……刹那の為に、胸だって大きくするよ。多分、気持ち良いって思って貰えると思うんだ」
「な、なんの話をしている?」
 フェイトが双方の胸に手を当てて言い、意味が分からず刹那が後ずさる。
「胸……このスケベ野郎が。あんだよ、悪いかよ。どうせアタシは小せえよ!」
 そして自分のぺったんこな胸に手を当てたヴィータが、理不尽にも切れて刹那の足を蹴った。
 本気で意味が分からず、刹那は答える言葉を持たない。
 いつぞや知らない事を教えると言ったフェイト自身が意味不明で、ヴィータも良く分からない。
 争うなら駆逐するべきかとふと思いついたが、さすがに自重するのが精一杯だ。
「ヴィータ、私負けないよ。現時点で、ちょっと勝ってるけど。まだまだ大きくなるから。母さんにも、色々聞いて私が私の意志で大きくするんだ」
「はん、そのまま風船みたいに腫れ上がりやがれ。男ってのはな、大きすぎると気後れしたり気味悪がる事だってあるんだ。大が小を必ずしも兼ねるわけじゃねえ!」
「待て、本当になんの話をしている。何故俺の部屋で胸の生育について議論しているんだ?」
 全く刹那の声は取り合って貰えず、フェイトとヴィータの間で胸に関する議論は白熱していく。
 大きさがどうこうから、形に入り、さすがの刹那も恥ずかしく思う柔らかさなど。
 だが逃げようにも、何時の間にか二人は刹那の手を片方ずつ掴んでいた。
 口笛を吹き、やるじゃねえか刹那と面白がるロックオンの声がGN粒子も無しに聞こえた気がした程だ。
「ああ、もうらちがあかねえ。おい、馬鹿野郎。さ……触れ!」
「ヴィータと私の胸、どっちが良いか刹那が決めて!」
 興奮して目をぐるぐるさせながら、二人がそんな事を言い出した。
 もはや異次元ともいえる会話に、トランザムバーストを使うべきか刹那は本気で迷った。
 そんな前にも後にも進めない状態の刹那を助ける者が現れる。
 鳴らされたインターフォン。
 知り合いの殆どはパーティの準備にやってきていて、今さらインターフォンを鳴らす者もいない。
 ならばインターフォンを鳴らすのは、新たな客、本日の主役である。
「出迎えにいく」
 インターフォンに気付き、二人の手が緩んだ隙を突いて刹那は走り出した。
 玄関へと出向き、出迎える。
 もう二度と会えないはずであったリンディを、そしてクロノを。
「本当に驚いたわ、イオリア・シュヘンベルグから知らせが来た時は」
「指定された時間と航路のGN粒子が一度だけ薄れる。コレが最後のチャンスだと言われたら、迷ってなんていられなかった」
「再開出来た事を嬉しく思う。そして、お前達を歓迎する。ここが俺達の家だ」
 八神家の一人として、刹那は二人を招きいれた。

第十三話 変われなかったロックオンの代わりに(前編)

 ロックオンは言った。
(変われ、刹那。変われなかった俺の代わりに……)
 確かに刹那はその声を聞き、ヴィータもまた誰か知らないままにその声を聞いていた。
 だが、ロックオン・ストラトスは既に死んだ。
 死んだ者は決して帰って来ない、触れるどころか言葉を交わす事も出来ない。
 それは太陽炉が如何に未知の性能を秘めていたとしても不可能な事である。
 アリシア・テスタロッサもまた、生き返ったのではなくイノベイドとして生まれ変わった。
 本当の意味で、生前のアリシアとは異なる少女なのだ。
 だから、あの声はロックオンの姿を借りて呟かれた、刹那自身の願望。
 刹那自身の心の声であった。
「だから、今こそ俺は自ら宣言する。小さな平穏、その未来を作る為に」
 GN粒子の津波を放つダブルオーライザーが顔をあげ、そのアイカメラが光る。
 刹那の意志がそこに宿ったかのように、意志を込めて闇の書の意志を見つめた。
「俺達は、変わるんだァッ!」
 刹那の渾身の叫びを受け、太陽炉がさらにGN粒子の波を吐き出していく。
 周囲一帯に留まらず、結界を超え、この無人世界そのものを包み込むように。
「一体何が、何故召喚獣達が送還されていく。お前は一体何者、頭が痛い。思考にノイズが……」
 唯一、刹那が放つGN粒子を否定的に受け止める闇の書の意志が、よろめく。
 子供達が温かいと、綺麗と評した光を浴びて、両手で頭を押さえつけた。
 そして、闇の書の意志は脅え始める。
 刹那を前に脅えるという、人間のような感情を初めて見せていた。
「ダブルオーライザー、刹那・F・セイエイ」
 GNソードを、刹那が闇の書の意志へと突きつける。
「未来を切り開く!」
「騎士どころか、魔導師ですらない貴様に!」
 頭痛を抑える手の片方を放しながら、闇の書の意志が魔力弾を放つ。
 一つ、二つと魔力弾を回避した刹那が、雄叫びを上げながらGNソードを掲げた。
「うおぉぉぉッ!」
 魔力障壁に刃を阻まれても、構わず太陽炉の出力を上げた。
 飛行の出力で闇の書の意志の翼の揚力を圧倒的に上回り、重力を味方につけて押し続ける。
 岩肌の不毛な大地にまで押し付け、大地を砕き粉塵が舞う。
 その中から何とか抜け出した闇の書の意志を、刹那は執拗に追い続けた。
 再び刹那へと向けて放つ為に、闇の書の意志が魔力弾を生成する。
 それを狙い、ライフルモードに設定したGNソードで狙い打つ。
 それが魔力弾の一つに運良く命中し、狙撃を阻止する事に成功した。
 感情を露に歯噛む闇の書の意志が、三対の漆黒の翼をはためかせ、急停止する。
 闇色の魔力を拳に込め、一転反撃に出てきた。
 だが刹那は闇の書の意志を追うスピードを緩める事はなかった。
 振るわれた拳、それを視界に収めながら機体を上空に浮かせ、頭上を通過する。
 機体の体をひるがえし、背後を取ると同時に蹴りつけた。
 翼のあるその体を大地へと叩き付け、追撃の為にGNソードを大地へと突きつける。
 四肢を大地に着き、空へ背を向けている今が好機。
 背中から貫く為にGNソードごと突込み、避けられた。
「我は、闇の書の意志。幾千と積み重ねた年月を貴様如きに、邪魔されてたまるか!」
 風雨によってしか削られる事のない大地へと、GNソードが突き刺さっていく。
 寸前で大地を蹴り横へと飛んだ闇の書の意志は、既に魔力を溜めきっていた。
 形振り構わず、その体で隠していたのだ。
「ぐうぅぅッ!」
 放たれた砲撃がダブルオーライザーを貫き、大地に突き刺さったGNソードから手が離れる。
 大地に足を着き、吹き飛ばされた機体を減速していく。
 各部の駆動にこそダメージはないものの、頼みの剣が片方取り残されていた。
 それを待っていたとばかりに、闇の書の意志がGNソードを大地から抜きさった。
「これで武装は五分と五分……」
 本来GN粒子を纏う事で斬れ味を増すGNソードに、闇の書の意志の魔力が伝う。
 闇色の魔力光がGNソードに染み渡り、刀身を黒く染め上げていく。
 自慢の愛刀の片割れを奪われ、歯を食いしばりながら腰にあるもう一本を手にする。
 悔しさを込めて闇の書の意志を見据えた。
 その時、刹那はとある事に気付く事になった。
「我は闇の書、闇の書の意志。主の為に全てを捧げ、闇の書を完成させる事が本懐」
 次第に感情的になっていく闇の書の意志。
 主を求めながら、その主を苦しめ、そればかりか主の周りの人間さえも破壊する行動。
 矛盾だらけの行動を起こす彼女へと、闇の書から繋がる闇の淀みがある事に。
 まるで彼女を侵して行くように、その淀みは広がっている。
「見つけた。お前こそが、闇の書が生み出す真の歪み」
「気付いた。いや、そんなはずはない。気付けるとすれば、それは人間以上の存在。貴様がそうだと言うならば、今ここで消えてもらう」
「俺は人間だ。時に迷い、時に過ちを犯し、後悔し足掻く。ただの人間だ!」
 三対の翼をはためかせ、GNソードを片手に闇の書の意志が地面を蹴った。
 それに合わせる様に、刹那もまた自分を弱い人間だと叫びながら地面を蹴る。
「消えろ、貴様さえいなければ。この思考のノイズも消える。そうすれば、今度こそ主をこの手にし、闇の書を完成させる事が出来る!」
「貴様のその歪みを、この俺が断ち切る!」
 互いにGNソードをライフルモードに移行し、ビームライフルを撃ち合いながら近付いていく。
 闇の書の意志の左肩に閃光が着弾した次の瞬間には、ダブルオーライザーの右足に着弾する。
 互いに前へ進むのに手足は必要ない。
 必要なのは最後に武器を振るう利き手のみ。
 他に当たるのは黙認するとばかりに、刻々と距離が近付く中で撃ち続ける。
 足を撃たれては躓きかけ、体を撃たれればよろめき、それでもなお進む。
 その時、闇の書の意志が放った閃光が、ダブルオーライザーの顔に命中した。
 機体が反り返り、刹那が大きくバランスを崩す。
「これで終わりだ!」
 大きく振りかぶられた上段からの一撃を、刹那が辛くもGNソードで受け止めた。
 だがそのまま押し切られてしまう。
 背中から地面に押し付けられたりもすれば、衝撃に思考と機体が一瞬でも停止する。
 だから刹那は滅多に使わないGNビームサーベルを左手に掴んだ。
「ガンダムは、扮装根絶を体現する者。その武器を貴様のような奴に使われるぐらいなら!」
 その手に掴んだGNビームサーベルで、闇の書の意志が持つGNソードの柄を貫く。
 愛刀ともいえるGNソードを自らの意思で破壊した。
 闇の書の意志と、刹那のダブルオーライザー、両者の間でGNソードが爆発四散する。
 その爆煙を裂く様にして、刹那が闇の書の意志に肉薄する。
「貴様が生み出した闇を、この俺が破壊する!」
「や、止めろォ!」
 叫び止めようとする闇の書の意志の腕を斬り飛ばす。
 そのつもりで放った斬撃により、彼女が一瞬闇の書を手放した。
 手首を返し、闇の書の腕をGNソードの柄頭で打ちつけ跳ね飛ばす。
 闇の書の意志の手を離れ、浮かび上がった闇の書へと刹那はGNビームサーベルを突き入れる。
 だがGN粒子の閃光が、闇の書に宿る淀みにより散らされていく。
「そうだ、闇の書の闇を貴様如きが……」
「圧縮粒子を完全解放する」
「え?」
 闇の書の意志が勝ち誇ったのも一瞬の事。
 GNビームサーベルの柄を投げ捨てた刹那が、GNソードを両手で握る。
「トランザムライザー!」
 ダブルオーライザーの機体が真紅の輝きを強め、虹色の光をGNソードに集束していく。
 しかし、本来ライザーソードの使用には、GNソードが二本必要なのだ。
 そうでなければ、GNソードがその出力に耐えられない。
 案の定、GNソードの刀身に徐々にだがひびが生まれ始めている。
「もう少し、持ってくれ……う、おぉぉぉォッ!」
 刹那の咆哮を受け、GNソードから虹色の刀身が伸びた。
 それは闇の書を飲み込むように貫き、さらに果てを目指すように結界すら突き抜けて空へと上っていった。
 闇の書と共に、その中にあった闇の淀みさえも消し去っていく。
 その闇の淀みが消えた先にあったのは、奇妙な形の生物のようなものである。
 モビルアーマーをやや彷彿とさせる手の平大のそれも、ライザーソードにのまれ消えていった。
 闇の書を貫き、結界を破って空を切ったライザーソードは、GNソードが破壊されると同時に閃光を無人世界にめぐらせた。
 世界が白く染まっていく。










 闇の書の意志が、最初に自我を取り戻した時、見えたのは青い空であった。
 トランザムライザーにより、結界までも破壊されていたらしい。
 そして、仰向けに大地に寝転ぶ彼女の傍らには、空に負けないぐらいに壮麗なガンダムがいた。
 太陽の光か、もしくはその角度のせいか。
 闇の書の意志には、それが神か天使のように見えた。
 その姿も、太陽炉の活動が低くなるにつれ、刹那自身の姿を取り戻す。
 年端もいかない、少年と呼べる年齢の若者である。
 再び無表情に近い顔になっていた闇の書が、大層な驚きを込めて目を見開いた。
「まさか、たった一人で防衛機能ごと闇の書を吹き飛ばすとは思いもよらなかった」
「破壊する以外に、方法が思いつかなかった。今はまだ……」
「そうだな。お前達はこれから変わるのだったな……羨ましい、事だ」
 闇の書の意志が小さく自嘲を込めた微笑を見せた。
「少年、無事か!」
「刹那兄ー!」
 自分を呼ぶグラハム、その両腕に抱えられたはやての声に、刹那が振り返り手を挙げる。
 もう、何も心配いらないという意味を込めて。
 これから変わっていく為に、ソレスタルビーイングとは別のもう一つの仲間達へと。
 だが駆け寄ってきたグラハム達は、刹那へ駆け寄る前に誰しもその足を止めていた。
 刹那の足元で空を仰ぐように倒れている闇の書の意思がいる為だ。
 皆も闇の書が消え去る瞬間を見ていたが、警戒心が先に出てしまっていた。
 その中で変わらず足を進めたのは、守護騎士達であった。
「お前、なんであんな事したんだよ。主かもしれねえはやてとグラハムを苦しめて。さらに、アタシ達まで……」
「納得のいく答えを所望する。今後、我らが闇の書の守護騎士なのか、主の守護騎士であるか決めるためにも」
 ヴィータとシグナムの言葉は、詰問であった。
 同じ闇の書に縛られた存在でありながら、立場が違う。
「言い訳をするつもりはない」
「言い訳じゃなくて、本当の事を教えて欲しいの」
「我らには、それを知る権利がある。何故お前が、闇の書そのものが主を殺しかけたのか」
 やや異なる角度から、シャマルとザフィーラが知りたいと口にした。
 結局のところ、闇の書がどうなってしまっていたのか。
「防衛機能だ。歴代の主の改変を受け、防衛機能が過敏になり過ぎていた。一人の主につき、六百六十六ページ集めた時点で暴走。主を取り込み、集めた魔力を暴発させる。それが今代の主に会うまでの闇の書だった」
「僕が調べてきた内容とも一致します。彼女は、嘘をついていません」
 ユーノが闇の書の意志の発言内容に間違いないと頷いた。
「だが今回、主が二人居た事で防御機能が不正アクセスを疑った。歴代の主の中に、闇の書の強大な力を自分以外に使う者がいるかもしれないと、疑心暗鬼にかられた者がいたのだ」
「じゃあ、やっぱりグラハムが三〇〇年後に闇の書の主となるはずだった人なの?」
「言われて見れば、君とは初対面の気がしないな。一度何処かで……」
 プレシアの呟きを前に、グラハムが顎に手を掛けて闇の書の意志を眺める。
「一度だけなら。貴方が、量子化した状態でこの地球へやって来た時に、防衛機能が蒐集したのだ。主を悪用させないように私が阻止し、外へと弾き出した」
「ハム兄を連れてきてくれたんわ、闇の書やったんか。喜びたいけど、複雑やな……」
 死ぬ程辛い目には合わされたが、何処か憎めないとはやてが呟いた。
 以前から思っていた事ではあったが、はやてやグラハムにとって闇の書はただのロストロギアではない。
 二人の絆を繋げてくれたありがたい書なのだ。
「続けるぞ。防衛機能が官制人格である私の機能さえも侵し、操った。そして、そこの少年が防衛機能ごと闇の書を消し飛ばす事で、断ち切った。そういう事だ」
「刹那が……ふん、ちょっとはやるじゃ、ねえか? おい、ちょっと待て。闇の書が吹き飛んだって私らどうなるんだ? まさか、転生して次の主にとか言わねえよな!」
 ヴィータの発言に、守護騎士達はもとより晴れて主となったはずのはやても耳を疑った。
 確かに辺りを見渡しても、闇の書は影も形も見当たらない。
 ライザーソードに焼き尽くされたのだから、それも当然だ。
 あんな高出力のGNビームサーベルに耐えられる存在が、あるのかどうか。
 今さらではあるが、破壊しか出来ないからといって消し飛ばすべきではと刹那が視線をそらした。
「案ずるな。消えるのは、私だけだ。守護騎士のお前達は、既に闇の書から主のリンカーコアを基点とした依り代に移されている」
「そやったら、貴方も一緒に私にくくられたらええやん」
「それは出来ない。騎士として訓練すら受けていない主に、四人もの守護騎士をくくるのは負担が大きい。そこに私まで……それに、闇の書は完全に消滅したわけではない」
 闇の書の意志の言葉に、特に刹那が驚いていた。
「闇の書には転生機能がある。私がいる限り、修復され再び主の前に現れる」
「それではまた、同じ事の繰り返しね。貴方がいる限りは……」
「それを犠牲ととるかどうかは……」
 リンディやクロノでさえも、理解を示しつつ明言を避けた。
 管理局員としてはそれを必要な処置として断定できる。
 だが、それを決めるのは、自分達ではないと口を噤む。
「はやて、君が決めたまえ。君が闇の書の主だ。君が決めれば良い。その後で、再び私達が管理局と敵対するか。どうなるかは、その後で決めれば良い」
「ハム兄……」
 両腕が塞がっている為、グラハムがはやての頬に自らの頬を寄せた。
 何があろうと、起ころうと自分達ははやての味方だと。
 はやてを護る為の力は、十分過ぎる程に持っていると肌と肌をあわせ伝える。
 はやてもまた、グラハムの首に両腕を回し、しっかりと抱きついた。
 そのまま数十秒、両腕を離したはやてが、言った。
「一緒に家に帰ろう。闇の書もこのままじゃあかん。刹那兄が言ったやろ、俺達は変わるんだって。その中には、闇の書も入っとるんや」
「しかし、主の負担が……」
「主やったら、もう一人おるやん。私より丈夫な主が。ハム兄やったら、守護騎士の十や二十へっちゃらや」
「その際には、全て君のような美女でお願いしたい。さすれば、五十だろうと百だろうと……」
 途中でグラハムの言葉が止まったのは、刺し貫くような視線にさらされたからだ。
 はやてを抱いている為、直接的な罰は与えられなかったがその分、精神的に責めるようにしたらしい。
 プレシアとリンディが、鬼子も逃げ出す目付きで睨んでいた。
 そこに気後れしながらも、シグナムが混ざっていたのは、勇敢にもこの二人に対抗する為か。
 その視線の余波を受け、ブルッと震えたはやてが、なんやなんやと辺りを見渡していた。
「あっと、なんやったっけ……せや、イオリアのお爺ちゃん。なんかええ方法ないかな? この子……私とハム兄の人生を変えた祝福の風、リインフォースか。ええ名前や、リインフォースがいても大丈夫な方法とか」
「本来なら私は関わるべきではないが、トランザムバーストを見せてもらった恩がある。そうだな。一先ずリンフォースをグラハムに括る。闇の書が復活次第、改めて彼女らを調整し、その後で虚数空間にでも捨てれば良い。あそこならばさしもの闇の書でも脱出は不可能だろう」
「ぼ、僕のアドバイザーの立場って……けれど、イオリアさんの言う通りかもしれません。虚数空間なら魔法で転生しようにも、そもそもそれが発動しない。確率は高いと思います」
 イオリアばかりか、涙目のユーノのお墨付きをもらいはやてが、リインフォースに笑いかける。
 ただ、本人はそんなはやての笑みを前に、ぽけっとしていた。
 闇の書を虚数空間に捨てる。
 そんな暴挙ともいえる行為をさらっと言われ、唖然としていた事もある。
 だが、彼女が本当に呆けていた理由は違った。
 闇の書の意思、闇の書というただの本を統べる為だけの官制人格。
 道具と呼んで差し支えない自分に、はやてが名を与えた事が信じられなかったのだ。
「祝福の風、リインフォース。それが、私の……」
「ええ、名前やろ? こんなええ名前貰ったら、もう簡単には死ぬなんて言えへんはずや。ほら、皆にも名前を呼んでもらい」
「何時までも寝てないで、さっさと立てよ。リインフォース」
 はやての言葉に誰よりも早く賛同し、手を差し出したのはヴィータであった。
 その手を恐る恐るリインフォースが掴み、立ち上がる。
「私はまだお前の行いを許したわけではない。だから罰として笑え、リインフォース。それが私からお前に与える罰だ」
「ほら、リインフォース笑ってみて。女の子は、何時でも可愛くなくちゃいけないのよ。一番可愛いのは、なんと言っても笑う時よ」
「ふっ、それでは泣き笑いだ。リインフォース」
 シグナムとシャマルの言葉に従い、小さく花のような笑みを見せた。
 だがその両の瞳からは、ぽろぽろと涙が止め処なく零れ落ちている。
 ザフィーラに指摘され、慌てて拭うも後から後から涙が溢れてきていた。
「これが、涙。そうか、私も生きたかったのか。そして、変わりたかった。繰り返される破壊と転生を止めるだけに飽き足らず、欲張りな事だ」
「リインフォース、女性は常にそうなのだよ。幸せの花束を作る為に、あれこれ色々な幸せを集めて回る。私が主となる事で、はやての次にその花を一つ渡そう」
「この人は、常に女性を口説かずにはいられないのかしら。リインフォース、この人の甘い言葉には気をつけなさい。色々と狂わされるわよ、人生が」
「リインフォース、私はフェイト・テスタロッサ。お友達になれたら、嬉しいな」
「リインフォース、どーん!」
 フェイトが差し出した手を握ろうとしたリインフォースへ、アリシアが突っ込んだ。
 そのまま尻餅をつかせると、豊満な胸にギュッと抱きついていた。
 それそのものの行為には、特に意味はないのだろう。
 聞いても、気持ち良さそうだったとしか返っては来ないのだろうが、リインフォースも抱きしめ返していた。
「にゃははは、アリシアちゃんやりすぎだよ。えっと、高町なのはです。リインフォースさん、今度翠屋に美味しいケーキを食べにきてくださいね」
「なのは、それただの宣伝……ユーノ・スクライアだよ。僕は地球組でも管理局でもないから、今後顔を合わせる機会は少ないかもしれないけど。よろしく」
「流れには従うべきかしら。時空管理局所属アースラの艦長、リンディ・ハラオウンよ。リインフォースさん、グラハムには本当に気をつけてね。本当に」
「同じく管理局執務官のクロノ・ハラオウンだ。あの男にくくられる事になった事には、ある意味で同情するよ。姑の視線にさらされるだろうが、頑張ってくれリインフォース」
 差し出されたクロノの手を取り、再度立ち上がる。
 くっ付き虫のようにくっ付いていたアリシアは、一先ず保母さんと化したアルフに返す。
「アリシア、無茶するとそのうち怪我するよ。さてリインフォース、ご主人様に仕える者同士、仲良くやろうじゃないか」
 挨拶された一人一人の笑顔を見ては、微笑が止まらない。
 生きていたい、変わりたいと改めて思わさせられる。
「リインフォース。まだ、一人残っているのではないかね?」
 最も短い挨拶をイオリアから伝えられ、振り返る。
 刹那・F・セイエイ。
 リインフォースを傀儡として操る防衛機能を見抜き、破壊した少年。
 愛刀を失いながらも懸命に戦いぬいた、少年にリインフォースは歩み寄った。
「変われ、リインフォース。お前の戦いの日々は終わった。この世界には、変われないまま死んでいった者が大勢いる。その大勢の人間の為にも、お前は変われ」
「それはお前もだ、刹那・F・セイエイ。主より賜った名前、祝福の風リインフォースが告げる。お前も私と共に変われ。変わろうとするその意志を、私が祝福する」
「あ……ちょっと、待って!」
「リインフォース、こらてめえ何抜け駆けして!」
 フェイトとヴィータが悲鳴のような声を上げていた。
 何故なら祝福すると呟いたリインフォースが、刹那を正面から抱きしめたからだ。
 先程、アリシアにしていたように、抱きしめその頭を撫でつけている。
 あうあうと言葉なくフェイトが戸惑い、自分の言葉に疑問を抱いたヴィータが真っ赤に爆発し始めた。
「フェイトのおっぱいじゃ、無理だね。まだ小さいもん」
「大きくなるもん。そのうち、お母さんみたいに大きくなるもん。この前、お風呂に入った時、こんなに大きかったからそのうち私も」
「こ、こらフェイト。貴方落ち着きなさい。アリシアもフェイトを興奮させないで。お願いだから」
 アリシアの自分を棚に上げた言葉に、触発され胸の前に手を置いてこれぐらいとフェイトが言いだした。
 それは興味深いと、正面からプレシアの胸を見る事が出来たのはグラハムぐらい。
 なにしろ今のプレシアは、フェイトのバリアジャケットを纏っているのだ。
 色々と、熟れた肉体が強調されすぎていて純な少年には目に毒過ぎる。
 事実、ユーノやクロノは咄嗟に視線をそらししていた。
 さらには迂闊にもチラ見した瞬間をなのはに見られて、そっぽを向かれてしまった。
「ヴィーター……やっぱり、兄妹みたいな感情やと思っとったら進化したんか。いや、ムッツリの癖になんでか持てるんやな刹那兄は」
「ち、違う。違うぞはやて。別にアタシはあんな馬鹿野郎だなんて」
「照れる事はあるまい、ヴィータ。少々歳の差はあるが、まだ大丈夫だろう」
「そうよね、シグナムはグラハムさんとの年齢差が、ヴィータちゃんと刹那君以上ですものね」
 茶々を入れたシグナムが、自らの発言がブーメランとなってシャマルにより返されてしまった。
 辛い戦闘が終わった後の、小さな幸せの瞬間。
 誰も欠ける事がなかったからこそ、笑いあえるこの時に、イオリアが唐突に爆弾を落とす。
「談笑が進む中、失礼する。この中で決断が必要なのは、三人ぐらいか。リンディ、クロノ、そしてユーノ」
「私達が何か?」
「私はこれより、地球を次元世界から切り離す事にする。理由は言わずとも分かるな? 決めたまえ、愛する者の為に地球に残るか。それとも、愛する者を振り切り次元世界に残るか」
 イオリアの言葉に、特に名指しされた三人が言葉を失っていた。
 そして、名指しされなかった者達も、同様に言葉を失う事になった。

第十二話 だが今は、そうでない自分がいる(後編)

 小さな防御結界を護るように立つプレシアとリンディ。
 二人の周りには撃ち落とされた召喚獣が、ひれ伏すように無数に転がっていた。
 ひしゃげる様に潰れたものや、黒焦げとなって息絶えたもの。
 それでもまだ、闇の書の意志が召喚した獣はその数を減らした様子は見えない。
「母さん、私も」
「フェイト、貴方ははやてちゃんの治療に専念なさい!」
 ユーノとアルフ、二人の防御結界に護られていたフェイトが動こうとするのをプレシアがとめた。
 今現在、フェイトの体はトランザムシステムにより真紅の光に包まれている。
 それはフェイトの対面に立つなのはもそうだ。
 二人のリンカーコアを太陽炉の代用としてツインドライヴシステム。
 それが濃くなりすぎたはやてと闇の書との繋がりを、解いていく。
 あれだけ苦しんでいたはやても、少しずつではあるが正常な呼吸を取り戻し始めている。
 岩肌の地面に寝かされてはと、はやてを膝枕していたアリシアがその頭を撫でていた。
「ヴィータちゃん……シグナムさん達も、こんなの酷いよ」
 距離を開けた場所にて、闇の書の意志と戦う刹那、そして守護騎士達と戦うグラハムとクロノを眺め、なのはが悲しそうに呟いた。
 今日ここに来るまでの時間が嘘の様に、戦っている。
「僕が迂闊だったとしか言いようがない。こんな事になるなら、下手に触れるべきじゃなかった。はやて、それにグラハムさんも」
「早いか、遅いかの違いよ。放置したとしても、いずれ本局から私達に闇の書への介入の命令が下っていたわ」
「そう、こんな事になるなんて誰も……誰も?」
 また一匹、小型の竜を紫電で撃ち落としながら、プレシアが振り返った。
 魔力のないアリシアと同様に、防御結界の中で護られているイオリアを。
 彼は言った、どうしてと叫んだユーノにグラハムが三〇〇年後の闇の書の主かもしれないと。
 誰よりも早く、的確にそう指摘した。
「イオリア、貴方まさか……」
「勘違いしないで頂きたい。確かに可能性は考慮していたが、こうなる事を予見していたわけではない。なにしろこと戦闘に関して無力な私が出向くのは、死に繋がる」
 プレシアの考えをある程度は肯定しながらも、最終的には否定した。
 まだ苦しげに胸を押さえるはやてを、横目で見つめてから。
 特にはやてがこうなる事は、甚だ不本意だとばかりに。
「それにしても、彼の精神力は驚愕に値する。大人と子供の違いこそあれ、この苦しみの中で守護騎士と戦うとは。寿命を縮めかねない行為だ」
 あまりにも普通にグラハムが戦闘を行っている為、半ば忘れかけていた。
 はやてと全く同じ苦しみを、グラハムも味わっているのだ。
 助けに行きたい、直ぐにでもツインドライヴによる治療を受けさせたいがと、プレシアとリンディが目配せをする。
 そして即座に、その案を却下せざるを得なくなった。
 刹那が闇の書の意志と周囲の召喚獣の殆どに手を取られる今、グラハムを下げたらクロノがほぼ孤立する。
 そもそも、グラハムがそんな案を受け入れるとも思えなかった。
「こ、え……」
 胸を押さえただただ苦しみに耐えていたはやてが、小さく掠れるような声で呟いた。
「はやてちゃん、なにどうしたの!?」
「聞こえ、る」
 なのはが魔力を全開にしながら尋ねるも、返って来るのはうわ言のような言葉のみ。
 レイジングハートを支える手の一つを伸ばしたなのはが、膝を付いた。
 トランザムシステムの限界時間。
 続いてフェイトもまた、限界時間により魔力が枯渇して崩れ落ちようとする。
 当然の事ながら、ツインドライヴシステムを支える事など出来はしない。
「リンディ、直ぐに子供達の緊急離脱を。増援が無理でも、それなら出来るはずでしょ!」
「分かっているわ。エイミー、直ちに子供達を」
『艦長、上気をつけてください!』
 宇宙空間に待機しているアースラ。
 そこへの緊急離脱を頼んだはずが、返って来たのは承服の言葉ではない。
 悲鳴を被せるように指摘され、見上げた空には影が掛かっていた。
 落下してくるのは、全長百メートルに及ぼうかという程に大きな砂竜であった。
 プレシアやリンディどころか、子供達を護るユーノとアルフによる二重の防御結界でさえその影の中である。
「せめてデバイスが!」
「プレシア、受け取りな!」
 防御結界の中から、アルフが金色の何かを投げつけた。
 目視は殆ど出来なかったが、手の平に収まったそれの感触にプレシアは僅かに笑みを浮かべる。
 確認しなくても、三角形の形のそれは散々メンテを重ねてきものであった。
 本来の持ち主であるフェイト以上に、プレシアは知っていた。
「バルディッシュ、セットアップ」
「Stand By Ready.Set Up」
「リンディあれは私が撃ち落とすわ。貴方は子供達をお願い。トランザム!」
 設定を弄る暇はなく、フェイトが普段着ているバリアジャケットをそのまま身に纏う。
 年齢を考えるととても身につけられる代物ではなかったが、文句を言う暇はない。
 プレシアはトランザムシステムにより、その身に真紅の光を宿し、魔力を紫電に変えて圧縮する。
 撃ち放った紫電の閃光は、落ちてくる砂竜を両断するように撃ち砕いた。
 ただし、その膨大な質量を受け止めきる事は叶わず、ただの肉の塊と化した砂竜が落ちる。
 岩肌の大地へと、防御結界に護られていた子供達を巻き込む形でその上に。









 グラハムが強化サーベルでシグナムのレヴァンティンを受け止め、背中合わせでいたクロノがヴィータのアイゼンを受け止めた。
 板ばさみにあった二人を押し潰すかのように、シグナムとヴィータが鍔迫り合いから押し込んでくる。
 だが当然の事ながら、潰されまいとグラハムとクロノも押し返す。
 一見、こう着状態が生まれたかに見えるが、ザフィーラが残っていた。
「鋼の頚木!」
 ザフィーラの白い魔力光が、刃となって牙を剥く。
 背中合わせでいたグラハムとクロノを中心として、シグナムとヴィータを巻き込む事すら厭わずに。
 瞬間、グラハムがシグナムのレヴァンティンを受け流した。
「クロノ、失礼する!」
 そのまま反転する勢いのまま、不本意ながらクロノとヴィータを纏めて横殴りに蹴り付ける。
 最後に装甲の一部に進入した頚木を切り裂き、後退していった。
「助かったと、一先ず言っておく!」
「気を抜くな。一時危機を脱したのみ、まだ終わってはいない!」
 共に吹き飛ばされたヴィータと弾きあい、撃ち出された鉄球に魔力弾で対抗しながらクロノが叫んだ。
 顔見知りがその意識を封じられ敵対するのも厄介だが、その身を省みない行為がなおさら厄介であった。
 シグナム達は守護騎士として、闇の書の意志を最優先として動いている。
 先程、ザフィーラの頚木に貫かれそうになっても、回避行動一つ取らなかったのがその証拠だ。
 捨て身という表現以下、ただただ己を守護騎士という道具として動いていた。
「レヴァンティン、カートリッジロード」
「Explosion. Schlangeform」
 受け流され落ちていたシグナムが、空を仰ぎ連結刃をなぎ払う。
 無闇に仲間である守護騎士を巻き込みはしないが、闇の書の意志が召還した獣を切り裂いていく。
 感慨もなく、振るう先にいた方が悪いとばかりに。
「シグナム、君は言ったはずだ。私が望んだだけ手合わせに応じると。私は、こんな手合わせなど、望んではいない!」
 迫る連結刃を回避しながら、シグナムに接近する。
「グラハム、もう何を言っても無駄だ。もう、彼女達を倒すしか」
「例えそうだとしても、言わずに、叫ばずにいられない事は、ある!」
 グラハムの持つ二機の擬似太陽路が、輝きを強める。
 深い血の色と漆黒の色と、二種の輝きを放ち、辺り一体に散布させていく。
 その流れを生み出しながら、グラハムはシグナムへと向けて強化サーベルを振り上げた。
 対するシグナムも、連結刃で応戦する。
 振り下ろされた強化サーベルとなぎ払われた連結刃が火花を散らす。
 そのままグラハムを斬り裂こうとする連結刃の軌道をそらすが、旋回し舞い戻ってきた刃の先端が背後からグラハムを襲った。
「あえて言わせてもらおう、見えていると。今の君では、私の心眼は超えられまい!」
 機体を旋回され自ら軌道をずらし、回避する。
 そのまま、意志のない瞳を持つシグナムへと強化サーベルを振り下ろした。
 斬り裂く、主かもしれないとグラハムを慕おうとしたシグナムを。
 そのはずであった。
 グラハム自身の意志で、これ以上その姿を見るのは忍びないと。
 だが実際には、首を斬り飛ばす直前で、強化サーベルは止められてしまっていた。
(何故、止めた……)
 それは消え去ったはずの、シグナムの意志ある声であった。
 念話に良く似た感じで聞こえるその声は、斬り裂かれる事を良しとしながら、体はグラハムへと体当たりを仕掛けていた。
 吹き飛ばされ、再び連結刃を振るわれる最中、グラハムは再び声を聞く事になった。
(我々を殺せ、グラハム殿)
 幻聴かと、自らの耳を疑いながらもグラハムには、否定できなかった。
 その声には間違いなくシグナムの意志が込められている。
(例え殺されようと、我等は滅されるわけではない。一思いに……)
 次に聞こえたのは、ザフィーラの声であった。
 意志とは裏腹に、ヴィータと共にクロノへと執拗に殴りかかりながら。
 それが聞こえていたのか、若干クロノの動きが鈍くなっている。
 守護騎士達の意志は深く封じられただけで、消えてはいなかった。
 体を操られながらも、必死に抗っていたのだ。
 なおさら、殺せるわけがないと、グラハムの戦意が削られていく。
「何をボケッと、後ろだグラハム!」
「なッ、に!」
 ズンっとグラハムの視界がブレた。
 不快感が背中から胸へとせり上がり、突き抜ける。
 意志のない瞳から涙を流すシグナムのレヴァンティンが、グラハムの胸へと深々と突き刺さっていた。








 ダブルオーライザーの機体が真紅に輝いていた。
 GNソードをライフルモードにし、闇の書の意志が呼び出した召還獣を撃ち続ける。
 一発の銃弾が閃光の帯となって数体の召還獣を撃ち落していく。
 一体一体の強さはたいした事はなく、それでも数が数だ。
 その上、闇の書の意志そのものとも戦わねばならない。
 シャマルはその姿を確認する事は出来ないが、一瞬たりとも気が抜けない状態である事には間違いなかった。
 今もまた、魔力をまとった拳で殴りかかってくる闇の書の意志を、GNソードで受け止めた。
「貴様は何故、戦う。何の理由があって!」
「それが役目だからだ。闇の書を完成させる、それだけが私が戦う理由」
「その先に何がある。戦い続けた先に何が!」
「では逆に問う。ヴィータの記憶にある通りならば、貴様も何故戦う。戦い続けた先に何がある?」
 思わぬ問い返しに、動揺からか弾き飛ばされた。
 すぐさま闇の書の意志が三対の翼を羽ばたかせ、飛んだ。
「貴様も我と同じ道具、紛争根絶という目的の為の道具。理由など不要だ、それこそが存在意義なのだから」
「確かに俺はヴィータにそう言った。戦いだけの人生だと……」
 闇の書の意志の追撃の拳を受け、押し返す。
「ならば、理由を問う事など不要だ」
「だが今は、そうでない自分がいる!」
 両肩に設置されオーライザーによるシステム補助を受けたツインドライブが、その輝きを増し始めた。
 それを教えてくれたのは、ヴィータであった。
 与えられた使命に従い戦い続け、結局憧れたのは平凡な毎日。
 戦いの日々に疲れ果て、辿り着いた最後の場所。
 まだ自分にもそんな場所があるかどうかは分からない。
 だが少なくともヴィータが、はやてやフェイト達が変わって欲しいと願ってくれている。
 だからこそ負けるわけには行かないと、逆に押し返し弾き飛ばした。
 右手のGNソードもライフルモードに移行させ、闇の書の意志を狙い撃つ。
「この威力……」
 魔力障壁を用いて闇の書の意志が砲撃のようや射撃を受け止める。
 じりじりと押され、閃光が止んだ瞬間には刹那が目の前にいた。
「俺達は」
「主が……」
 その時、闇の書の視線は目の前の刹那には定まってはいなかった。
 まるで見えていないかのように、刹那の向こう側へと向けている。
 思わず振り上げたGNソードを止めてしまった刹那は、振り返る事でそれを見た。
「グラハム、止めろシグナム!」
 シグナムのレヴァンティンにより、胸を刺し貫かれていくグラハムを。
(グラハム殿……すまない、本当に。どうしてこんな事に、私は)
(君の意志ではないのだ、気にする事ではないよ。だが、これではやてが主である事が確定する。後は、頼んだぞ少年)
 そのグラハムへと駆けつけようとしたクロノが、目の前のザフィーラやヴィータに背を向けた。
 執務官にあるまじき判断。
(僕とした事が、まずい。避けられない)
(止めろよ、止まってくれよ。アタシの体!)
 そんなヴィータの声に反し、その体はクロノの背中をアイゼンで強かに打ちつけた。
(我は主の盾、それが主を害したわけでもない少年を!)
 吹き飛ぶ事すら許さないように、クロノの体をザフィーラの頚木が貼り付けにしてしまった。
 かろうじて繋ぎとめた意識で、クロノがバインドブレイクをはかり始める。
 そんなクロノにさらに鞭打つように、その胸から腕が生えてきた。
 女性の白いしなやかな腕は、シャマルのものであった。
「ヴィータ、ザフィーラ……クロノ!」
 その腕が小さな光を発する粒を掴むようなしぐさを見せる。
(駄目、止めて。こんな状況で蒐集なんかしたら!)
 悲鳴を上げても、その体は止まらない。
「我の主は、選定された」
 残酷な闇の書の意志による一言に、我に変えるように刹那は視線を向けた。
 自分が撃ち落した数よりも多い、召還獣の死骸に囲まれたそこ。
 主であると断定したはやてを取り返そうと、全ての召還獣が集まってしまっていた。
 リンディとプレシアが召還獣を撃ち落して行くも、手が追いつかない。
 それどころか、子供達の姿を見失ってしまっているようにさえ見えた。
(フェイト、アリシア。なのはちゃんにはやてちゃんは何処、緊急離脱用の魔法は発動したの!?)
(砂竜が落ちてきた事で分断されて……エイミー、お願い。あの子達を最優先で逃がしていて頂戴)
「プレシア、リンディ!」
 事実、見失ってしまっているようだ。
 焦燥感にかられながら、二人の名前を呼ぶ。
 グラハムに続きクロノが、二人も何時まで持つか皆目見当がつかない。
 それ以上に、ユーノやアルフがついているはずとはいえ、無力な子供たちも。
「主を保護するのは我の役目、貴様にはいかせん!」
「邪魔をするな!」
 駆けつけようとした刹那を、後ろから闇の書の意志が魔力弾で撃った。
 GNソードで斬り裂き、闇の書の意志を振り切ろうとするも回り込まれてしまう。
 打ち付けられた魔力をまとった拳をGNソードで受け止め、魔力の火花を散らす。
「皆の命が、消えていく」
「主以外は全て消す。我らに必要なのは主のみ!」
「そんな事、させるかァッ!」
 刹那の決死の叫びと共に、二機の太陽路がGN粒子を過剰に生成し始める。
 トランザムシステム使用時の比ではない。
 若草色と淡い空色の二つの光の輪が、太陽路から生まれ重なり合う。
 そこまでならば、普段のトランザムと変わりはしない。
 それ以上に、ダブルオーライザーを中心としてGN粒子の波が噴出し始めた。
 まるで津波のように世界を包む形で、あふれ返っていく。
「な、なんだ。この不快な光は。頭が……酷く痛む」
 その光がリンカーコアを蒐集され、岩肌の地面に落ちていたクロノを包み込んだ。
 するとしばらくは身動き一つ出来ないはずのクロノが、ピクリとその腕を動かした。
 そして頭を振り払いながら、ゆっくりと起き上がり始める。
 自分に一体何が起きたかも分からず、不思議そうに自分の体を見渡しながら。
「僕は、これは一体……ッ!?」
 直ぐ傍らに、シャマルがいた事で、クロノがS2Uを構えた。
 だが襲ってくる気配もなく、シャマルは先程までのクロノのように自分の体を見渡している。
「私どうして、再起動されて全部封じられたはずなのに、自分の意志で動けてる」
「自分の意志で?」
 茫然自失といったシャマルの呟きに気がつき、クロノが上を見上げた。
 そこでは予想通りと言うべきか、ヴィータとザフィーラが自らの体を動かしている。
 シャマルと同じように信じられないという面持ちで。
「我等は……この光のおかげなのか?」
「あの馬鹿野郎、刹那の光だ。あいつの光が、暖かい……」
 ただ一人、ヴィータだけはその原因を悟り、眺めていた。
 様々な色が混じりあい、虹色にも見える光を発するダブルオーライザーを。
「グラハム殿!」
 茫然自失だった者も含め、誰もがその悲鳴に近い叫びに振り返った。
 そして衝撃的な光景に目を見開く事になる。
 シグナムのレヴァンティンに背中から貫かれ、活動を停止しているグラハムであった。 
 泣き縋る様に力なく佇むスサノオの機体をシグナムが支えていた。
 その体が、ふいに消えていく。
 色濃くなって広がっていくGN粒子の影響を受けるように、まるで闇の書の意志に守護騎士達がされたように。
 光の粒となってその体が消えていった。
「私は……私は、取り返しのつかないことを!」
 シグナムの手がレヴァンティンを逆手に握る。
 その切っ先の向く先は、彼女の胸であった。
「シグナム、騎士道とは死ぬ事ではないはずだ。馬鹿な事は止めたまえ。君が自害などすれば、私は二度と君を思い出さない。後を追いたくなってしまうからな」
「グラハム、殿?」
「私はこの通り無事だ。二機の擬似太陽路のおかげか、もしくは少年のこの光のおかげか」
 シグナムの背後にて量子化から戻ったグラハムが、レヴァンティンを止めて奪い上げた。
 始めは呆然としながらも、無事を案じて抱きついてきたシグナムを受け止める。
 無骨な手の平ですまないがと心の中で謝罪しながら、その頭を撫で付けた。
 刹那が放った虹色の光の影響はそれだけに留まらなかった。
 闇の書の意志が呼び出した召還獣が、光に包まれたそばから次々に送還されていく。
 プレシアとリンディが撃墜した死骸も含め、最初からなかったかのように。
「これがツインドライヴの本当の力?」
「それは分からない。分かるとすれば……」
 一人しかとプレシアが言おうとしたところでその人は現れた。
 探していた子供達と共に。
 真っ先にプレシアが駆け寄り、四人を纏めて抱きしめた。
 腕の長さが足りないとばかりに、強く苦しくなるほどに抱きしめる。
「良かった、皆無事で……」
「危なかったさ、危なかったけど刹那のこの光が寸でのところで助けてくれたのさ」
 冷や汗ものだったとアルフが語る事で、プレシアはより一層の力を込めて抱きしめた。
 苦しいと子供達が苦笑いを漏らす程に。
「イオリアさん、この光は……刹那君のガンダムが?」
「それだけではない。刹那・F・セイエイがいてこそのトランザムバースト」
 子供達の無事を喜びつつ、リンディが尋ねた事にイオリアがぽつりと呟いた。
「純粋なるイノベイターの脳量子波がツインドライヴと連動し、純度を増したGN粒子が人々の意識を拡張させる。詳しい事は黙秘させてもらう、来るべき三〇〇年後の為に」
 現象の意味や理屈を問うたリンディや、知りたいと思ったプレシアとは違い、子供達は純粋であった。
 今目の前にある現実をあるがままに受け入れ、認める。
 だからはやては、光を恐れる事はなく、ただ理解していた。
「詳しい事なんていらんよ。感じるだけで分かる。この光は、刹那兄の命の輝き」
「刹那が変わろうとしてる。アレだけ言っても変わらなかった刹那が、私の言葉じゃ変えられなかった事は悔しいけど……でも、嬉しい」
「温かい、刹那さんの心の光。とっても綺麗で、優しい光だね」
「ムッツリさんだけど、刹那が優しいのは最初から分かってた事だよ。じゃなきゃ、フェイトが好きにならないもん」
 それらの言葉を聞いて、イオリアが珍しい事に笑っていた。
 大声を上げるわけではなく、忍び笑いのようなものであったが。
 純粋種のイノベイターとして覚醒した刹那の周りには、とてつもない理解者がいるものだと。
 大人よりも頭が良いわけではない、利口なわけではない。
 だからこそ、子供は意識が拡張しやすく理解が早いものだと。
「君達は世界のスモールケースだ。地球人のなのはにはやて。次元世界の住人だったフェイト。一度は死に、それでもイノベイドとして蘇ったアリシア。君たちこそが私の求める世界」
 イオリアが感情を露にしてまで、刹那を振り仰いで叫ぶ。
「そして、彼女達を繋いだのが純粋種であるイノベイター。刹那・F・セイエイ。そうだ、私はこれが見たかった。君達に見せてもらった未来の世界の最後の欠片。世界は本当に一つになれるのか。それがこの答えだ!」
 イオリアの叫びに応える形で、広がり続ける虹色の光は、やがてこの無人世界そのものを包み込んでいった。

第十二話 だが今は、そうでない自分がいる(前編)

 結界の中央に残ったのは、主候補であるグラハムと車椅子のはやて。
 二人を囲むように守護騎士達が四方を囲み、その外側にクロノが管理局代表として立っていた。
 他の面々は、出来るだけ距離を開けて退避してもらっている。
 闇の書が主を見失った事の前例もなければ、当然主を認識させるといった前例もない。
 初めてずくしの状況で、はっきり言って何が起こるか分からなかったからだ。
「最後に確認するが、主となれば闇の書の呪いがその体を襲う可能性は捨てきれない。それでも、構わないと二人とも誓えるか?」
「その時は、再びツインドライブで繋がりを断つまでだ。我々としては、主がどちらであるかさえハッキリすれば、目的は達した事になる」
「イオリアのお爺ちゃん曰く、シグナムらは使い魔みたいな存在やから闇の書から斬り離して本体はそうやな……誰にも迷惑のかからんところに捨てればええ」
 なる程と、クロノは二人の言葉に頷いてから、イオリアへと一瞬視線を向けた。
 魔導技術に造詣が深いというのもあながち嘘ではないかと、驚きながら。
「本当の主は、グラハム殿かはやて殿か。クロノ執務官、闇の書を二人に。言われた通り、二人にはまだ触らせていない」
「闇の書の起動以降、主候補である二人は闇の書そのものに触れてはいない。恐らくは触れる事で、闇の書が主を認識するはずだ」
 シグナムから闇の書を受け取ったクロノが、二人の前に歩いてくる。
 そして、闇の書を二人へと差し出した。
 同時に、受け取れるように。
 それを受け取る前に、お互いに見合い、グラハムははやての頭を撫でつけた。
「始まりはこの書からだったな。まだ三ヶ月、短いものだ」
「けど、毎日が濃厚やったで。ハム兄が来てから、私の日々が変わった。その切欠をくれた闇の書を、今度は私が変えたるんや」
「その意気や良し。どちらが主であろうと、成すべき事は変わらん。ならば、いざ」
 グラハムが左手を、はやてが右手を伸ばして触れた。
 全ての切欠となった闇の書へと。
 すると闇の書を中心として闇色の方円が広がり、その中に幾何学模様が浮かび上がった。
 三角形を基準としたベルカ式の魔法陣である。
 起動後に主が触れる事で認識を開始する、ここまでは予定通りであった。
「我らの主は、どっち。どっちだ?」
「はやてはもとより、グラハムでもいっそ構わねえ」
「私達の本当の主……」
「この盾で護るべき主は、どちら」
 シグナム達が各々祈るようにしてグラハムとはやてを見つめていた。
 その手に収まっていた闇の書は、魔法陣を広げきると浮かび上がった。
 グラハムの頭上よりも高い場所から見下ろすようにして、本そのものからも闇色の光を放つ。
「Der Anerkennungsanfang vom Meister」
 主の認識を開始すると機械音声が放たれる。
 一体どちらが本当の主なのか、近くにいた守護騎士達やクロノだけではない。
 遠巻きにこの儀式とも呼べる行いを見ていたプレシア達も、真剣な顔つきで眺めていた。
 闇の書による主の選定を、どういう結果が訪れるのか。
 だが一向にその結果は現れず、闇の書は地面に敷いた魔法陣を延々と回転させるだけであった。
 一人、また一人と訝しげな顔をする者が増えていく中で、それは起こった。
「Ein Fehler. Ungerechter Zugang wurde erwogen, es zu sein」
 耳障りなビープ音が闇の書から発せられた。
 その内容は不正アクセスによるエラーという、不可解なものであった。
 二人のどちらかが主であるはずなのに、不正アクセスとはどういう事か。
「ユーノ、これはどういう事だ。原因は!?」
「予想外に決まっている。だけど、どうして。二人のうちどちらかが主である事には間違いない。不正アクセスだなんて起きるはずが」
「あるいは、どちら共に主であったかだな」
 クロノの叱責に近い言葉にユーノが馬鹿なと声を上げる中、イオリアが冷静に指摘した。
 まるでこうなる事を予見していたとでも言うように。
「グラハム・エーカーは、三〇〇年後の人間だ。こうは、考えられないかね? 三〇〇年後に本来主となるべき男が、この時代に現れた。今代の主のもとに」
「そうか、本来一人しかいない主が二人いる。どちらかを偽者だと闇の書は、まずいクロノ中止だ。闇の書を止めてくれ!」
「今さら、グラハムははやてを連れて退避。守護騎士達も今はさが……」
 全ては遅く、雪の様に白い粒子が集まるようにして一人の女性が現れた。
 その人は極々自然に、傍らにあった闇の書を手に取った。
 長い銀の髪に赤い瞳、スカートのように丈の長い闇色のオーバーコートの下にタイトスカートのバリアジャケット。
 腕や足にはまるで拘束具のように、ベルトが巻きつけられている。
 闇の書から現れた銀髪の女性は、静かな声で呟いた。
「我は闇の書の意志。深刻なエラーを検知、これより主の選定に入る。より強き魔力を持つ者が闇の書の主。闇よ、集え」
 闇の書の意志と名乗った女性が、その手を掲げ魔法陣を展開させた。
 次の瞬間、聞こえたのははやての悲鳴であった。
「う、ぐあぁぁぁぁッ。痛い、痛い。嫌や、なんか入ってくる。助けて、たす。ハム兄!」
「は、はやて……なんだこれは、胸が締め付け。大人の私でさえ、止めたまえ。私達は!」
 胸を引っかくように前のめりになったはやてが、車椅子の上から転げ落ちた。
 それでもなお胸の痛みは続くようで、その痛みを和らげようと胎児のように丸くなる。
 必死に助けを求めるも、グラハムもまた同様の痛みに襲われていた。
 崩れ落ちるのだけはなんとか避け、必死の形相ではやてを抱き起こす。
「今すぐに、その選定とやらを中止しろ。これは管理局としての要請だ。闇の書の意志!」
「そうだよ、止めろよ。はやてがグラハムが……こんな事、私達は望んでなんかいない!」
「官制人格、出会うのは初めてだが……主を傷つけるというのなら、容赦しない。シャマル、二人を連れて下がれ。ザフィーラはその援護!」
 クロノが、ヴィータが、シグナムがデバイスを起動させて闇の書に突きつける。
「グラハムさん、はやてちゃんを私に。ザフィーラは肩を貸してあげて」
「承知した。捕まれ、グラハム殿」
「かたじけない。この程度の事で……」
 俄然、周りが慌しくなってきた。
 クロノ達は戦闘も辞さない構えであり、退避していたプレシアやリンディ達も動き出している。
 武装隊こそ結界の維持で動けないが、戦力差は歴然。
 だというのに、闇の書の意志と名乗った女性は、不思議そうにシグナム達を見ていた。
 何故、自分の邪魔をするのかと、自分がした事の重大さも認識せずに。
「管理局、何故……お前達は自らの使命を果たさず、我に刃を向ける? 管理局に尻尾を振るなど、壊れたか?」
「壊れてるのはお前の方だ。アタシらは、戦いなんて望んでない。ただ主のそばで、平穏に暮らしていたかっただけなのに。それを、お前が!」
「Explosion」
 アイゼンにカートリッジをロードさせたヴィータが、闇の書の意志へと殴りかかる。
 ある意味で自分の親とも言える存在へと。
 それ程までに許せなかった。
 ただ主が誰なのか知りたかっただけ、それだけなのに不要に苦しめた。
 受け入れてくれた、温かい物を沢山くれたはやてやグラハムを。
「テートリヒ!」
 だがその一撃は、闇の書の片腕により止められた。
 たった一本の腕、その先に展開された障壁によりカートリッジを消費してまでの一撃が。
「馬鹿な……ヴィータそのまま押せ。執務官は援護を頼む。レヴァンティン、カートリッジロード!」
「Explosion」
「ブレイズカノン!」
 クロノが白い閃光の砲撃をS2Uから放ち、闇の書の意志を狙い打つ。
「愚かな」
 闇の書の意志が前面に魔力障壁を展開し、クロノの一撃を防いだ。
 だが白い閃光は魔力反発を起こし、少なくとも闇の書の意志の視界を防いでいた。 
 防ぎきった瞬間、白い魔力の残照を引き裂くようにシグナムが懐へと飛び込む。
「紫電、一閃!」
 急な連携にも関わらず、タイミングは申し分なかった。
 だがシグナムの渾身の一撃までもを、いとも容易く闇の書の意志は止めた。
 涼しげな顔を崩さず、幼子の怒りを手の平で受け止めるように。
 馬鹿なという思いは、ヴィータやシグナム以外にも思い浮かべていた。
 だが、それが現実、闇の書の意志の強さ。
「緊急対応により、管理者権限を発動。守護騎士の蒐集開始」
「やめろーッ!」
 誰よりも早く、駆けつけてきたのは刹那である。
 ダブルオーライザーの姿でGNソードを手に現れたが、間に合わなかった。
 その目の前で、足元からヴィータやシグナムの姿が消えていく。
 まるで最初から存在しなかったかのように。
「消える、我らの意志が。体が、こんな事で何も出来ぬまま、主一人護れず!」
「せめて、はやてちゃんとグラハムさんを……」
 シャマルの腕から零れ落ちたはやてを、朦朧とした意識の中でグラハムが受け止めていた。
 それでほっとしたせいか、シャマルとザフィーラの体が消える速度が上がる。
「ザフィーラ、シャマル……くッ、こんな事が。結局我らのした事は、なんだったんだ!」
 主が認識できぬまま目覚め、ようやく探し当てた主を苦しめ。
 何一つ護れず、成し遂げられないまま消える。
 苦渋の叫びをシグナムが上げながら、消えていく。
「はやて、すまねえ。プレシア、刹那……」
「ヴィータ、手を!」
 逸早く駆けつけた刹那が、ダブルオーライザーの機体の腕を伸ばす。
「後を、頼む。お前だけでも、変わってく……」
 その言葉を最後に、ヴィータは消え去った。
 ヴィータだけではない。
 シャマルもザフィーラもシグナムも、闇の書の意志一つで消されてしまった。
 彼女達の意志を全く無視したまま、残酷にも言葉一つで。
「うぐゥ……ヴィー、タ」
「シグナム、シャマル……ザフィーラ」
 苦悶の声を上げながらもはやてが瞳を開き、彼女達が消え去った光の残照へと涙をこぼす。
 自分の苦しみさえも放り投げ、涙をこぼす姿にグラハムは立ち上がる。
 はやてを抱きかかえたまま、その姿を深い血の色の光の中に包み、スサノオへと変わった。
 腰に設置された擬似太陽炉からは、身の内に宿した怒りを表現するようにGN粒子が排出される。
 深い血の色と、漆黒の色のGN粒子であった。
「グラハム、無茶はしないで。直ぐにフェイトとなのはちゃんのツインドライブで治療を」
「私は後で良い。まずははやてを。この痛みは守護騎士達の痛み、この程度……どうと言う事はない!」
 刹那に送れて駆けつけてきたプレシアに、はやてを預けてグラハムは飛翔した。
 ヴィータが残した魔力の残照を前に、茫然としている刹那の隣に立つ。
 ガンダムの機体に隠され、その表情はうかがい知る事は出来ない。
 だが、その身の内に宿る怒りは、グラハムに勝るとも劣らないはずだ。
「刹那、グラハム。気持ちを切り替えるんだ。闇雲に突っかかっては、危険だ」
「分かっている、分かってはいるのだ。だが、私の堪忍袋は既に粉砕されている。少年、君も同じ……」
 人は他者が自分より大きな怒りを抱いている様を見た時、逆に冷静になれるものなのかもしれない。
 グラハムとて、一日とはいえ触れ合った守護騎士達を想う気持ちが劣るわけではなかった。
 それでも、刹那の思い入れには一歩及ばなかったようだ。
 何しろ刹那は自分に重ねていた。
 その意志に関わらず戦い続けてきた守護騎士、特にヴィータを。
 彼女は変わりたいと願った、頑なに変わる事を拒んだ自分に涙を見せてくれた。
「破壊する……」
「少年、待ちたまえ!」
「俺が破壊する。己のエゴで、ヴィータ達をただ消し去った貴様を、破壊する。紛争根絶の為でも、未来の為でもなく。俺の意志でただ貴様を破壊する!」
 怒涛の唸り声を上げながら、刹那が闇の書の意志へと斬りかかる。
 クロノやグラハムの言葉など、最初から聞こえてなどいなかったのだ。
 ただただ怒りに任せ、闇の書の意志を破壊しようとGNソードを振り上げていた。
 それに対し、闇の書の意志も負けてはいない。
 刹那のGNソードを魔力障壁で弾き、三対の漆黒の翼をはためかせ魔力を帯びた拳で殴りかかる。
 淡々と、ヴィータ達にそうしたように排除作業として。
「全く、君達は。刹那を援護する。グラハム、君は接近戦で。僕は中距離からだ。無理はするな、彼女の魔法効果は続いているのだろう」
「少々胸焼けがする程度だ。案ずる程の事ではない!」
「やせ我慢を……君のそういうところは嫌いじゃない!」
 クロノが生成した魔力弾が六つ、そろい踏みで闇の書の意志へと襲いかかる。
 一つずつ防いでいては足が止まると、後退しつつ同じく魔力弾を生成して撃墜していく。
 その背後から、グラハムが強化サーベルで強襲した。
「斬り捨て、御免!」
 咄嗟に翼をひるがえした闇の書の意志が、グラハムの頭上を宙返りの格好ですり抜けた。
 そのままグラハムが彼女に背を向ける事となったが、その隙間を刹那が埋める。
 それどころか、そのまま闇の書の意志を撃墜せんとばかりに、襲いかかった。
「貴様だけは許さない。ヴィータの……」
「多勢に無勢、私がそのような言葉を痛感しようとは。主の選定には、今しばらく時間がかかりそうだ」
 刹那のGNソードを魔力障壁で受け止めながら、闇の書の意志が呟いた。
 視線をグラハム、治療中のはやてと二度動かしながら。
 その二人の間に、クロノのブレイズカノンが割って入るように放たれる。
 この時、初めて闇の書の意志の顔がわずかに歪んだ。
 ブレイズカノンを回避した直後に、GNソードのライフルモードで狙撃され、グラハムがGN粒子を圧縮したトライパニッシャーを撃ち放ったからだ。
 常に片手ずつで張っていた障壁を両手に集束し、防ぎ続ける。
 まさに口にした通り、多勢に無勢。
 そもそもが刹那もグラハムも、管理局の基準にしてSSSクラスなのだ。
 如何に伝説級のロストロギアといえど、そう易々とは勝ちを手にする事は出来ない。
 少なくとも、一人では。
「管理者権限により……」
 闇の書が張った魔力障壁にひびが入り、閃光が迸ると同時に爆煙が巻き起こる。
 撃墜したからといって、何がどうなるかはもはや誰にも分からない。
 だが最低限でも、はやてとグラハムの苦しみを取り除き、遺恨を断つ事が出来る。
 そんなグラハム達の思いをあざ笑うかのように、爆煙の向こうから彼女達は現れた。
「守護騎士システムの再起動、完了」
 そこには、消え去ったはずの守護騎士達がいた。
 だが、厳密にはグラハム達の知るシグナム達とは異なっていた。
 姿形は瓜二つ、何一つとっても異なるところなどはない。
 違っていたのは瞳の光、そこに宿るはずの意志であった。
 烈火のような激しさを持つシグナムの瞳が、湖面のような冷たさを光らせている。
 ヴィータの弾けるような元気と相反する寂しさの光もいまはない。
 シャマルの優しげな風のような光も、ザフィーラの静かな山の如き大きさの光も。
 何もかもがそこにはなかった。
「ヴィータ、なのか?」
「カートリッジロード」
「Explosion」
 刹那の問いかけに対する返答は、カートリッジのロードであった。
 爆発的に膨れ上がるヴィータの魔力。
 それがアイゼンを覆い尽くし、刹那へと向けて振るわれた。
「止めろ、何故俺を攻撃する。ヴィータ!」
 GNソードでアイゼンを受け止め、必死に訴えかけるも返答はない。
「無駄だ、刹那。闇の書の意志は再起動と言った。もう、彼女達の意志は……くッ!」
 殴りかかってきたザフィーラの拳をクロノはS2Uで受け止め、言葉を途中で中断された。
 笑みこそ気安く向けてはこなかったが、普通に喋っていた相手が襲ってくる。
 もはやそれは悪夢の範疇であった。
 歯噛み、迂闊に闇の書に手を出した事を悔やみながらも、クロノはザフィーラの拳を弾き、S2Uの先端を向けて砲撃を放つ。
 そして、グラハムもまたシグナムの強襲を受けていた。
「まさか、このような形で二度目の果し合いに挑む事になるとは……この屈辱、忘れはせん!」
「カートリッジロード」
「Explosion」
「一人一殺では勘定が合わん。ならば、トランザム!」
 スサノオの漆黒の機体を真紅に染め上げ、グラハムが加速する。
 弾丸より注入され爆発する魔力と共に放たれたシグナムの斬撃は、何もない宙を斬った。
 既にグラハムの姿は、シグナムの背後にある。
 強化サーベルは掲げず、シグナムの背中を蹴りつけ、反転する。
「少年、この場は私とクロノに任せたまえ。君は、敵の首魁を!」
「ああ、ヴィータの事を頼む!」
 飛び去る刹那を追おうとしたヴィータの足を掴み、力ずくで投げつける。
 その先は、クロノが砲撃にて足止めをしていたザフィーラであった。
 意志が封じられているせいか、連携などあったものではない。
 障壁を張るザフィーラの背にヴィータがぶつかり、受け止めていた砲撃が暴発する。
 そんな足止めを買って出たグラハムとクロノの戦闘音を耳にしながら、刹那が空を駆ける。
「闇の書の意志……ダブルオーライザー、目標を駆逐する!」
 叫び、GNソードを掲げながら刹那が闇の書の意志へと肉薄する。
 今度こそ、駆逐すると破壊的な意志を込めて。
 闇の書の意志は、本体とも言うべき存在で確かにシグナム達より一段上だ。
 だが、ダブルオーライザーよりも上かと問われれば否である。
 容易い相手ではないとはいえ、決して倒せない存在ではない。
「闇に染まれ、ディアボリック」
「させるか!」
 闇の書の意志が頭上に掲げた手の上に集束させた魔力を、斬りとばす。
 それが霧散するのを確認する間も惜しんで、再度斬りかかる。
 広域攻撃魔法、そんな言葉すら知らない刹那であったが、その行動に間違いはなかった。
 なにしろ、少し離れた場所には非戦闘員であるアリシアやイオリア、治療中のはやてがいるのだ。
 闇の書の意志には、何よりもまず撃たせない、攻撃させない。
 一見、闇雲にも見える二刀の斬撃により、刹那が押して押して、押し捲る。
「手数が足りないか」
 刹那の猛攻に、さすがの闇の書の意志もポーカーフェースながら苦戦の言葉を搾り出した。
 そんな彼女の魔力を纏った拳の一つを、斬り弾く。
 腕が引っ張られたような格好になりつつ、残った腕で殴りかかってくる。
 その腕さえも、もう一方のGNソードで刹那は弾き飛ばした。
 両の腕を弾かれ、まるで万歳をするような格好で急所である胸や腹を闇の書の意志がさらけだした。
 ねじ込まれたのは、刹那のダブルオーライザーの足であった。
「くッ」
 小さな苦悶の声は、闇の書の意志のものであった。
 錐もみ状に吹き飛ばされ、三対の漆黒の翼で姿勢制御を試みている。
 だが、その間にも刹那は、次の行動にはいっていた。
 絶好の好機に、確実に仕留めようとGNソードを突き出すように構え加速する。
「闇の書の意志を、この俺が!」
 ようやく闇の書の意志が錐もみ状から脱するも、刹那は既に目と鼻の先。
 突きつけていたGNソードはそれ以上であった。
 あと数センチ、そのところで刹那の目の前にいた闇の書の意志とシャマルが入れ替わる。
 一瞬、何が起こったかは分からず、ただ一心に突き出したGNソードの刃が止まる事を願った。
「はあ、はあ……」
 冷や汗に脂汗、全身の血が凍結していくような感触を刹那は得ていた。
 闇の書の意志を庇うように、突き飛ばし両手を広げたシャマル。
 その左胸の僅か数ミリのところでGNソードは止まっている。
 刹那の意志により、止められていた。
「くそぉッ!」
 GNソードではなく、腕でシャマルを薙ぎ払い離れさせる。
「貴様は、なんとも想わないのか。仲間が自分の盾になったというのに。貴様は!」
「我を含め、守護騎士も皆道具なのだ。闇の書を完成させる為の、ただそれだけだ。とはいえ、手数の問題はある」
 闇の書の意志が己を不利を悟り、魔法陣を展開させる。
 一つや二つ程度ではない。
 足元にある岩肌の大地が埋め尽くされる程に多くの魔法陣が敷かれていた。
 魔法陣一つ一つから、影が現れる。
 その中の一つはあの砂漠世界でシグナムが打ち倒していた砂竜である。
 見たこともない別次元の原生生物もいるが、それらはコレまでに闇の書が蒐集した生物たちであった。
 闇の書による原生生物の召喚。
「闇に従い、襲いかかれ」
 大地を、空を埋め尽くす程の召喚獣が一斉に刹那達に襲いかかった。